第二百三十一話 生き残るもの
「何よこれ……」
麗奈たちが駆けつけた時、そこはもう街の形を成していなかった。周囲に残っているのは破壊の傷跡だけだった。
そしてその中心には二体の化物がいた。一体は黒い装甲を身に纏ったカブトムシの怪人。そしてもう一体は仮面を被った戦士。どちらも全身が傷だらけではあるものの、まだ身体からは闘志が溢れていた。
「街がめちゃくちゃだよ……」
「てか、アタシたちも早く加勢しないとっしょ!」
アオイが街の惨状を嘆き、みーこが弥勒の助けに入る事を提案する。しかしその瞬間に再び爆風が彼女たちを襲う。
「きゃあ⁉︎ な、何ですか……⁉︎」
そこにはいつの間にかぶつかり合っている弥勒とゾウカブトの姿があった。最早、両者には魔法少女たちの姿など視界に入っていなかった。
『まだじゃ! まだワシは負けん!』
蒼炎の龍による攻撃を生き延びたゾウカブトは高らかに吼える。それに対して弥勒は無言で大剣を振るう。
超高速でゾウカブトと弥勒はぶつかり合う。時には光が、時には炎が競り勝つ。お互いの攻防は一進一退で続く。弥勒は加速の瞬間に群青の襲撃者へとフォームを切り替えている分、集中力も削っている。
「あんたを倒す手段は思い付いてるんだ」
『ほぉ、それは楽しみじゃ!』
拳と大剣を交えながらも弥勒がそう呟く。それにゾウカブトはニヤリと笑う。ゾウカブトは弥勒の最大火力であろう蒼炎の龍を耐え切った。それを理解しているからこその余裕な表情であった。
『ならそれを見せて貰うとしようかのぉ!』
ゾウカブトが地面を強く踏み込む。するとそこから噴火の如く光が噴出する。弥勒はそれを見て後ろへと下がる。
弥勒はここに来てようやくチラリと背後を見る。そしてそこに魔法少女たちがいるのを確認する。しかし視線をすぐに目の前の敵へと戻す。
「(まずはあいつを拘束する必要がある。だが生半可な拘束じゃ意味は無いだろうな)」
弥勒が思い付いた攻撃を確実に当てるにはゾウカブトの動きを止める必要がある。そのための手段を考える。
拘束といって真っ先に思いつくのはメリーガーネットのネバールートやガーネットボールによる拘束だが、それではゾウカブトを留めておくことは不可能だ。そのため選択肢から魔法少女たちは除外する。
弥勒はそう考えてから群青の襲撃者で加速して再びゾウカブトへと迫る。しかし今回は今まで違って真紅の破壊者へと姿は変えなかった。
『どういうつもりじゃ⁉︎ 赤いの以外でワシと戦えると思ぉたか‼︎』
「浮遊する斬撃」
弥勒はゾウカブトの拳を紙一重で避けながら必殺技を使う。それは双剣から生み出される魔力の刃である。
先ほどまで弥勒とゾウカブトは拳と大剣をぶつけ合っていた。しかし今の弥勒はゾウカブトの拳を避けて魔力刃を生み出す事に集中する。それに怒りを覚えたゾウカブトの攻撃が熾烈さを増していく。
一方で弥勒は群青の襲撃者から他のフォームに姿を変えなくて良くなった。その分、敵の攻撃が強くなっても回避する余裕が生まれていた。そして超高速で互いに場所を移動しながらも弥勒は次々と魔力刃を生み出していく。
『いつまでこの茶番を続けるつもりじゃあ!』
そう言ってゾウカブトが攻撃が大振りになった瞬間、弥勒はバックステップで後ろへと下がる。それによりゾウカブトの攻撃は空振りする。振り下ろされた拳により地面が簡単に割れる。
「行け」
その瞬間に、今まで生み出した魔力刃に命令を下す。周囲一帯に大量に作られた魔力刃が全てゾウカブトへと向かっていく。それを見てゾウカブトは体に光を集める。
『数は増えた様じゃが、それだけでワシを殺れると思うな!』
弥勒が出した必殺技は確かにゾウカブトを何回も殺した技である。しかしそれは強化して復活したゾウカブトには意味を為さない。例え規模が大きくなっていたとしてもだ。それを分かっているからこそゾウカブトは「この攻撃に意味は無い」と怒っているのだ。
大量の魔力刃がゾウカブトへと突撃していく。しかしそれらは全てヘラクレスオオカブトとコーカサスオオカブトの力を受け取って強化された装甲を前に弾かれていく。ゾウカブトは最低限の関節や目を守っているだけだ。
「降り注ぐ光」
しかし弥勒にとってそれはただの時間稼ぎに過ぎなかった。本命を確実にゾウカブトへとぶつけるための。
新緑の狙撃手へと姿を変えた弥勒は必殺技を放つ。リボルバーから放たれた一条の光が天へと昇っていく。そしてそれは分裂して雨の様に降り注いでいく。
「勝利の箱庭」
弥勒の攻撃はそれだけでは終わらなかった。光の雨がゾウカブトへ着弾する前に更にフォームを変えて必殺技を放つ。それは空間を支配することで重力すら自由自在に操る力だ。
その力を持って周囲に散らばった光の雨を再び一つへと集結させる。そしてそれを小さく、小さく、圧縮していく。
「あんたが教えてくれたんだ」
『なんじゃと……?』
そして光を極限にまで圧縮した球体を作り上げる。その大きさはビー玉くらいだろう。これは弥勒がゾウカブトを見て思い付いた技であった。
ゾウカブトの身体は十メートルほどの昆虫を人型に圧縮したものだ。そして途中で起きた強化も同様だった。その影響で生半可な攻撃が通らなくなった。
それに対抗するためにはこちらも攻撃を圧縮すれば良い。弥勒はそう考えた。そこで思い付いたのが「降り注ぐ光」を「勝利の箱庭」で圧縮するという技だった。
ストン
何の抵抗も無く、光の球体はゾウカブトの脳天から下まで突き抜ける。それによりゾウカブトの動きが止まる。
『……負け、か……』
自身の体が致命的なダメージを喰らった事に気付いたゾウカブトが寂しそうな表情をする。そして全身に纏っていた光魔法が強制的に解除される。
『まぁ……楽しかったから良しとするかの!』
だわははは、とそう笑ってゾウカブトは呆気なく消滅した。街を破壊しつくした怪物とは思えないほど、あっさりとした最期だった。弥勒はゾウカブトが消滅したのを見てもまだ警戒を解かなかった。その場には静寂だけが広がった。
「た、倒した……の?」
最初に声を上げたのはアオイだった。静かになった空間に彼女の幼さの残る声はやけに響いた。
「そうみたいね。天使の反応はもう無いわ」
それに続いて周囲を調査していた月音が答える。彼女が調べられる範囲には天使の反応は見当たらなかった。つまり蟲型の大天使が今度こそ消滅したという事だった。
「勝った、のね……」
麗奈が茫然とした様子で呟く。周りの被害状況や弥勒とゾウカブトの戦いのせいでまだ頭が追いついていないのだろう。
弥勒はゆっくりと歩いて魔法少女たちの元へとやって来る。そこには勝利の余韻といったものは感じられなかった。
「そっちも終わったみたいだな」
「もち! それよりも何でゾウカブトの方は死んでなかった訳?」
「権能の応用って感じだな。手強かった」
ゾウカブトが何故強くなったのか。弥勒は感覚的に答えが分かっていたが、それを彼女たちに丁寧に説明するつもりは無かった。何となく誰かに喋る様なものでは無いと思ったからだ。
「ん〜、何だか弥勒君って感じだし」
「何の話だよ」
「べっつに〜?」
みーこと弥勒は和やかに会話する。するとそこに遅れて他のメンバーが会話に参加してくる。
「ちょっと最早ここ更地になってるじゃない!」
「な、何だかあたしたちも早く逃げないとヤバそうだよ!」
麗奈とアオイが弥勒へと詰め寄ってくる。二人はこの惨状を見て半ばパニックになっている。
「お疲れ様でやんす! 確かにあっちからヘリとかも来てるでやんすし、逃げた方が良いでやんす!」
戦いが終わったからだろう。しれっとヒコが登場する。どうやらこちらにヘリや救急車、警察車両などが向かって来ているらしかった。恐らく激戦だったためヒコはかなり遠くまで避難していたのだろう。
「とりあえず皆さん、一旦わたくしの屋敷にいらしてはどうでしょうか?」
「そうね。まずは移動しましょう」
エリスの提案に月音が頷く。年長者二人の意見だったため弥勒たちもそれに同意する。そしてまずはこの何も無くなった駅前から脱出するのだった。




