第二百三十話 生存本能
『ゆくぞ!』
ゾウカブトはそう言ってから弥勒へ向かって突進してくる。弥勒はそれをかわそうとする。今までのレベルならシールドで受け切れたかもしれないが、ここまでパワーアップした敵の攻撃はシールドでは受け止めきれない。
現にシールドは一度、破壊されている。そうなれば弥勒の方に隙が出来るのは明白だ。同じ手を喰らう訳にはいかない。そう考えてフォームを群青の襲撃者へと切り替える。
『ぬぅん!』
「っ!」
弥勒はゾウカブトの張り手を最小限の動きで回避する。そしてコンパクトな振りで斬撃を繰り出す。しかしその攻撃はゾウカブトの装甲により無効化される。
その隙にゾウカブトが膝蹴りを繰り出す。通常の回避では間に合ないと判断した弥勒は新緑の狙撃手へと切り替えてリボルバーからゼロ距離で魔力弾を放つ。
それは攻撃のための弾丸では無かった。ゾウカブトの硬い装甲による反動を利用して自らが後ろへと下がるためのものだ。ゾウカブトの膝蹴りが空を切る。
そのまま弥勒はゾウカブトの目や関節を狙って魔力弾を放つ。装甲の弱い所を狙っての攻撃だった。
『ふんぬっ!』
ゾウカブトはその攻撃を体をズラす事で対処する。弾丸は直撃するが、無傷のまま弥勒に向かって突撃してくる。
『ほいじゃあ‼︎』
そしてゾウカブトは拳を握って光魔法を纏わせる。今までとは違う相手の動きに弥勒は慎重になる。
拳に纏われた光の魔法は螺旋を描いて、まるでドリルの様な形となる。それを見て弥勒はゾウカブト、ヘラクレスオオカブト、コーカサスオオカブトの三体の技が合わさった攻撃だと悟る。
『どっせーい!』
ゾウカブトはそれを勢いよく弥勒へと突き出して来る。彼はフォームを真紅の破壊者へと切り替えて魔力を込めた大剣を叩きつける。回避では間に合わないと判断したための行動であった。
『ふんぬぅ……!』
「ぐぅっ……!」
渦を巻く光と荒れ狂う炎がぶつかり合う。それは拮抗して衝撃を周囲へと撒き散らす。まるで最初の激突の様だった。
しかし決定的に違う事が一つあった。それは弥勒側が劣勢であるという事だ。仮面の下の表情は苦しそうだった。
『温いわっ‼︎』
そして弥勒は打ち負ける。光の螺旋が全ての炎を呑み込み、弥勒へと向かう。
「くそっ……!」
弥勒は避ける事も出来ずにその螺旋へと呑み込まれる。全身が砕かれるかの様な衝撃が襲い掛かる。それは一度、前世で経験した死を予感させるものであった。
「(痛い……!)」
自分の身体が今どうなっているか分からない。その状況で真っ先に感じたのは「痛み」であった。
「(ゲームの主人公になっても俺は、俺か……)」
もしこれがゲームの主人公なら死にそうな時には仲間や世界の事を思い浮かべるだろう。しかし弥勒はそうでは無かった。そこにあるのはただの痛みであった。それに彼は辟易する。生まれ変わっても自分は自分のままだと。
「(痛い……!)」
今の弥勒に平衡感覚は無かった。しかしそれでも彼は立ち上がった。それを見てゾウカブトの動きが僅かに止まる。
「………………」
『だわはは、何ちゅう殺気じゃい!』
立ち上がった弥勒から発されるのは「相手を殺す」という確固たる信念だった。それは彼が異世界で手に入れた信念だった。あるいは生まれ変わって唯一、自分で手に入れる事ができた力だった。
弥勒はセイバーの力による副作用を恐れていた。しかしそれは本来、今さら心配しても遅い事柄なのだ。何故なら彼は既に異世界で数年もの間、セイバーの力を使い続けてきたのだから。
しかし実際の彼は善人ではあるものの、聖人という領域までは至っていない。それは何故なのか。
答えはここにあった。弥勒にとって異世界でダンジョンを攻略するのに「善」や「悪」といった事は関係無かった。ただ元の世界に帰るために危険なダンジョンをソロで潜り続けた。それは誰かのためではなく自分のため。自らが生き残るための「生存本能」であった。
カッコ悪く言えば当時の彼には余裕が無かった。毎日、死と隣り合わせのダンジョンに潜り続けるのに「世界を救う」なんて考えてる余裕は無かった。だから彼は副作用に流されなかった。
そして逆に言えば、こちらへ戻って来てからの彼には余裕があった。アクションゲームをクリアした彼にとってノベルゲームの敵は弱すぎたとも言える。魔法少女の育成というハンデはあったものの、ソロという制約からは解放された。それにより彼には世界を救う余裕が出来てしまったのだ。だから副作用が起きていた。
しかしここに来て彼は気付いた。目の前の敵が自分の命を奪うのに充分な力を持っている事に。今までで最も強い敵は邪龍であったが、目の前の相手もそれに近い存在であると。
ましてや自分は異世界に居た時と違い、身体能力が一部低下し、肉体的にもまた未熟な状態に戻っている。負ける可能性が、死ぬ可能性があるのだ。
弥勒は「痛み」というトリガーにより、それを認めた。そして彼から余裕は無くなる。何故なら目の前にいる敵は全力で挑まなければならない敵なのだから。
『そっちが動かんのなら、こっちから行くぞ!』
ゾウカブトはそう言って再び動き出す。両手に光のドリルを纏っての突進だ。腕を下に負けた状態でゴリゴリと地面を削りながら迫ってくる。
それに対して弥勒は防御の態勢では無く、自らもまた突進した。それにゾウカブトが一瞬、動揺する。
しかしそれでゾウカブトの手が緩む訳ではない。ぶつかり合う直前に、まずは左腕のドリルから弥勒に振るわれる。
「叛逆の獅子」
弥勒はその瞬間に灰色の騎士の必殺技を使用する。それはシールドによるカウンター攻撃。しかし今回はそれをカウンターには使わなかった。跳ね上がり自らのの身体を前に回転させドリルに対して垂直にシールドを当てる。
そして必殺技が発動する。カウンターは失敗するものの、その反動により弥勒の身体はゾウカブトを通り越す。彼は勢いを殺さずに身体を反転させて空中でゾウカブトの背後を取る。
「まずはその翅だ」
そのまま高速でフォームを真紅の破壊者へと切り替える。大剣から繰り出される炎の斬撃はゾウカブトの翅を焼き斬る。
『ぐぅぉぉっ……⁉︎』
その熱量にゾウカブトは苦悶の声を上げる。しかし弥勒はそこで手を緩める事はしない。次に藤紫の支配者へと切り替えて熱を持ったゾウカブトの背中に手を当てる。
「支配」
『がぁっ……じゃかしぃわっ!』
ゾウカブトの体を支配しようと弥勒の魔力が背中へと流れていく。それによりゾウカブトは体内にダメージを負う。ゾウカブトは反射的にそれを振り払おうと右腕のドリルを振り回す。
しかしその間に弥勒は攻撃の範囲内から離脱しており、次の攻撃へ備えていた。
『ふんぬぅ!』
今度はゾウカブトが張り手を連続して繰り出す。それにより生み出された光のドリルが弾幕を張り、弥勒へと向かってくる。その一つ一つが必殺の威力である。
真紅の破壊者にフォームを変えた弥勒は必殺技を放つ。灼熱の龍が光の螺旋群へと突撃していく。弥勒はさらにフォームを藤紫の支配者へと変える。そして周りから酸素を集める。
それにより炎の龍はより巨大になっていく。また弥勒は酸素の供給だけでなく、藤紫の支配者の特性を活かして背後から炎龍へ魔力の供給を行っていく。炎の色が赤から青へと変わっていく。より純度の高い炎へと燃え猛っていく。
光の螺旋群と蒼炎の龍が衝突する。先ほどの衝突を更に上回るぶつかり合いは周囲へ甚大な被害をもたらす。しかしそれに構っている余裕は弥勒にも、ゾウカブトにも無かった。
『だわはは! 楽しいのお!』
「……ハ」
満面の笑みを浮かべるゾウカブトに、弥勒は短く笑う。彼には余裕が無かった。痛みを避けるため、死ぬのを避けるため、彼は生存本能を剥き出しにした。そこにあったのは自らの勝利を確信している笑いだ。
三度目の巨大な激突の軍配は弥勒に上がった。数多の光の螺旋を喰い散らかし、蒼炎の龍はゾウカブトへと向かう。
『兄弟たちは死を前に答えを見つけ出した! ならばワシもそれに応えるしかないのお‼︎』
ゾウカブトは迫り来る蒼炎の龍に対して自ら光を纏って突撃するのだった。




