第二百二十二話 歓迎会
「よし、それじゃあ弥勒くんの歓迎という事で乾杯!」
「「「かんぱーい!」」」
「ありがとうございます」
今日は弥勒の歓迎会だった。サイアミーズが閉店した後に、お店を使っての歓迎会である。事前に料理などは買ったり、頼んだりして準備してあった。
ちなみには弥勒以外は成人しているので、この場にはお酒も色々と置いてある。もちろん弥勒はそれらには手を出すつもりは無い。
「いやー、弥勒くんが来て助かってるわ。何だったら夏休み以降も続けて欲しいくらい」
「そうですね。真面目ですし、体力もありますし申し分ないかと」
マスターである紬の意見に久美が賛成する。久美はあまり無駄口を叩かず真面目に仕事をする弥勒の事が気に入っていた。
「やっぱりぃ、くーみんはミロミロミロッピが気に入ったみたいだねぇ」
「その呼び方はやめて下さい」
「なんすか……ミロミロミロッピって……」
芽衣がによによとしながら言う。それに対して名前の呼び方で引っ掛かる久美と弥勒。しかし言われた本人はあまり気にしていない様だ。
「パスタうまうま」
「あんたのその小さい身体のどこにそんなに入るのかしら? いつ見ても不思議よね」
その一方で京は三人のやり取りに目も向けず、ひたすらご飯を食べている。彼女は最近、金欠らしくあまりご飯を食べていなかったのだ。そのためここでエネルギーを補給しようと躍起になっている。
「マスター、ドリアと焼きおにぎりが食べたい」
「はいはい……チンしてくるから少し待ってなさい」
「わーい」
京の我儘に付き合って、冷凍食品を解凍しに行くマスター。それに彼女は喜ぶ。
「名張さんってかなり食べるんですね」
「む。そう言えば私の事は『みやこたん』で良い」
弥勒から名字で呼ばれた事に反応する京。彼が気楽に呼べそうなあだ名を提案する。しかしその変わった呼び方に弥勒は戸惑ってしまう。
「えーと、京さん?」
「しーん……」
「み、京ちゃん?」
「つーん……」
「みやこたん」
「よき」
弥勒がきちんと「みやこたん」と呼んだのを確認してからご飯を食べるのを再開する京。それを見ていた芽衣も話に参加してくる。
「ねぇねぇ、ミロッピ。あたしもあだ名で呼んで欲しいなぁ」
やはり長かったのだろう。「ミロミロミロッピ」からシンプルな「ミロッピ」にあだ名が省略されている。弥勒はそれには触れずに芽衣のあだ名を考える。
「そうですね……メイメイ……とか?」
「えー……なんかパンダみたいでやだぁ」
「普通、パンダなら可愛いから良いんじゃないかしら……?」
動物のようなあだ名を嫌がる芽衣。それに久美は小声でツッコミを入れる。ちなみに彼女は梅酒を飲んでほろ酔い状態である。
「じゃあ……メイたん?」
「京ちゃんとキャラ被りぃ」
「めいぽよ」
「あげ〜! でもあたしギャルじゃないしぃ」
「メイガス」
「ちちんぷいぷい! でもあたし魔法使いじゃないしぃ」
「メイクイーン」
「それ良いねぇ。ホクホクしてそうだしぃ」
何故か最終的には「メイクイーン」というあだ名に落ち着いた。弥勒も途中から自分が何を言っているのか分からなくなっていたが、とりあえず決定してホッとする。
「それなら次は私ね」
「え? 三本松さんもですか?」
「何よ、私があだ名で呼ばれちゃダメなの?」
「いえ……そんな事は……ちょっと待って下さいね。考えますから」
意外にも今度は久美子があだ名決めに参戦してくる。先ほどは芽衣に「くーみん」と呼ばれるのを嫌がっていたので、弥勒としては意外だった。
「あたしぃ、思いついた! 四本松!」
「ふん!」
「もごもご」
名字の数字を一本増やしてきた芽衣。それを聞いて久美は彼女の口にパンを詰め込む。余計な事をこれ以上、喋らせない様にするためだろう。
「なら三本杉」
「ふん!」
「もぐもぐ」
今のやり取りを見ていたはずの京も松を杉に変えるというあだ名を提案して久美に口を塞がれる。しかし彼女の方は詰め込まれたパンを美味しそうに食べている。
「えーと……くみみ?」
久美、という名前をどうもじったら良いか思い付かなかった弥勒。苦し紛れに何とか一つだけ絞り出す。
「くみみ……なかなか可愛くて良いんじゃないかしら?」
「良かったです」
久美は弥勒の提案したあだ名が気に入ったようだ。嬉しそうに微笑んでいる。そしてそれを見ていた京が彼女を揶揄う。
「あれはエロい事考えてる顔」
「か、考えてません!」
京の指摘に久美は顔を真っ赤にしながら否定する。しかしそれだと逆に怪しく見えてしまう。そこを今度は芽衣がつつく。
「くーみん、顔真っ赤だぁ〜! ずーぼーしー」
「全くあなた達は! そうやって下らない事ばかり! 少しは弥勒くんを見習いなさい!」
連続して揶揄われた事で久美が怒る。しかしそれは二人にとっていつもの事なのだろう。どこ吹く風といった感じである。
「次はレモンサワーにする」
「ならあたしはぁ、ビールかなぁ」
「聞いてない……」
「はぁ……まぁいつもの事です。弥勒くんはあんな大人になっちゃダメだらかね。あともし女の子と付き合うならああいうタイプはダメよ」
久美は弥勒を心配して色々とアドバイスしてくる。それに彼も頷く。
「なら最後は私のあだ名かしらね。ほらエサよ」
「ドリアあつうま」
厨房から戻ってきたマスターがドリアと焼きおにぎりを京に渡す。まるでペットの様な扱いとなっているが、本人は気にせずにドリアを食べ始める。
「マスターもですか?」
「そりゃ、当然よ。私だけ除け者にされちゃ寂しいじゃない?」
「分かりました。それならちょっと待って下さいね。考えます」
「マスターにはもう姉御っていう立派なあだ名があるよぉ」
マスターからのあだ名要求に、弥勒が頭を悩ませる。すると芽衣が彼女のあだ名は「姉御」だと教えてくれる。
「それは可愛くないじゃない?」
「そもそもマスターは可愛いよりカッコいい系」
マスターの発言に京が反応する。その言葉に弥勒も頷いてしまいそうになる。確かに彼から見たマスターもどちらかと言うとカッコいい系のイメージである。
「例えば……ツムツムとか……?」
弥勒はとりあえず思い付いたあだ名を口に出してみる。すると一瞬、空気が固まる。その反応に弥勒も失敗したかと焦る。
「あははははは! それは面白いわね! ツムツムなんて初めて言われたわ! 採用!」
しなし当の本人のマスターにはハマった様だった。彼女は大爆笑してから弥勒の案を採用する。
「ツムツム、次はチャーハン」
「ツムツムぅ、あたしは唐揚げ」
「ツムツム、私はアイスが食べたいです」
「あんたらには許可してないわ! 弥勒くんだけよ」
早速、便乗してマスターの事をツムツムと呼び始める三人。ちゃっかりと久美も乗っかっているところを見ると、彼女にもお茶目な面はあるという事だろう。しかしマスターはそんか三人を一蹴する。
「そう言えばこの前、弥勒くんの彼女がうちに来てたみたいね」
「えーと、俺には彼女なんていませんけど……」
マスターが話を変える。どうやら弥勒の彼女についての話の様だった。
「でも京と芽衣がそう言ってたわよ?」
「京です」「芽衣ですぅ」
「いや……その二人の言う事を信じないで下さい。ただの友達ですよ」
恐らく先日、アオイが来店したのを京と芽衣がマスターに伝えたのだろう。あの場で彼女でないと否定したが、彼女たちは信じなかったという事だろう。あるいは分かっていてふざけているかである。
「何だ……つまらないわね。でも真白から聞いてるわよ。学校ではモテてるって」
「いや、そんな事は無いですよ」
真白、というのは弥勒の母親の名前である。マスターと弥勒の母は学生時代の同級生のためお互い名前で呼び合っているのだろう。
「ほぉほぉ、詳しく知りたぁい!」
「私も少し興味ありますね」
「もぐもぐ、私も」
弥勒としては広げてほしく無い話であったが、恋バナに食い付かない女子などいる訳が無い。マスター以外の三人も彼の恋愛事情に興味を示す。そこから、マスターが弥勒の母から聞いた様々な話を暴露していく。
そうして女性陣が大盛り上がりの形で弥勒の歓迎会は終わるのだった。




