第二百十九話 ナナフシ
みーこはイライラしていた。理由は単純だ。アオイが弥勒のバイト先に顔を出したのをグループチャットで自慢していたからだ。しかも自慢するだけして、弥勒の写真は貼らないで終わっている。みーこが怒るのも仕方ない事だろう。
「……今日はいないっぽいし、我慢するしか無い……」
本当はアオイからチャットが来てすぐに彼女も喫茶店に行こうとした。しかし同じ日に友人二人がバイト先に訪ねてくるというのは弥勒の邪魔になると判断して諦めたのだ。
そしてその翌日である本日は弥勒が休みのようで、みーこの不満は溜まる一方であった。
「というかアタシもバイトしないとマズイかも……」
アオイは新しいゲーム機の購入、弥勒は魔法少女たちに付き合ってるせいでお金が減りやすい。この二人ほどでは無いにしてもみーこも懐に余裕が無くなって来ていた。やはりこの前のオキナワ旅行が響いている。
「無難なのはみろくっちと同じ様にどこかのお店でバイトって感じか……」
スマホを使って近くでバイトを募集しているお店を探す。高校生でも可となっているものを探すと多いのはファミレスやコンビニである。しかし彼女としてはいまいち決定打に欠ける印象だった。
「どうしよっかな。やっぱ本が発売されるのもまだ先だろうし」
みーこはネットに投稿していた小説が編集者の目にとまり、書籍化の打診が来ていた。そちらについては順調に打ち合わせを進めており、現在はイラストレーターを探している段階だ。これが本として出版されるのは恐らく来年頭くらいになるだろう。発売されればお小遣いくらいにはなるだろうが、まだまだ先の話だ。
とりあえず答えは保留にしてみーこはブラウザアプリでバイト検索していたタブを閉じる。それから自らのSNSを開く。裏アカの方である。そこでいくつか不満を呟く。
そんなことをしているとテーブルの近くに置いていた天使コンパスが急に鳴り始める。
「うわっ⁉︎ ビビったし……」
みーこはそれを手に取って表示を見てみる。するとそこには「蟲」と書いてあった。彼女はそれを見て顔を顰める。蟲型の天使は昆虫が大きくなった姿が多いので、彼女としては嫌な相手だった。いや、彼女だけでなく誰にとっても嫌な相手だろう。
「うげ……でも流石にサボる訳にもいかないし行きますか……!」
嫌な顔はするものの、なんだかんだで責任感の強いみーこは戦いに行く事を選択する。玄関から家の外に出て鍵を閉める。そして目立たない場所へと移動する。
「メランコリー! ハートチャージ!」
出現した安っぽい指輪にキスをして変身する。身体が光に包まれて服や髪型が変わっていく。そしてあっという間にみーこはメリースプルースへと姿を変える。
「こっちね」
みーこは天使コンパスの指し示す方向に従って進んでいく。時間帯は夕方のため人通りはそれなりに多い。屋根伝いで進んでいくため全員が見ている訳では無いが、目撃者はそれなりに多くなってしまうだろう。
「よっ、ほっ」
みーこはテンポ良く進んでいく。するとしばらく先に天使らしき姿が見えてくる。敵は公園に出現していた。
「うわぁー、虫だー……なんか大きいけどショボいし……」
みーこが現場に到着するとそこには天使コンパスで示された通り、蟲型の天使がいた。しかし特に動くことなくジッとしている。みーこが来ても無反応である。
「これはナナフシ……?」
みーこは昆虫に詳しい訳では無い。そのため目の前にいる天使が何をモチーフにしているのか自信が無かった。しかし彼女の推測は当たっている。
細い枝の様な胴体と長い手足。そして大きく動かずにジッとしている。全てに当てはまる訳では無いが、凡そナナフシの特徴である。恐らく公園の植物に擬態しているつもりなのだろう。しかしサイズが四メートルほどあるため全く誤魔化せていない。丸わかりである。
「とりあえず倒すっきゃ無いか。スプルースロケット!」
敵がほとんど動かないので、彼女は威力が高い単発の攻撃を行う。放たれたロケットは真っ直ぐにナナフシへと向かっていく。
「……へ?」
しかしその攻撃はナナフシに当たることは無かった。まるでその体をすり抜ける様に通り過ぎて地面に着弾する。それにみーこは唖然とする。
「とりあえずもう一発。スプルースノート!」
今度は単発のロケットではなく、複数操れる音符マークを呼び出す。そしてそれを操り、胴体だけでなく頭部や脚なども狙っていく。しかしそれらも全てナナフシの体を通り抜けて地面に着弾する。
「当たらないし……」
攻撃が全て外れた事に首を傾げるみーこ。天使は何故かこの隙に攻撃してこようとはせずに、彼女の前で大人しく佇んでいる。
「うーん、もしかして幻とか……?」
天使のほとんどは光に関連した魔法を使ってくる。それを考えると真っ先に思い浮かぶのが、光を使った幻影である。みーこから見えている天使が幻影だった場合、攻撃がすり抜けるのも納得できる。
「問題は本体がどこにいるかだね」
みーこは少しその場で手段を考える。その間も敵のナナフシは何もせずにジッとしている。攻撃してこないのを不思議に思いつつも、彼女としてはありがたいので問題は無かった。
「よしっ、これでいきますか! カモーン! ボンバーガン!」
みーこが呼ぶとその場に大きな銃が出現する。銃と言っても弥勒のリボルバーなどとは違い大きな水鉄砲の様なデザインだ。これは少し前にヒコから渡されたボルケーノタートルの甲羅を使って作られた銃である。それをみーこは構える。
「そして〜、パワーアーップ!」
みーこがそう宣言すると彼女の持っているボンバーガンが焦茶色から黒く染まっていく。そしてそれに合わせる様にみーこの衣装も変化していく。スカートとトップスの黒い面積が増えて丈がやや短くなる。背中に大きな緑色のリボンが付いて、裾が足元まで伸びる。最後に前髪の一部が黒く染まる。
「ばばーん! これで天使なんてチョロいもんサ!」
みーこはクラウディフォームになった姿で誰もいないのにカッコつける。実は彼女はすでにクラウディフォームに変身できる様になっていたのだ。それは麗奈よりも先でオキナワに行くよりも前である。
彼女は天使との戦いの最中にたまたまクラウディフォームの存在に気付いたのだ。彼女は元々、自力で魔法少女の存在に辿り着いた人間だ。麗奈が多くの才能を持ったタイプと仮定すると、彼女は直感が優れたタイプだ。パワーアップフォームの存在にすでに気付いていてもおかしくは無い。
「ターゲットオン!」
みーこはボンバーガンを構えて攻撃を極限まで広く薄くなるように調整していく。そしてそれを発射する。
放たれた放射状の攻撃は周りを傷つける事なく広がっていく。そして一部、違和感を覚える場所を見つける。
「何だかここが怪しい……」
みーこは奇妙な反応があった場所へと近づいて行く。するとその近くに生えている木の枝にナナフシの天使がいるのを見つける。
「ああー、なるほど。これじゃあ攻撃は出来ないね」
そこにいたのは5cmくらいのサイズをしたナナフシの天使であった。本体のサイズはどうやらかなり小さかった様だ。そのため肉眼ではなかなか見つけられなかったのだ。そしてこのサイズなら攻撃手段もほとんど無いだろう。みーこは天使の姿を見て納得する。
「でも幻影を何メートルものサイズで出せるってのは凄いかな〜」
みーこはそう言いながらボンバーガンを天使に向ける。いくら攻撃手段が無いと言っても天使を野放しにしておく事は出来ない。彼女は再び銃の威力を戻して引き金を引く。
「ごめんね」
そしてボンバーガンから魔力の弾丸が放たれる。それはナナフシの天使を一撃で粉砕した。断末魔の声を上げることもなく静かに消滅する天使。それを見て何だか悪い事をした様な気持ちになるみーこ。
「はぁー……かえろ……」
ただでさえアオイに出遅れて憂鬱だった気分がさらにマイナスになる。早く弥勒に会える事を祈りながらみーこは帰宅するのだった。




