第二百十八話 アオイ、怒る!
「ふんふふ〜ん」
アオイはご機嫌だった。つい先ほどまで滞在していた喫茶店で弥勒のバイト姿が堪能していた。目に焼き付けたどころかスマホでこっそり写真も撮っているので、弥勒の制服姿をいつでも見返す事ができる。それが彼女がご機嫌な理由だ。
アオイはすでに喫茶店のあった旧百合ヶ丘の駅から自らの最寄駅の鴇川へと戻ってきていた。
「あ、そうだ。食材を買って帰るのを忘れないようにしないと……」
アオイは今日の料理修行で使うための食材を買わなければいけないのを思い出した。彼女は弥勒にいつか美味しい料理を食べてもらうために母親から料理を習っていた。
簡単な調理に関してはだいぶ手慣れてきたものの、油断すると焦がしたりなど失敗する事も多い。ちなみに味が微妙な時でも父親が娘の手料理という事で喜んで食べてくれるので、特に問題はない。
アオイは駅前から少し歩いた所にあるスーパーへと向かう。駅前にもスーパーはあるが、そちらよりも今から向かうスーパーの方が安く売っているものが多い。
「今日は何を作るんだっけな〜」
アオイはスマホを開いてそこからメモアプリを起動する。するとそこには今日の日付で食材がメモしてあるページがあった。彼女はそこに目を通していく。
「チキン南蛮! 美味しそうだけど揚げ物かぁ……」
揚げ物はアオイの好物だ。しかしそれは食べる場合に限る。自分で揚げ物を作るとなるとまだ苦手意識があった。今までも綺麗に衣がつかなかったり、揚げすぎたりとミスが多かった。そのため嬉しいが、同時に面倒な気持ちでもあった。
「でも買う食材は少なそうかな」
アオイはスーパーの前までやってくる。そこは夕方という事もあり、かなり混雑していた。この時間帯のスーパーは歴戦の猛者である主婦たちが蠢く伏魔殿と化している。
アオイも入口でカゴを取って中へと進んでいく。お店の面積がそれほど広く無いので通路の幅が狭い。幸い彼女は小柄なため、人とすれ違うのはそれ程苦では無かった。
「これと、これとー……」
店内を回りながら彼女は食材をカゴへと入れていく。流石に何度も来ているだけあってどこに何が置いてあるかは既に把握している。弥勒の母が通っているのもここのスーパーだ。
そして必要な食材を全てカゴに入れてからレジへと向かう。そこで列に並んで会計を済ませる。鞄に入れておいた水色と白のストライプ模様のエコバッグを取り出して広げる。そこに買った食材を入れていく。
「終わり!」
アオイはエコバッグを手に持ってスーパーから出る。そして家へと帰ろうとする。するとそこで彼女は違和感を覚えて立ち止まる。
鞄の中に入れてあった天使コンパスが鳴り始める。アオイが取り出して見てみると、そこには「無」と表情されていた。
「荷物どうしよ……」
アオイは周りを見渡して荷物を置いておける場所を探す。そして路地裏に入って目立たない場所に荷物を置く。
「何か食材をこんな所に置いておくの気持ち悪いけど、仕方ないか……」
そしてアオイは変身をする。メリーインディゴになって、そのまま屋根へと飛び上がる。天使コンパスを手に取って、それが指し示す方向へと進んでいく。
「こっちかな……」
若干、テンションが下がりながらも天使のいる場所へと辿り着く。そこには円柱の形をした天使が三体いた。
「何か無型の天使って手抜きっぽいデザインだよね……」
「そうでやんすね〜。怖い感じがしないでやんす……」
「うんうん。ってヒコくん……⁉︎ いつの間に……」
アオイの発言にいつの間に隣にやって来ていたヒコが頷く。それに彼女が驚く。
「天使の気配がしたから来たでやんす!」
「流石の嗅覚だね。とりあえずちゃちゃっと倒しちゃお!」
ヒコの言葉に納得したアオイは早速天使を倒そうと拳を構える。そして天使へと向かって行く。
「インディゴパンチ!」
「ceee⁉︎」
アオイは拳に魔力を纏って円柱の天使を殴りつける。天使は吹き飛ばされてゴロゴロと地面を転がる。そしてすぐに起き上がる。
「拳が痛い……」
アオイは顔を顰めながら自らの拳を見る。どうやら今回の敵はかなり硬い敵らしい。殴った時の反発がかなり大きく彼女の拳にも僅かながらダメージが入ってしまった。
「「cee!」」
「おわぁっ……!」
するとアオイが殴った天使とは別の個体が、彼女に向かって頃がってくる。彼女は慌ててそれを避ける。
「このっ……!」
そしてすれ違いざまに蹴りを入れるものの、あまり効いた様子は無かった。それにムカッと来たアオイは追撃をしようとする。するとその時、彼女の後ろから先ほど殴り飛ばした個体がぶつかってくる。
「きゃあ……⁉︎」
アオイは背後からの攻撃に吹き飛ばされる。そして地面を転がる。彼女は魔法少女たちの中で最も被弾率が高い。それは彼女の戦闘手段が近接戦闘だからだろう。敵と正面から向かい合っている分、どうしても敵の攻撃を喰らいやすくなる。ましてや敵が複数体だと尚更だ。
「いたた……せっかく今日は弥勒くんの制服姿も見れて最高だったのに……!」
アオイはつい先ほどまでの楽しかった時間を思い出す。それなのに今は天使に吹き飛ばされて地面を転がっている。それは怒りへと繋がり、彼女のボルテージが上がる。
「メリーインディゴ、新武器を使うでやんす!」
それを見ていたヒコが新武器を使うように促す。アオイはそれに頷き、サンダーウルフの牙で作られた靴を呼び出して装着する。
すると灰色だったその靴が黒く染まっていく。オキナワで麗奈の武器にも起きた変化だ。靴がアオイに馴染んだという事だろう。それに合わせてメリーインディゴの姿も変わる。服の裾とスカートが短くなり、ヘソが露出する。そして衣装に黒い部分が増える。大きな青いリボンが背中に付いて、その裾が足元まで伸びる。最後に前髪の一部が黒く染まる。
「こんなに良い日だったのに絶対に許さない!」
麗奈に続き新しいフォームになったアオイは怒りのままに天使へと再び突撃していく。そのスピードは先ほどまでとは比べ物にならない。もしかしたらスピードだけならば弥勒を超えているかもしれない。
「吹っ飛べー!」
勢いそのままに天使の胴体に蹴りを叩き込む。靴の先端からサンダーウルフの牙が飛び出てきて胴体へと突き刺さる。そして強力な電気により爆発が引き起こされる。それは敵の内部で発生するため大きなダメージとなり、円柱の天使を一撃で破壊する。
「あはは! あたし強いじゃん!」
それを見てアオイが笑う。いつもの明るい笑みではなく、昏い笑みである。それを見ていたヒコが顔を引き攣らせる。
「これはまたミロクの表情が曇りそうなことに……そうだ、このフォームはクラウディーフォームと名付けるでやんす!」
パワーアップフォームの名前をクラウディーフォームと名付けたヒコ。一人でうんうんと頷いている。恐らく良い名前を付けたと自画自賛しているのだろう。
ヒコがそんなことを考えている間にもアオイは二体目の円柱の天使を同じ様に蹴って消滅させる。
「あはは! 何だかイジメみたいだけど仕方ないよねぇ!」
クラウディーフォームの状態に身体が慣れてきたアオイは余裕の表情を見せる。そして最後の一体へは自分からは向かわない。敵が突撃してくるのを待つ。
「ceeee……!」
「ほいっと」
そして案の定、突撃で転がってきた天使を足で受け止める。そして少し前に転がしてから片足を大きく引く。
「ばいばい」
全力で天使に蹴りを叩き込む。それにより天使は内部から電流で爆発され消滅する。
「さぁ帰ろーっと」
「そうでやんすね……」
三体の天使を倒したアオイは上機嫌で帰ろうとする。ヒコはどうやら彼女に着いていく事に決めたようだ。近くの屋根へと飛び上がって、荷物を置いてきた場所に戻っていくアオイ。
「とりあえずミロクには黙っておくでやんすか……サプライズってやつでやんすね」
「ヒコくん、何か言った?」
「何でも無いでやんすよー! 家に何かお菓子あるでやんすか?」
「ふふーん、エビ煎餅があるよ!」
「やっほーい! さっさと帰るでやんす!」
こうして一人と一匹は帰宅するのであった。




