第二百十四話 アオイ、来る!
バイト三日目。弥勒は凡その業務の流れを掴んでいた。といっても細かい食材の産地であったり、複雑なレジ操作は出来ない。その辺りは経験しながら覚えていくしか無い事である。
「ありがとうございました!」
弥勒はお店から出ていく客に挨拶をしてから、テーブルの上に乗っている食器を片付けていく。その間にも次のかき氷が出来上がって来る。弥勒はそれらをお客のテーブルへと運んでいく。
今日、シフトが一緒なのは京と芽衣である。彼女たちも忙しそうにしている。弥勒にもうそこまで教える事が無いため自分たちの仕事に集中しているのだろう。
マスターは厨房でかき氷や料理を作り続けている。幸いそれほど火を扱う料理が多く無いので、暑く無いのが救いだろう。
「いら…いらしゃいませ! 席へご案内致します」
次の客を弥勒が案内するとそこには見覚えのある人物がいた。アオイである。それに弥勒は少し動揺するものの、マニュアル通りに接客を進めていく。
アオイは昨日、麗奈からの突撃メッセージを見て我慢し切れずに自分もやってきたのだ。金欠ではあるが、弥勒のためだと思えば何とでもなる。そういう精神である。そして暑さ対策だろうか、帽子を被っている。朝のランニング中にいつも被っている白いキャップである。
弥勒がカウンター席に案内するとアオイは大人しくそこに座る。意外な事にここまで一言も喋っていない。彼女なりに弥勒の仕事を邪魔するつもりはないという誠意なのだろう。
「メニューがお決まりになりましたらお呼び下さい」
「はい」
弥勒とメニューとお冷を渡す。そしてすぐに他の接客へと向かう。アオイは素直にそれを受け取ってメニューを眺め始める。
「(視線が……)」
しかし他の接客をしていると背後から視線を感じる。恐らくアオイが弥勒を見つめているのだろう。それが気になりながらも仕事をしていく。
「すいませーん」
するとバッチリ目が合った状態で弥勒はアオイに呼ばれる。彼女の瞳からは絶対に弥勒に接客してもらうという強い意志が感じられた。彼はそちらへと向かう。
「ダブルベリー&ミルクでお願いします!」
「ダブルベリー&ミルクですね。かしこまりました」
弥勒の目を見つめながら言ってくるアオイ。しかし彼女が弥勒に友人として声を掛けて来ない以上、店員である彼の方から話し掛ける訳にはいかない。
「(なんかお客に徹されると逆にやり辛い……⁉︎)」
「(弥勒くんの制服姿可愛い……目に焼きつけとかなきゃ……! いや、目に刻み込むんだッ!)」
「……⁉︎」
急に眼をクワッと見開いたアオイにびっくりする弥勒。彼女が何がしたいのか弥勒には分からなかったが、注文は聞いたのでとりあえず下がる事にした。
そして注文を厨房へと伝える。するとそのタイミングで京が食器を下げにやって来た。そして弥勒の方に視線を向ける。
「あの子、凄く弥勒を見てる」
あの子、というはアオイの事だろう。京から見てもアオイが弥勒の事をずっと見ている様に見えたらしい。
「えーと、友達です。俺がバイトしてるって聞いて食べに来たみたいで……」
「セフレ?」
「違うわ!」
弥勒は京の発言を即座に否定する。友人がバイト先に遊びに来た時の気まずさが一瞬で無くなる。
「なんだ、残念」
京はそれだけ言って出来上がったかき氷を持って再びホールへと戻っていく。それを見届けてから、弥勒も慌てて自分の仕事に戻る。
そしてしばらくするとアオイが頼んだダブルベリー&ミルクが出来上がる。すると一番近くにいた京はそれをスルーして他の仕事をし始める。その際に弥勒へ目配せをしてくる。
「(俺に運べって事ね……)」
恐らく彼女なりに気を利かせてくれたのだろう。弥勒としては嬉しいような、他の人に任せたかったような複雑な気分だ。しかしいつまでもかき氷をそのままにしておく訳にもいかないので、弥勒はそれを持ってアオイのいる席へと向かう。
「お待たせしました。ダブルベリー&ミルクになります。ごゆっくりどうぞ」
「ありがとうございます!」
アオイは嬉しそうにかき氷を受け取ってからスマホを取り出す。そしてかき氷の写真を撮り始める。ただ純粋にかき氷だけを撮っているのではなく、さりげなく画角に弥勒が入る様に調整している。
「ふんふふ〜ん」
そして弥勒の制服姿をバッチリと撮影して満足したアオイはスマホをしまう。その際にグループチャットに『弥勒くんの制服写真ゲット〜』とマウントするのも忘れない。弥勒の入っていない魔法少女たちだけのグループチャットでは情報共有とマウントが会話のベースである。
あえて弥勒の制服姿の写真を載せなかったのはアオイの独占欲からだ。しかしそれと同時に写真を載せない方がチャットが盛り上がるというのもあった。ただ月末にはその月の弥勒ベストショットを決めたりする。そのため今日撮った写真は最終的にメンバーに共有される事になる。
「いただきます」
そして挨拶をしてアオイはかき氷を食べ始める。最初はミルクの掛かっていない部分をスプーンで掬って口に入れる。
「美味しい……!」
やはり値段が千円を超えるだけ合って味は間違いなかった。アオイが普段、食べているコンビニのかき氷カップとはレベルが違う。また猛暑の中、外に並んでいた影響もあるのか特別に美味しく感じられた。
「生き返るー……」
アオイはミルクが掛かっている部分も口に入れる。そしてその優しい甘さに癒される。
弥勒はアオイのその様子を仕事をしながらバレない様に観察していた。そして視線こそ感じるものの変な行動は起こす様子が無いため安心する。
「(とりあえず大丈夫そうだな……)」
しばらくアオイはかき氷に、弥勒は仕事に集中する。そして30分ほど経っただろうか。アオイが席を立ち上がる。
「ありがとうございます」
弥勒はそう言ってレジに立つ。するとここでアオイがようやく口を開く。
「美味しかったよ! それに弥勒くんの制服姿、似合ってるね!」
「ああ、ありがとう。ポイントカードあるけど作る?」
「そうだね。せっかくだし作っておこうかな」
「ありがとうございます」
弥勒はポイントカードを作り、会計を済ませる。若干、支払う時にアオイが涙目になっていた。弥勒には彼女のその気持ちがよく分かった。お互い金欠仲間である。
「それじゃあバイバイ!」
「またな。ありがとうございましたー!」
アオイは弥勒に別れを告げてすんなり帰っていく。最初は彼女が来た時に動揺したが、終わってみれば普通の客として来店してくれただけだった。
「見ちゃったよぅ。もしかしてカノジョぉ?」
「違いますよ。友達です」
するとそれを見ていた芽衣が話しかけてくる。聞いてくる内容は先ほどの京とほとんど変わらない。
「えー、でもすっごく可愛かったしぃ。あ、もしかしてぇセフレ?」
「違うわ!」
そして京と全く同じ結論に辿り着いたようだ。弥勒は先ほどと全く同じ台詞で反論する。しかしそれが芽衣に届いているかは怪しい。
「可愛いといえば、昨日すっごく可愛い子がお店に来たんだよぉ。読者モデルのRENAっていう子なんだけどぉ。きょーちゃんが見たんだって〜」
「へ、へー……そうなんですね。ここって有名人も来るんですね」
「きょーちゃん」というのは京のあだ名である。「京」の読み方を音読みにしただけである。そして読者モデルのRENAというのはもちろん麗奈の事だ。突然、出て来た名前に弥勒は一瞬、動揺するものの立て直す。
「RENAは結構、読モの中では人気あるからねぇ。可愛いしカッコいいし、憧れちゃうなぁ」
「そうなんですね……」
まさか京と芽衣が読者モデルとしての麗奈を知っているとは思わなかった弥勒。もしかしたら若い女性たちの間では有名なのかもしれない。
「(今度、調べてみるか)」
麗奈は自分の仕事についてあまり語ったりはしない。そのため弥勒も彼女が載っている雑誌を数冊見た事がある程度で詳しくは知らない。時間がある時にでも一度、調べてみようと考えるのだった。
それからは今まで通り仕事をこなしてバイト三日目をつつがなく終わらせるのだった。




