第二百十三話 麗奈の偵察
弥勒にバイト先へ顔を出しに行くと伝えた翌日。麗奈は宣言通り喫茶店「サイアミーズ」へと訪れていた。
「(かなり人気のあるお店みたいね)」
麗奈は入店待ちの列に並ぶ。まさか並ぶ事になると思っていなかった彼女は若干、憂鬱な気分になる。8月のため外の気温は35度を超えている。彼女がそうなるのも当然のことだろう。
30分ほど待っているとようやく店内へと案内される。彼女が通されたのはカウンター席であった。席に座ってメニューを手に取って眺めてみる。
「(イチオシはかき氷みたいね。周りの人たちもそれを頼んでいる人が多いわ)」
麗奈は目立たない様に店内を確認する。お客のほとんどが若い女性客である。運ばれてきたかき氷を楽しそうに写真に撮っている者が多い。
「すいません」
「はい」
麗奈が店員に声をかけるとすぐにやって来る。彼女は弥勒の同僚という事になる。おかっぱ頭の生真面目そうな女性であった。白いメガネがおしゃれな感じた。
「このキウイ&ヨーグルトとアールグレイをお願いします」
「キウイ&ヨーグルトとアールグレイですね。かしこまりました」
おかっぱ頭の女性が頭を上げて厨房の方へと戻っていく。それを見届けてから麗奈はスマホを開く。チャットアプリを開いて魔法少女のグループチャットを開く。
『お店に行ったら行列できてて外で30分も並んだんだけど……』
そう書いて送信をする。アオイとみーこ個人に連絡を取らないのは後々の事を考えてである。既に麗奈も含めて三人にバイトがバレている以上、オープンな扱いをしておいた方が揉め事は起きづらい。そのため敢えて全体チャットに連絡をしたのだ。
するとすぐに既読が一つついて返信がやってくる。まずメッセージを返してきたのはみーこだった。
『うわ、突撃しなくて良かったかも。今日はみろくっち居るの?』
『いないみたいね』
麗奈は昨日のうちに弥勒と今回の偵察について示し合わせている事を他のメンバーには言っていない。あくまでも弥勒のバイト先に突撃したら本人不在だった、という形で通す。その方が変な嫉妬も生まれない。しかも弥勒に恩も売れるという一石二鳥の作戦であった。
『何のお話ですか?』
すると今度は事情を知らないエリスから返信がやって来る。このタイミングまでにアオイから返信が来ないという事は彼女は部活中なのだろう。弥勒関連で返信が遅い時はそのパターンがほとんどだ。
『弥勒がバイトを始めたみたいなんで、バイト先に突撃してます』
『まぁ! バイトなんて凄いですね。フレンチレストランとかでしょうか?』
麗奈が事情を説明してあげるとエリスからは驚きの声が返ってくる。そしてナチュラルにフレンチレストランという言葉が出てくる辺り、さすが金持ちといった所だろう。
『喫茶店みたいですよ』
『それは素敵ですね! わたくしもバイトしてみたいです!』
『麗奈は何頼んだの?』
『キウイ&ヨーグルトのかき氷』
エリスはどうやら弥勒のバイト姿よりもバイトそのものに興味がある様だった。一方でみーこは何を頼んだか聞いて来る。
「お待たせしました。キウイ&ヨーグルトとアールグレイになります。ごゆっくりどうぞ」
そんなやり取りをしているとかき氷が麗奈のテーブルに運ばれて来る。持ってきたのは先ほどとは違う女性だ。シアーグレージュのショーカットで、身長は低めである。背格好はアオイと似ているが、彼女の方が落ち着きがある様に感じられた。
「(さっきの店員もそうだけど二人とも美人ね……)」
麗奈としてはやはりライバルになる可能性がある女性のため、つい色々と見てチェックをしてしまう。それに気付いたのか店員が一度こちらを振り向いたが、スマホを弄るフリをして誤魔化す。
「(あいつに年上属性って無かったわよね……)」
麗奈は弥勒の好みのタイプについて考える。クラスメイトと会話している時も彼はどこか一歩引いた所がある。そのため思春期男子特有のバカな会話などは無難な回答をしている事が多い。
例えばどんな部活の子がタイプか、アニメキャラだと誰が好きか、先生で一番美人は誰か、好きな胸のサイズなどなど。まさか女子に筒抜けになっているとも知らず、男子たちはクラス内でそんな話ばかりしている。
弥勒は知らない事だが、そういった悪ノリをあまりしない落ち着いた態度からクラス内の女子の評判も悪く無い。ただ麗奈を筆頭に校内でも有名な少女たちが誰かしら彼にへばり付いているため、ちょっかいを掛けてくる女子は少ない。
「いただきます」
麗奈はまずスマホで写真を取って、それをグループチャットで流す。それから挨拶をしてかき氷が溶けない内にスプーンで食べ始める。
「美味しいわね」
キウイもヨーグルトも比較的酸味がある味なので、甘いものが苦手な人でも美味しく食べられる味だ。またこの暑さなので、麗奈としてはさっぱりと食べられた。
「(確かにお店自体は味も美味しいし、雰囲気も良いわね。女子が多いのがダメだけど……)」
正直、麗奈としては見映え重視のかき氷だろう思っていたので、味は期待していなかった。
『うわー、美味しそうじゃん!』
『わたくしもアイスが食べたくなってきました!』
しばらくかき氷を食べ進めてからチャットを開くと二人からそんなメッセージが来ていた。先ほど送ったかき氷の写真に反応したのだろう。
『30分外で並べば食べられるわよ』
『コンビニ行ってくる』
『セバスチャン呼んできます』
30分待つのは嫌だったのだろう。二人はお店に行くのを拒否して身近にあるアイスへと逃げる。そしてエリスの家にセバスチャンという執事はいないので、みーこの台詞に合わせただけなのだろう。
それから麗奈はかき氷を全て食べ終え、アールグレイをゆっくり飲んでいく。そして全て飲み終えてから会計へと向かう。
「ありがとうございます。お客様、ポイントカードはお持ちですか?」
「いえ持ってないです」
「よろしかったらお作りいたしましょうか? 五回来店でお飲み物が無料となりますが……」
「それじゃあお願いします」
麗奈は少し悩んだもののポイントカードを作る事にした。弥勒のバイトがいつまで続くかは知らないが、麗奈としてもこの夏の間にあと一、二回は来る事になるだろう。それを考えると作っておいた方が良い。
「ありがとうございます。お会計は1600円になります。2000円からのお預かりです」
おかっぱ頭の店員はポイントカードにスタンプを一つ押す。麗奈は千円札を二枚出す。そしてお釣りとポイントカードを貰ってお店から出る。
「400円のお釣りになります。ありがとうございました!」
外に出ると夏の暑さが一気に麗奈に襲い掛かる。一瞬、もう一度店内に戻ってかき氷を食べ直そうかと思ったくらいである。しかしそれを何とか堪えて駅へと向かう。
『とりあえずお店行ってきたわよ』
駅のホームに着いてから弥勒にそうメッセージを送る。麗奈が今日お店へ行く事は彼も知っているので、恐らくどうなったか気になっているだろう。
『どうだった?』
すると電車に乗ったくらいのタイミングでそんな返信がやって来る。やはり麗奈の偵察が気になっていたのだろう。
『かき氷は美味しかったわよ。お店には行列が出来てるって教えたから、他のメンバーもそうそう突撃して来ないと思うわよ』
麗奈は今日の偵察の結果を伝える。やはりお店に入るまで30分掛かる事を考えると冷やかしに行くのは現実的では無いだろう。
『そうだよな。それなら誰も来ないか』
『いや誰かしら行くとは思うけど、騒ぎにはならないと思うわよ』
『来るんかーい』
弥勒としては行列の影響で誰も来ないと思ったようだ。しかしそこは麗奈が釘を刺す。絶対に誰かしらは喫茶店へと顔を出すだろう。単純に行く機会が少なくなるというだけだ。
『ま、そこは諦めなさい。お店のお客さんもスタッフも女性ばっかりというのは黙っておいてあげるわ』
『すまん、助かる!』
「(まぁ行けばバレるから黙ってたとて、って感じよね)」
弥勒に恩が売れるので、そこはメッセージにしない麗奈。こうして彼女の偵察任務は無事に終わったのだった。




