第二百八話 ぐーたら
弥勒はオキナワ旅行から帰ってきた翌日、家でぐーたらしていた。昨晩は飛行機で爆睡していたにも関わらず家に着いて、お土産を家族に渡した後、早めに就寝してしまった。
そして今日はいつもより早く目が覚めた。しかし旅行で色々と楽しんだ反動なのか、何もやる気が起きずだらだらとテレビを見ていた。
「ふわぁ〜」
完全に抜け殻状態である。ひたすらベッドの上でゴロゴロしている。寝過ぎたためなのか身体がダルく感じているのもやる気が起きない原因の一つだろう。
「そういえばヒコは誰の家に泊まったんだろうな……」
ヒコが昨晩、誰の家に着いて行ったのか弥勒は知らない。ただ一番可能性が大きいのはエリスの家だと考えている。彼女の家なら食べ物が好きなだけ食べられる。ヒコとしては夢のような場所のはずだ。
「あいつからパワーアップフォームについて詳しく聞けてねーしな……」
弥勒はオキナワでウツボとハリガネムシの天使と戦った時の事を思い出す。麗奈は弥勒が傷つけられた怒りでパワーアップを果たした。持っていた世界樹の根の鞭が黒く染まり、衣装なども変わっていた。
原作には存在しない姿に弥勒としてもかなり驚いた。原作ではパワーアップフォームなどは存在しなかった。強いて言えば各ルートのエンドで強力な力を手に入れた魔法少女の姿が描かれる事があったが、それくらいだ。麗奈で言えば巨大な結界で世界を覆う「永遠のロザリオエンド」がそれに当たる。
ヒコは新武器が馴染んだらパワーアップフォームになれる可能性があると言っていた。つまり原因は魔法少女側ではなく、ヒコの作った武器にあると言える。
「うーん、やっぱり異世界の素材を使ったのが原因か……?」
ヒコが作った武器と言いつつも元は弥勒が異世界のダンジョンで手に入れた素材だ。もしかしたらそれが良く無い方向に働いた可能性もある。ヒコも麗奈のパワーアップフォームを見て予想外の姿だと言っていた。
「麗奈の方は特に変わった感じは無いけどな」
パワーアップ直後の麗奈は性格がややダークになっていた。言動や行動、雰囲気が普段よりも怖めになっていたのだ。しかし変身していない状態では特に変わりは無かった。弥勒は旅行中も彼女のことを気にして観察していたが、普段と変わらない雰囲気だった。
現時点で弥勒が出した結論としては、パワーアップフォームになると精神にはややマイナス補正が掛かると言うものだ。あくまでもパワーアップフォームになった状態でのマイナスのため普段には影響しない。そう考えていた。
「麗奈の問題もそうだが、他のメンバーについても心配だよな……」
新武器によるパワーアップが起きるのは何も麗奈だけでは無い。他の魔法少女たちもヒコから武器を貰っている。つまり彼女たちもパワーアップフォームになる可能性が高い。そして魔法少女たちが全員、あの黒い姿になっているのを想像する。
「うん、天使より魔法少女の方がヤバいな……」
どう考えても天使など敵では無いだろう。パワーアップしてくれるのはありがたいが弥勒としては過剰戦力のような気もしている。残る大天使は二体である。もしパワーアップがあったのならもう少し早くして欲しかったというのが彼の本音である。
「もう昼か……」
そんな事を考えているとお昼ご飯の時間になっていた。弥勒はようやくベッドから起き上がり服を着替える。そしてリビングへと降りていく。
「おはよう」
「おはよう。もうお昼よ」
母親に朝の挨拶をする。彼女は台所でお昼ご飯を作っていた。匂いからして焼きそばだと気付く弥勒。とりあえずコップや箸などを準備する。そして焼きそばが出来上がるのを待つ。
「「いただきます」」
完成した焼きそばをすぐに食べ始める。昨日まで食べていたオキナワ料理とは違う食べ慣れた味である。弥勒としては何だか家に帰ってきたという気持ちになる。
「オキナワなんて羨ましいわ。学生の内から贅沢よねー」
「確かに贅沢な旅行だったよ。エリス先輩の家の別荘とか凄かったし」
弥勒はポケットに入れていたスマホを取り出して、別荘の外観の写真を見せる。そこにはオキナワの壮大な海と空、そしてエリスの別荘が写っていた。
「うーわ、あんたこんな所に泊まったの⁉︎ もしここがホテルだったら一泊いくらするのかしら……」
母親は弥勒の見せた別荘の写真に驚く。今回の旅行は旅費はエリス持ちだった。そのためお金持ちというのは分かっていたが、改めて写真を見せられてそれを強く実感したのだろう。
そして弥勒はグループチャットで何通もの通知が来ていた事に気付く。見てみるとそこには各々が撮った写真をアルバムに貼り付けている様だった。そこで弥勒も自分が撮った写真をアルバムにアップしておく。
「(てか俺の写真がやけに多く無いか……?)」
アップされている写真の半分は弥勒の写真である。ビーチで寛ぐ弥勒や、ハンバーガーを頬張る弥勒。パジャマを着ている弥勒など様々だ。
「あんたちゃんと連れて行ってくれたエリスちゃんにお礼言いなさいよ。あと今度お菓子買ってきておくからきちんと持って行きなさい」
今回の旅行をするにあたってエリスの家と弥勒の母親は連絡を取っていた。そこでエリスの母親には色々とお礼を言った様だが、それだけでは足りないと思っているのだろう。
「分かってるよ。きちんとお礼を言っておく」
「とにかく失礼の無いようにね」
母親に釘を刺される。弥勒もそれに頷く。そして食事を再開する。しばらく食べ進めると母親がまた口を開く。
「そういえばあんた、バイト見つかったの? 探してたじゃない」
「いやまだ見つかってない。個人的には引っ越しの手伝いとかが良いかなと思ってんだけど」
弥勒は母親に夏休み中に何かバイトをするかもしれないと話していた。彼としては引っ越し業者などであれば身体能力が活かせると考えていた。
「まだなら丁度良かったわ。私の知り合いが人手を探しててさー。良かったら手伝ってあげてよ」
「何のバイト?」
「喫茶店よ。少し前にテレビで紹介されたらしくてさ、急にお客さんが増えたんだって。それで夏休み中だけで良いから追加人員が欲しいって」
弥勒は母親から持ち込まれたバイトの話に驚く。どうやら知り合いが経営している喫茶店の人手が足りていない様だった。テレビで紹介されると一時的に客が増える事がある。ましてや今は夏休み中である。休みの学生などが押し寄せている可能性がある。
「へー、まぁそこでもいっか。場所は?」
「旧百合ヶ丘よ」
「近場だな」
旧百合ヶ丘は弥勒の住んでいる鴇川から僅か二駅だ。学校とは反対の方向であるためあまり行ったことは無いが、距離的には悪くないだろう。
「それならやってみようかな」
「良かった。それならこっちから連絡しておくから細かい事が決まったらまた教えるわ」
二駅程度なら万が一、途中で天使が出現してもすぐに大町田市へと戻って来られる距離である。最もバイトをドタキャンなどはするつもりは無いので、基本的にバイト中に天使が出現した場合は魔法少女たちに討伐を任せる形になるだろうが。
「分かった。ごちそうさま」
弥勒は食べ終わった食器を流しへと置く。まだ考え途中だったバイトが決まった事で少し嬉しくなる。これでようやく金欠ともおさらばできる可能性が高い。今回のオキナワ旅行でも色々とお金を使っている。
「とは言え人生初のバイトだし、緊張するな……」
お金を稼いだ経験なら弥勒にもある。異世界ではダンジョンで手に入れた素材をギルドで売ったりしていた。恐らく通常の冒険者などよりもかなり多く稼いでいただろう。
しかし異世界での金稼ぎとこちらのバイトでは勝手が大きく違う。その事を理解しているからこその緊張だった。
「あ、あとお土産のタルト美味しかったわよ」
「定番のお土産だしな。間違いない味でしょ」
「そうね。変なお土産買ってこなくて安心してるわ」
母親は弥勒がお土産で買ったお菓子を食べた様で感想を言ってくる。それに返事をしてから弥勒は部屋へと戻り再びぐーたらして一日を過ごすのだった。




