第二百三話 オキナワそのなな
ウツボとハリガネムシの天使との戦いの翌日、弥勒はのんびりと朝食をとっていた。メニューはポーク玉子おにぎりである。朝からボリュームがあるかと思いきや、一つ一つのサイズが小さいため食べやすかった。
「ふわぁ〜、眠い……」
アオイが欠伸をしながらリビングへとやって来る。きっと夜更かししたのだろう。昨晩は弥勒たちが天使と戦っているのには気づいていなかった様だが。
「おはよう、アオイ」
「おはよぅ。今日は何するぅー?」
アオイは半分、寝ぼけているのかソファに座って朝食を食べ始める。お揃いのパジャマを着たままの状態で、寝癖も盛大についている。
「寝ぼけてるわね」
アオイの行動を見ていた月音がボソリと呟く。しかしそんな事を言っている彼女の方もパジャマで髪がボサボサの状態だった。こちらは寝ぼけているのではなく素の状態である。
「アオイじゃないけど今日の予定とかって何か決まってるんですか?」
弥勒は隣に座っているエリスへと尋ねる。彼女はすでに私服へと着替えており、髪型やメイクもばっちりである。沖縄だからだろうか、花柄のワンピースを着ている。
「そうですね……今日は本島へ行くつもりです。そこで色々お買い物をしましょう」
「良いですね。昨日は海ではしゃいだので、今日はのんびり買い物で良いと思います」
「と言う事はまた飛行機ね」
エリスの立てた計画では今日は本島での買い物らしい。弥勒としても二日連続で海で遊ぶより良いと思った。月音はまた飛行機に乗らなければいけない事を面倒くさがっている。ただこの島から本島へ行く手段は飛行機しか無いので仕方ない。
「とは言え、そこまで慌てるものでは無いですからのんびりと準備をしましょう」
今回の旅行は三泊四日だ。今はまだその二日目である。これから遊ぶ時間はたっぷり残っている。
「おっはよー!」
そんな話をしているとみーこがリビングへとやって来る。こちらもアオイとは違い、メイクや服装はバッチリである。黄色のワイドパンツに白いTシャツを着ている。
「おはよう」
「いやー、お腹空いたし! 今日のメニューは……何これ?」
「ポーク玉子おにぎりっていうらしい。初めて食ったけど美味い」
「へー、スパムが挟まってんのね。オキナワってスパム好きだよね」
弥勒に説明を聞いてからポーク玉子おにぎりをパクリと食べるみーこ。そしてすぐに二口目を食べる。
「めっちゃうま。これ家でも作れそうだし、お昼のお弁当作るの面倒な時とか良いかも」
「みーこちゃんは自分でお弁当作ってるんですか?」
「そうですよ。まぁ大体は前の日の残りの手抜き弁当ですけどね〜」
「凄いです! わたくしも今度、お弁当作りに挑戦してみようかしら?」
みーこが自分でお弁当を作っていると聞いてエリスは驚く。彼女の家は両親が離婚しており母親しかいない。そのため働いている母親の負担を減らしたくて彼女が料理の担当をしているのだ。
エリスは料理を数える程しかした事が無いため、お弁当作りに興味を待つ。
「今日はこれから本島に行って買い物だってさ」
「お、いいね! オキナワのお店を色々と見てまわりたい!」
弥勒が今日の予定を話すとみーこは乗り気になる。そして隣に座っているアオイの存在に気がつく。
「半分、寝てるし……」
彼女はうとうととしながらポーク玉子おにぎりをはむはむと食べている。眠気と食い気が拮抗しているその様子に呆れた表情を浮かべている。
「麗奈たちは?」
「中学生組がビーチで朝ごはんを食べるといって、それについて行ったわよ」
愛花たちは昨日から引き続きテンションが高いままの状態であった。そのため今朝は目が覚めるのが早かった様だ。
そしてせっかくなら朝食を海の近くで食べたいとなり、ビーチパラソルとおにぎり、飲み物を抱えて海へと向かったのだ。そんな中学生三人に麗奈と保護者の桐葉がついて行った形となる。
「おー、それは贅沢な朝ごはんじゃん。明日はアタシもそうしようかなー」
「あとは二階のベランダで食べると言う選択もあるな」
「確かに。そっちも捨てがたい」
二階には大きなベランダが付いている。しかもそこにはお風呂が設置されている。つまり露天風呂に入りながら海を眺められる設計となっているのだ。
「ちなみに今晩はバーベキューを考えてます。ビーチでやろうと思いまして」
「超さんせーい!」
「はっ! ビーチでバーベキュー⁉︎ あたしも大賛成なんだよ!」
バーベキューという言葉で、ようやく意識が覚醒するアオイ。慌てて彼女も賛成の意を述べる。それから周りをキョロキョロと見渡して、自分が今朝食を食べていることに気付く。そして弥勒たちがいる事に気付き、改めて朝の挨拶をしてくる。
「みんな、おはよう!」
「ああ、おはよう」「おはー」「おはよう」「おはようございます」
「っていうか、あんた目が覚めたんなら着替えてきた方が良いんじゃない?」
「へ?」
意識が覚醒したアオイにみーこが指摘する。そこでアオイは自分の格好を確認する。ボサボサの寝起きの髪に、パジャマ姿というあまり他人には見られたく無い姿だ。
「うわぁーん、弥勒くん見ないでー! すぐ着替えて来るー!」
そう叫びながら彼女は顔を隠して猛ダッシュで自分の部屋へと戻っていった。ちゃっかり朝食は全て食べ切っていた。
「朝から騒がしいわね」
「ツキちゃん先輩は着替えなくて良いんですか?」
そう言ってアオイと同じ状態の月音はコーラをぐびりと飲む。そんな彼女に無駄とは思いつつも弥勒は質問してみる。
「私のような大人の女は慌てないのよ。ごちそうさま」
月音はご飯を食べ終えて紙ナプキンで口元を拭く。仕草は優雅だが格好はパジャマのままである。
「ただいま〜!」「帰ったっす!」
そうしていると愛花たちがビーチから戻って来る。五人で楽しそうに帰って来る。弥勒はその中に麗奈の姿を見つける。弥勒としては昨晩ビーチで別れてから彼女とは会っていないので少し身構えてしまう。
「あ、先輩! おはようございます!」
「ああ、おはよう。ビーチはどうだった?」
「最高でした! ちょっと暑かったけど……エリス先輩、冷蔵庫に入ってるパイナップルジュース貰って良いですか?」
「お好きに飲んでもらって大丈夫ですよー」
愛花はビーチでの朝食が楽しかった様で満足げな表情をしている。そして外の暑さのせいか、冷たい飲み物を欲している様だった。
愛花はエリスから許可を貰ってパイナップルジュースを取り出しコップへと注ぐ。そして一緒に帰って来たメンバーにも渡していく。凛子なんかは受け取ってすぐにそれを一気飲みしている。
「ふぅ、美味しかったわ」
同じようにパイナップルジュースを飲んでいた麗奈が飲み終わったコップを流しへと置く。そして自然な流れで弥勒の隣へと座る。
「おはよう、弥勒」
「あ、ああ。おはよう……」
「どしたの? 変な顔して」
「いや何でも無い」
麗奈から挨拶されて少しドキッとする弥勒。その不自然な態度に麗奈が不思議そうな顔をしている。彼はとりあえずそれを誤魔化す。そしてしばらく麗奈を観察する。
「朝から食べ過ぎたわ」
「アタシには忠告してたくせにね〜」
「うぐ……うるさいわね。こんな最高の場所で我慢するなんてそもそも無理だったわね」
昨日はみーこに「食べ過ぎると太る」と言っていた麗奈。しかし今朝は自分も食べ過ぎた様だった。それを指摘された彼女は気まずそうな表情をする。そして開き直る。
「…………」
弥勒は麗奈の様子が表面上はいつもと変わらない事に安心する。本来ならヒコにも確認してもらいたい所だが、あのぐうたら妖精はまだ寝ている。
「お姉ちゃんはいっつも気にしすぎなんだよー」
「で、でも読者モデルをやってて、そういうの気にするのはプロ意識って感じでカッコいいと思うけど……」
愛花があっさりと前言撤回した姉にツッコミを入れる。それを小舟がフォローする。すると麗奈は小舟に向かってにっこりと微笑む。
「ワタシの味方は小舟ちゃんだけね」
それから朝の団欒を終えた一行は本島へ行く準備をし始めるのだった。




