第二百二話 オキナワそのろく
「さて、どうしたもんか」
幸い陸地へ避難すると魚型の天使は襲って来なくなった。今までの傾向からいくとウツボの天使も陸地での活動は可能なはずである。しかし水中の方が有利なのは明白だ。地の利を捨ててまで追っては来ないという事だろう。
「紫のフォームで水を支配するのはどうかしら?」
「水を支配するのはかなり魔力を消費するんだよな。あくまでも陸地から攻めるなら例えば新緑の狙撃手で視力を強化して、麗奈が俺の指示に従って戦うとか」
弥勒が使う新緑の狙撃手は視力が強化される。それは単に眼が良くなるというだけではなく、敵の居場所などを感知する事が出来るのだ。
先ほどまで使わなかったのは武器がリボルバーのため細長い形をしているウツボと相性が悪いと思っていたからだ。しかし攻撃を麗奈が担当するならその視力強化を活かす事ができる。
「ならそれでいくしか無いわね。ガーネットフラッタリング!」
「カラーシフト」
麗奈は花びらの集合体を作り出す。それは自由自在に動かせる無数の刃だ。そして弥勒の方もフォームを新緑の狙撃手へと変える。
「やっぱりこのフォームなら見えるな。敵はやっぱり五体いるか。まず前方15m先だ!」
「おっけー!」
弥勒は敵の数がヒコの言った通り五体だと確認する。それから敵のいる場所を麗奈に教える。彼女はその指示に従ってフラッタリングを突撃させる。この技の良い所は攻撃の面が広いためざっくりとした指示でも対応できる事だろう。
麗奈が突撃させた花びらの群体が水面に衝突して水飛沫が上がる。
「どうだ?」
「手応えなしね! 掠りもしてないわ!」
「やっぱ水の中に入って飛んできた所を迎撃するしかないか……」
「そうねー……」
敵が陸地に来ないせいか弥勒たちの緊張感が薄い。また極論を言えば弥勒が真紅の破壊者になって水面に炎を纏った剣を叩きつければダメージを与える事ができる。それをしないのは周囲への影響を配慮しているからだ。つまり本気になればいつでも倒せるというのも緊張感が欠けている原因でもあった。
弥勒は再び水の中へと入る。フォームは新緑の狙撃手のままだ。攻撃を当てるのは難しくなるが、敵が飛び出してくるタイミングを見計らうことを優先したのだ。
「……ちっ!」
すると待ってましたと言わんばかりに三体のウツボの天使が飛び出して来る。水に入ってすぐの攻撃である。弥勒は何とか横に飛び退いて攻撃をかわす。身体を回転させる間にリボルバーから魔力の弾丸を放つ。それが一体に当たり陸地へと弾き飛ばされる。
「oii⁉︎」
「ナイスよ!」
打ち上げられたウツボの天使を麗奈がすかさずフラッタリングでトドメを刺す。これでようやく一体目を倒す事に成功する。
「よし、とりあえずは一体……っ⁉︎」
弥勒は強烈に嫌な気配を感じて慌てて背後へと飛び退く。一瞬、敵が右手に触れるが何とか直撃を避けられた。その敵の姿は他のウツボの天使とは明らかに姿が異なっていた。細長いのは共通しているが、サイズ感が違ったのだ。
「ぐぅっ……!」
敵の動きに注目していると、右手に強烈な痛みが襲い掛かる。弥勒は慌てて自分の右手を確認する。すると自らの皮膚の内側で何かが蠢いていた。そしてそれは手のひらから肩の方へと登って来ようとしていた。
「ちっ……!」
弥勒はリボルバーで自らの右手を撃つ。すると皮膚が弾けて、中にいたモノの一部が飛び出して来る。彼はそれを左手で掴み、腕から引き抜く。
「…………っ」
そしてそれを陸地へと投げ捨てる。弥勒の腕から取り出されたそれはグネグネと蠢いてから力尽きたかの様に動かなくなる。そして消滅する。
「どうしたの⁉︎」
麗奈が自分の腕に弾丸を当てるという暴挙をした弥勒に駆け寄ってくる。彼はそれを左手で制す。
「問題ない! それより気をつけろ! 一体だけウツボじゃない奴がいる! ハリガネムシだ!」
弥勒は攻撃を受けて、それが何の天使かすぐに分かった。何故ならその天使は原作でアオイルートの分岐で出てくる天使だからだ。
ハリガネムシの姿をした天使。そもそも蟲でも無ければ、海にいる生き物でも無い。しかしそこを指摘するのは無駄な行動だろう。あくまで天使はその姿を模しているだけで、その生物そのものではない。
この天使は相手の身体に光の因子を注入して、自らの操り人形にするという能力を持っている。通常の天使の中でも異端な存在である。原作でルート分岐に関わって来るだけあって厄介な敵である。
原作では子供を庇って主人公がこの攻撃を受けてしまう。そして主人公は敵の操り人形となる。これを救えるか、救えないかでアオイルートのグッドエンドか、バッドエンドかが決まる。
救えなかったパターンでは、絶望したアオイが暴走して自らの寿命を力に変える禁忌を犯して全ての天使を殴り殺すという「天使殴殺エンド」を迎える。
救えるルートでは後遺症が残ったものの助かった主人公の身体から光への抗体というものが発見される。それにより天使と戦うための兵器が開発されていくという「天使のいる世界でエンド」を迎える。
この救えるか救えないかの違いは主人公を助けるためのエネルギーをアオイのみが注入するか、魔法少女たち全員で注入するかの違いである。アオイの独占欲が強いと彼女しかエネルギーを注入できずバッドエンドとなる。
「…………さない」
弥勒がそんな原作でのあれこれを思い出していると麗奈の微かな呟きが聞こえた。そこには普段とは違う強い負の感情が込められていた。
「……絶対に許さない」
もう一度、麗奈がそう強く宣言した。その時、彼女の身体から黒いオーラが出現する。それが彼女の持っている世界樹の根の鞭を侵食していく。そして枯れた蔓の色をしていた鞭が全て黒く染まる。
「何が……?」
「むむ! これはついに来たでやんす! パワーアップフォームでやんす!」
麗奈の服装が変わっていく。服の丈が短くなり、ヘソを露出するスタイルに。スカートも同様にやや短くなる。衣装のカラーも黒い部分が増える。そして背中には大きな赤いリボンが作られ、その裾が足元まで伸びて来る。ツインテールの先端と前髪の一部が黒く染まる。
「はぁぁっ!」
麗奈が黒く染まった鞭を振るう。すると鞭の先端が大量に枝分かれして海へと侵入していく。そして破裂音がして枝分かれした鞭が弾けて針のようになって散らばる。
「「「oiiii⁉︎」」」「veee⁉︎」
その攻撃が当たったのだろう。苦しそうな声を上げて水中から四体の天使が飛び出して来る。
「消えなさい」
麗奈がそう言うと再び鞭が動き出して四体の天使を絡め取る。そして先ほどと同じように破裂音がして鞭が弾け飛び、あっという間に天使を消滅させた。
「ふふ」
それを見て麗奈が怪しく笑う。弥勒は原作でも起きなかったメリーガーネットの変化に驚いて声も出ない。
「ぱ、パワーアップフォームでやんすけど……思ったよりあれでやんすね……」
「おま、逃げんな! 説明しろ!」
ヒコが冷や汗を流しながら逃げ出そうとする。それを弥勒は慌てて捕まえる。そして状況の説明を求める。
「いや〜、新武器が馴染めばパワーアップフォームになれるかな〜なんて思ってたでやんす。そしたら思ってたよりも邪悪だった的な感じでやんす!」
「そんなあっさり済ませんな! 闇堕ちしたみたいになってるぞ!」
ヒコが麗奈に聞こえない様に小声で説明してくる。それに対して弥勒も小声で返事をする。今の麗奈の姿はどちらかと言うと人類の敵寄りである。
「ねぇセイバー、傷見せて」
敵を倒した麗奈が近寄って来て弥勒の右腕を取る。そして腕から流れる血を見て顔を顰める。
「痛そうね……すぐ治すわ」
麗奈は血で汚れるのも構わず優しく自らの手のひらを傷口へと当てる。そして手から植物の葉の様なものが出現し、弥勒の腕へと吸い込まれていく。すると傷口が徐々に塞がっていく。ものの十秒程で完全に治癒してしまった。
「これで大丈夫。次からは貴方に頼りきりにならない様に気をつけるわ。それじゃあワタシは先に戻ってるわね」
それだけ行って麗奈は別荘へと戻っていた。そしてその場には弥勒とヒコだけが残された。しばらくの沈黙があってから弥勒は恐る恐る口を開く。
「もしかして他の四人もこんな感じになる?」
「てへ」
こうして新たな不安要素が増えた弥勒とヒコであった。




