第二百一話 オキナワそのご
海を楽しんだ弥勒たちは晩御飯に沖縄料理を味わった。サーキそばにゴーヤチャンプル、ソーミンチャンプル、ジューシーなど本格的なその味に全員大満足の夕食だった。
そして一旦、自由時間となったタイミングで弥勒は嫌な気配を感じた。そのため二階のベランダから外に出て海の方へと視線を向ける。
「せっかくの旅行だっていうのにな」
「そうね。ならさっさと倒してしまいましょう」
「いくでやんす!」
弥勒の隣には同じように敵の気配に気づいてやって来た麗奈とヒコがいた。ヒコは飛行機でテンションが上がって散々喋っていたせいか、オキナワに着く頃には疲れて眠っていた。そして夕飯のタイミングで起きたのだった。
「セイバーチェンジ」
「メランコリーハートチャージ!」
「うぉー、でやんす!」
二人は変身をする。弥勒は鎧と外套、そして仮面を被った灰色の騎士へと。麗奈は黒と赤をベースにした魔法少女メリーガーネットへと。ヒコは特に何も起きない。流れに合わせて叫んでいるだけだ。
「祈りの力は明日への希望! メリーガーネット!」
変身と同時にお決まりの台詞を口にする麗奈。最近はすっかり言い慣れてきて恥ずかしくは無くなったようだ。
「よし行くか」
「ええ!」
弥勒と麗奈はベランダから飛び降りて海へと向かう。彼は内心で少しがっかりしていた。今回の旅行では天使たちとの戦いが起こらないのではないかと期待していたのだ。
原作で主人公たちが大町田市を離れた時には天使たちは魔法少女たちの元へ出現した。しかし今回はオキナワというかなり離れた場所だったため、もしかしたら出現しないかもという淡い希望を抱いていたのだ。
「(やっぱ天使たちは魔法少女に反応して出現してるってことか……?)」
弥勒には天使出現の詳しいメカニズムは分からない。しかし今回の結果から原作だけでなくこちらの世界でも天使が大町田市に固定で出現する訳では無いというのが分かった。それは大きな収穫でもあった。
もし天使が大町田市にしか出現しないのだったら弥勒か魔法少女の誰かは常に街にいて貰う必要が出てくる。しかしその必要は無くなったという事だ。その代わりどこに行っても天使と遭遇する危険性というのが、出て来てしまった訳だが。
弥勒たちは浜辺へとやって来る。夜の海という事もあって、周囲には波の音だけが響いている。もしここに天使が出現していなければ神秘的な光景にも思えただろう。
「この感じは敵は海の中でやんすね」
「それは面倒ね……」
ヒコが天使の居場所を海の中だと推測する。それに麗奈は嫌そうな表情をする。彼女は水中戦を今まで一度も行った事がない。
魚型の天使など魚と付いているのに陸でしか出会った事が無いのだ。大天使もクジラの姿をしていたくせに空に浮かんでいた。そういった意味では初めての水中戦となるかもしれない。
「とりあえず俺が入ってみるか。メリーガーネットはそこで待機しててくれ」
「大丈夫なの?」
「ああ。やばかったらすぐに水から出るし」
弥勒はそう言ってじゃぶじゃぶと水の中へと入って行く。麗奈とヒコは言われた通りにそれを浜辺から見ている。しかしいつでも動き出せるように世界樹の根で作られた鞭を持っている。
最悪、弥勒が自力で陸に戻れそうに無くなった時にはこれを使って引き上げるつもりであった。この鞭は麗奈の思うように伸ばして操る事が出来るからだ。
「さてと……どんな天使が出て来ることやら」
その瞬間だった。水面から何かが飛び出して勢いよく弥勒へと向かって来る。そのスピードに面食らうものの、反射的に身体を逸らしてその攻撃を避ける。
すると攻撃を避けられたそれは再び水面へと潜る。そして水飛沫が上がる。夜の水面と弥勒自身が浅瀬で動いて砂が舞っているせいで、敵の姿が確認できない。
「セイバー⁉︎」
「大丈夫だ!」
慌てて近寄って来ようとした麗奈を手で制す。敵の姿はまだ見えないが、あのレベルの突撃であったら弥勒にとっては問題ない。
「ふぅ……」
敵がいるのは分かったので、弥勒はまず心を落ち着かせる。そして周囲へと意識を向ける。
「…………」
しばらくの静寂があった後、再び水面から何かが飛び出してくる。弥勒はそれを右手のシールドで防いで、上へと打ち上げる。
弥勒によって上へと弾かれた事で敵の姿が露わになる。それはウツボの姿をしていた。
「ウツボか……」
「oiiii!」
弥勒がロングソードを構えてウツボの天使を切ろうとした瞬間、再び水面が揺らめく。それを察知した彼はロングソードの向きを変えて迎撃を準備をする。
するともう一匹のウツボの天使が同じように水面から飛び出て来る。弥勒はロングソードを突き出す。しかし身体を空中で捻ったウツボにかわされる。
弥勒はすぐさまジャンプして後方へと下がる。すると上に弾いていたウツボの天使も水面へと戻る。
「複数体いるのか、面倒だな。ヒコ! 天使の数は分かるか⁉︎」
水面にもう一体の天使がいた事で弥勒は敵が複数体いると気付く。しかし水中にいる天使の数を正確に把握する事は難しい。そこで弥勒はヒコへと天使の数を確認する。
「むむむ〜! 全部で四体でやんす! いややっぱり五体でやんす!」
「なら五体で考えるか……」
ヒコは目を瞑り、意識を周囲にある天使の気配へと集中させる。そこから感じ取れた数は五体であった。弥勒はヒコの言い方に少し不安を抱いたものの、それを信じる事にする。
「ワタシもいくわ!」
すると今まで様子を見ていた麗奈も水の中へと入って来る。敵が海の中へと引き摺り込むようなタイプではないと分かったからだろう。
水面から飛び出して来るタイプの敵ならば自分でも対処できると判断したようだ。弥勒もそれを止めるような事はしない。彼女の判断を信じる事にした。
「oiii!」
「……っ⁉︎」
すると一体の天使が麗奈へと飛びかかって来る。それを彼女はかわして鞭を振るう。魔力によってコントロールされた鞭はウツボの天使へと絡みつく。
「よしっ! ってあれ⁉︎」
上手く鞭で天使を捕まえたと思ったものの、ウツボの体のぬめりにより拘束が上手くいかずすり抜けてしまった。
「そんな所までウツボを再現しなくても……」
せっかく捕まえたと思った天使に逃げられて愚痴を言う麗奈。いくらウツボの姿を模した天使だからといって、体のぬめりまで再現しなくても良いのにと思った。
それを見ていた弥勒は一旦、麗奈のそばへと近寄る。ちなみにヒコはビーチで待機している。海の方へはやって来ないようである。
「拘束も効かないし、上に打ち上げても斬る前に他の個体に邪魔される。さて、どうしたもんかね」
「上じゃなくて、ビーチまで吹っ飛ばすのはどうかしら?」
「敵が攻撃してくる角度次第だな。そっちはガーネットボールで拘束とか出来ないのか?」
「うーん……セイバーが上に打ち上げた個体ならいけるかもしれないわね。一人では難しいわ」
「わかった。それならいけそうなのは陸地に。難しそうなのは上に打ち上げるか」
二人はその場で作戦を決める。お互いの手札はわかっているのでこういう時は作戦を練りやすい。そして作戦を実行しようと、敵の攻撃を待ち構える。
水面が揺れる気配がした。弥勒はとっさにそちらを振り向きシールドを展開する。敵の突撃に合わせてシールドの角度を調整する。そしてウツボの天使を上へと弾き飛ばす。
「oiii⁉︎」
「ガーネットボール!」
弥勒が上に打ち上げた個体を麗奈が植物を編み込んだ籠に閉じ込める。他のウツボの天使が再び攻撃して来る前に閉じ込めた個体を陸へと飛ばそうとする。
「きゃあ⁉︎」
「メリーガーネットどうした⁉︎」
しかしその瞬間に麗奈が悲鳴を上げる。彼女は慌てて後方へと飛び退く。そして自らの足をさする。
「どうやら足を噛まれたのみたい。水中でも普通に攻撃してくるのね……」
どうやらウツボの天使に水中で足を噛まれたらしい。今まで水面から出て来ての攻撃しか無かったため二人とも油断していた。ただそこまで大きい傷では無い様だった。
今のやり取りでガーネットボールはすでに海の中へと落ちてしまった。恐らくウツボの天使は籠から脱出しているだろう。
一旦、二人は陸へと上がり再度作戦を練り直す事にしたのだった。




