第百九十六話 ゲーム
「ふんふふ〜ん」
ビーチサンダルを買い終えた二人は駅前の商店街をブラブラしていた。そろそろお昼になるためランチを食べるお店を探していた。
「ご機嫌だな」
「そりゃあそうだよ! もうすぐオキナワだし! 準備万端って感じ!」
「俺も楽しみだ。昼飯はどうする? 何か食いたいもんとかあるか?」
「うーん、パスタ!」
「ならファミレスでいっか」
「おっけー!」
弥勒はアオイの食べたいものを聞いてからお店を決める。ファミレスなら値段もリーズナブルでメニューも豊富だ。アオイも懐事情が厳しいので安いお店の方が行きやすかった。
近くにあるファミレスに入る。店員に案内されて窓際の席に二人で座る。早速アオイはメニューを開いて、弥勒にも見せてくる。
「迷うなぁ。パスタは決定なんだけど、どれが良いか……」
「俺はからあげ定食で」
「決めるのはやっ。ならあたしはキノコの和風パスタで!」
弥勒がメニューを即決したのを見て、アオイも反射的に自分の分を決める。そして店員を呼んで注文を行う。ドリンクバーは頼まなかった。これは単純に節約のためである。
「なんか大きい旅行の時っていつも忘れ物が無いか心配になるよな」
「分かる! あたしもう三回も荷物チェックしちゃったし。トランプとかゲームも準備した!」
「ゲームって?」
「ヨシヲカート! 夜に皆で遊べるかなと思って」
ヨシヲカートというのは、友達と通信して遊べる若者に人気のレースゲームである。主人公のヨシヲを中心とした社会不適合者のキャラたちを操ってカーレースをするというゲームだ。
主人公のニートであるヨシヲ、その弟で自称プロデューサーのタツヲ。元ヤクザのグンパ、野良犬のヨッシャー、ヲタサーの姫ピピチなど。世界的に人気なシリーズでレースゲームだけではなく、RPGやアクション、トレーディングカードなど様々な展開をしている人気コンテンツだ。
「お、それなら俺も持ってる。向こうで対戦するか」
「ふっふっふっ! あたしはヨシヲカートをやり込んでるからね。そうそう負けないんだよ」
「どのキャラを使うんだ?」
「陰キャのホーヘイ! 弥勒くんは?」
「配信者のジュゲル」
「まさかのマイナーキャラ!」
弥勒も持っているゲームだったため話が弾む。お互いに使い慣れているキャラも被っていないため対戦もしやすいだろう。
「あれ? というかアオイってゲームほとんどやらないんじゃなかったっけ?」
「これこの前、友達に教えて貰ってハマったの!」
「ならやり込んでるってのは嘘だろ」
「ぐふっ、バレたか……」
アオイはあまり今までゲームをやってこなかった。しかし弥勒がたまにゲームの話をしているのを見て羨ましがっていたのだ。そしてつい最近、部活仲間とヨシヲカートをした結果見事にハマったのだった。
それからすぐにゲーム機とソフトを購入した。母親である桔梗の許可は案外簡単にとれた。最近アオイが料理を頑張っている事と、成績が上がっていた事で認められたのだ。そして夏休みなのを良い事にゲームをやり込んでいるという訳だ。ちなみに彼女が金欠なのはこれも大きな要因の一つである。
「じゃあ夜は皆でヨシヲカート対決だね!」
「いっそのことトーナメントでもやるか。学生組は八人いるし」
「いいね! それだったら優勝者には何か用意しておこうよ」
アオイと弥勒でヨシヲカートをすれば、ゲーム好きの月音は確実に食いついてくるだろう。またみーこなども性格的にちょっかいを掛けてくるはずだ。そうなると最初から全員でゲーム対決をすると決めておいた方がスムーズだ。
「面白そうだな。何が良いかな……」
アオイのアイデアに弥勒も乗っかる。理想は誰が優勝しても渡せるものが良い。そう考えると景品は絞られてくる。
「弥勒くんの私物とか!」
「却下」
アオイが変な提案をしてきたので弥勒は速攻で却下する。確かにそれだと弥勒以外のメンバーは喜ぶかもしれないが、彼からしたら何のメリットもない。それどころか下手したらゲーム対決が過激化する恐れもある。
「ちぇー、まぁ言ってみただけだし。それなら部屋に飾れるくらいの小さいシーサの置物は?」
「確かにオキナワっぽいな。そのくらいだったら現地に行けばいくらでも手に入りそうだし、良いかも」
シーサーの小さい置物なら多くの土産物店に売っているだろう。現地でささっと買ってしまえば問題ないだろうと弥勒は考える。
「なら決定! 昼はビーチで遊んで、夜はヨシヲカートだね」
「今晩辺り少し練習しておくか」
「弥勒くんが珍しくセコイこと言ってる」
弥勒の練習発言にアオイは笑う。そんな練習をしてまで挑む様な戦いではない。弥勒の私物がかかっていれば話は別だっただろうが。
「お待たせしました。からあげ定食とキノコの和風パスタになります」
そんなお喋りをしていると頼んでいた料理がやって来る。弥勒はからあげ定食を、アオイはキノコの和風パスタを受け取る。
「「いただきます」」
二人は挨拶をしてから食べ始める。ファミレスにはよく来るので食べ慣れた味である。すると弥勒が食べている所をアオイがジッと見つめる。
「ここのからあげって美味しいの?」
「普通かな。スーパーの惣菜コーナーに置いてあるやつよりかは美味い」
「それは……普通だね。うちはあんまりスーパーのお惣菜って買わないけど」
美味しい、という答えが返って来ると思っていたアオイは弥勒の返事にリアクションに少し困る。
「桔梗さん、料理美味いもんな」
「そうそう。ママは料理好きだから」
弥勒は巴家で食べたご飯を思い出す。どれも美味しかった記憶がある。あれだけ料理が出来れば楽しいだろうな、とも思う。
「そういえばオキナワって何か美味いもんってあったっけ?」
やはり弥勒も旅行を楽しみにしているのだろう。料理の流れから話は再びオキナワへと移る。彼の質問にアオイは考える仕草をする。
「ソーキそば! あとサーターアンダギーと、スパムとゴーヤチャンプル!」
「どれも美味そうだな」
「う、あたしはゴーヤチャンプル苦手かも……」
弥勒は異世界で変わった食材も口にしていたので、好き嫌いはほとんど無い。その一方でアオイはわりと好き嫌いが多かった。辛いものに加えてゴーヤチャンプルなどの苦いものも苦手なようだった。
「ゴーヤはかなり苦味あるもんな。ピーマンは?」
「あんま好きじゃないかも。別に食べられない訳じゃないけど……」
俺は虫以外なら大体いける、と言おうとした弥勒だが思い留まる。さすがに食事中にその発言をするのはどうかと思ったのだ。中には昆虫食を好んでいる人たちもいるが、弥勒たちはまだその領域にはいない。
「ソーキそばって食ったこと無いから楽しみだな。あとプライベートビーチとかあるならバーベキューできるかも」
「バーベキューいいね! 買い出しとか行きたい! 地元のスーパーとかって珍しい食材とか売ってそうだし」
「ああ……テレビとかでもよくやってるよな。ご当地食材とかご当地料理的なやつね」
「そうそう。そういうの見てみたい」
スーパーというは地元の住民達に寄り添ったお店だ。その地域に馴染んだ食材や料理を売っている。そのため他の地域から見たら変わったものを売っていると思われるパターンも多い。
「魚とかは見たこと無いの売ってそうだよね」
「それはめっちゃ分かる」
弥勒はオキナワの魚売り場を想像する。そこにはこっちでは見ない様なカラフルな魚たちが並んでいた。
そこから二人は魚の話で盛り上がる。そしてしばらく話してから会計をしてお店を出る。ファミレスの良いところは安い上にゆっくりご飯を食べられるところだ。弥勒たち学生の味方である。
「弥勒くんはまだ何か見るものある?」
「うーん、特に無いかな」
「なら今日は解散しよっか」
「珍しいな。アオイの方から解散を提案してくるのなんて」
「ヨシヲカートがあたしを待っている!」
普段のアオイなら夕方ギリギリまで解散しようとは言ってこない。それを弥勒が疑問に感じているとアオイはメラメラした瞳でそう宣言した。
「あたしはナンバーワンレーサーになるのだ!」
単純なアオイを微笑ましく思う弥勒だった。




