第百九十二話 かき氷
「効果は問題無いわね」
月音の視線の先では弥勒が天使と戦っていた。フォームは灰色の騎士である。しかしシールドを展開して敵の攻撃を防いでばかりで攻撃しようとしていなかった。何故そんな戦い方をしているのか。それには理由があった。
お昼時に天使コンパスが鳴ったため弥勒は現場へと急いだ。そこにいたのはタヌキの姿をした天使だった。彼が天使を討伐しようとすると、そこに月音がやって来る。
「せっかくだしジャミング装置を試してみましょう」
「確かに丁度良いですね」
という一言で性能テストが始まったのだ。ハエの天使と戦った時にもジャミング装置は使ったが、その時よりもさらに進化している。弥勒もジャミング装置の性能は確認したかったので、彼女の意見に賛同する。
そのためなるべく天使を攻撃せず、シールドで防ぐという戦い方をしているのだ。あっさり倒してしまってはジャミング装置の効果を確認しづらくなる。
「もう倒しても問題無いですか?」
「ええ」
月音の呟きを聞いた弥勒は彼女に確認する。そして頷くのを見て弥勒は左手に持っているロングソードに力と魔力を込める。
「ふっ」
息を吐き出して脱力する。そしてそこから超スピードによる一撃でタヌキの天使を一刀両断する。それだけで彼の技量の高さが窺えるだろう。防御から攻撃への切り替えが完璧だった。
真っ二つにされたタヌキの天使はあっさりと消滅する。魔法もジャミング装置により封じられていたので、ほぼ何も出来ずに倒された形となる。
「終わりました」
「流石ね。それで装置の方はどうだったかしら?」
「そうですね……ドローン自体は距離を保っていてくれてたので邪魔な感じはしなかったです。ジャミングも問題無かったですし」
ジャミング装置は小型スピーカーの様な形をしている。それをメリーアンバーが出したドローンで持ち運んでいる状態だ。そのためドローンの配置が場所によっては戦いの邪魔になる可能性があった。しかしそれはメリーアンバーの巧みな操縦により問題なく切り抜けられた。
「これなら現実のドローンに組み込んでも使えるわね。ただ操縦に関してはオートだと難しいかしら」
天使のジャミングをするには複数のドローンを使う。そして戦いの状況に合わせてドローンを動かしていかなければならない。それをオートで行うのは難しいだろう。ある程度は人間の判断というものが必要となってくる。
しかし人に操縦させるにしても難しい点がある。それはドローンの複数運営だ。一人で複数台動かすのは難易度が高い。現在は月音の高い技術と魔法で生み出されたドローンというものが組み合わさって成り立っている手法だ。
単純な解決方法としては複数人でそれぞれのドローンを操縦する事だろう。連携が難しくなるが、その辺りは訓練次第である。
「一般人が使うならどっちにしろ訓練は必要ですよ。とりあえずこれでジャミング装置は完成ですね。これからは実践でバンバン使っていきましょう」
「ええ。改良や問題点を調べるにしても回数はこなさないとだもの」
ジャミング装置についての話し合いが終わると二人はその場から移動する。夏休みという事もあり、昼間でも学生たちが多く出歩いている。そのため何とか目立たない場所を見つけて変身を解除する。
「にしても大分、暑くなってきましたね」
「私のような研究畑にいる人間としては、この時期は辛いわね。地球をまるごと冷やせるクーラーとか作れないかしら?」
「ツキちゃん先輩って肌も白いですし、陽には弱そうですよね。ちなみにそんなクーラー作ったら世界中の環境が激変しちゃいますよ」
地球を冷やせるクーラーという規格外の発想をする月音。その発想力に弥勒は驚きつつも無難な返しをする。もしそんなクーラーが作られてしまえば世界中のあらゆる生態系に影響が出てしまう。下手をしたら神とやらに追加の大天使を遣わされる可能性もあるかもしれないと弥勒は思う。
原作では元々、人類の環境破壊などが原因で滅びゆく地球守るために神が人々を滅ぼす事を決定したとなっていた。これ以上、環境を破壊する様な事はすべきでは無いだろう。
「冗談よ。今の私にはかき氷で十分だわ」
そう言って月音は近くにあるお店を指差す。そこには「氷」と書いてある旗が風に靡いていた。
「運動の後ですし、冷たいものを食べたいですね。入りましょう」
「ええ」
二人は迷わずお店の中へと入る。すると冷房によって冷やされた空気が二人を出迎える。弥勒は思わず声を漏らす。
「涼しい……」
「いらっしゃいませ。二名様でしょうか?」
「はい」
店員によって二人は先へと案内される。お店はカフェとなっていて内装は今時のポップな雰囲気だった。そのためか若い女性客が多い。
席に着いた弥勒はメニューを広げて、月音にも見える様にする。トップページに載っているのはやはりかき氷だった。この時期のイチオシという事だろう。
「コーラ味が無いのは残念ね。そう言う時はイチゴ練乳ね」
月音は他のページをサッと確認してからイチゴ練乳に味を決める。コーラ味のかき氷は屋台などで見かけるが、あまりこういったカフェで置いているイメージは無い。
「俺はパイナップル味ですかね。さっぱりしそうですし」
他にも抹茶味やチーズケーキ味などもあったが弥勒はシンプルなものを選んだ。それから店員を呼んで注文を済ませる。
「ツキちゃん先輩は夏休みにも家の仕事、手伝ってるんですか?」
「会社から研究は自由に任されてるわ。まだ学生だしね。ただ予算を使うからには成果を出せといった感じね。夏休みだからといって特別何か変わる訳じゃないわね」
彼女の実家は神楽コーポレーションといってロボットの開発を中心にしている企業だ。世界的に有名な企業で様々なところでここのロボットが使われている。月音はその中で数々のロボットを発明してきた天才だ。
その実績があるから研究を自由に任されているのだろう。もちろんそれ相応の成果を求められるようだが、彼女なら問題は無いだろう。
「なら前に言ってた通り、夏休みは魔法についての研究が中心ですね」
「ええ。そっちの方が今は楽しいというのもあるわね。息抜きで会社の方の研究ってところかしら」
「息抜きで商品が作れるって凄いですけど……」
彼女はさらりと言ったが、とんでも無い事だ。普通の企業ならば何ヶ月、何年も掛けて作るものを彼女は片手間で作れるという事だ。恐ろしい程の頭脳である。
「お待たせしました。イチゴ練乳とパイナップルです」
「思ったよりデカいな」
かき氷が店員によって運ばれてくる。写真で見るよりも大きなサイズに弥勒は少したじろぐ。すると月音はそんな弥勒を見てくすりと笑う。
「大丈夫よ。氷が柔らかいから実際の量はそれ程でも無いわ」
「そうなんですね……」
見た目だけならかなりの大盛りに見えるが、月音の言う通り実際はそこまで多い訳ではない。作る過程で空気を大量に含ませているので、膨らんで見えるだけだ。そうすることで口当たりが柔らかくなる。
「あ、ホントだ。口当たりが柔らかです」
一口食べた弥勒が感想を言う。この雰囲気だったら食べられそうなため彼は安心する。パイナップルの爽やかな酸味と甘さがかき氷とマッチしていた。
「やっぱりコーラの次はイチゴ練乳ね。脳が生き返るわ」
月音はイチゴ練乳を美味しそうに食べている。彼女は普段から頭をよく使っているので、甘いものが好きなのだろう。通常はコーラで糖分を補っている様だが。
それから急にピタリと月音の動きが止まる。そして弥勒の食べているパイナップル味のかき氷を見つめる。
「ふっ」
一瞬の早技で彼女は弥勒のかき氷を救って食べる。その動き出しは弥勒にすら捕えられなかった。
「こっちの味もなかなかね」
「……ツキちゃん先輩でもそんな事するんですね」
弥勒は彼女の予想外の行動についそんな感想を漏らす。
「私だってたまにはお茶目もするわ。華のJKだもの」
月音はそう言って笑う。普段の研究に熱中している姿とは違って、今の彼女は普通の少女の様に見えた。




