第百八十四話 ハンバーガー
夏休みに入り二日目。この辺りはまだ夏休みに入ったばかりの時期なので、夏を満喫するというよりかは普通の休みに近い印象だ。そのため弥勒もいつも通りの休日を過ごしていた。
「俺、ハンバーガー食べに行って来るわ」
「いってらっしゃい」
定期的にやって来るハンバーガー食べたい衝動があらわれたため、弥勒はお昼にハンバーガーを食べる事にした。この衝動は一ヶ月に一度くらいやって来る。彼は母親に一言告げてから家を出る。
前回ハンバーガーを食べたくなった時は鴇川駅の近くにあるお店に入った。今回はそことは別の店に行くつもりだった。
昨日と同じくまだ午前中だったため行動しやすい。セミたちが鳴いているのを聞いて夏を感じながら弥勒は行き慣れた道を進んでいく。
駅前のハンバーガーショップを通り過ぎて電車に乗る。そして大町田駅で降りる。夏休みに入ったからか学生たちの数は減っているものの、駅前は相変わらず凄い人の数だった。
この前起きたばかりの霊型の大天使による集団昏倒事件を忘れてしまったかの様な人混みだ。多くの人たちは自分には無関係の出来事だと思っているのかもしれない。
弥勒は駅を出て商店街の方へと歩いていく。そして数分ほど歩くと鴇川駅にあったのは別のハンバーガーショップが見えて来る。
弥勒は中へと入り、券売機に並ぶ。ここではタッチパネル式の券売機でメニューを注文するスタイルだ。
弥勒はチーズバーガーとチキンナゲットのセットにして飲み物はジンジャエールを選択する。そして単品でチリコンカンを頼む。ここのお店では珍しくチリコンカンがサイドメニューに存在している。これを食べたいがために弥勒は電車に乗ってここまで来たのだ。
指定された料金を支払う。通常のセットに加えてチリコンカンまで頼んでいるためランチとしてはかなりの値段となってしまっている。しかしボリューム的にそのくらい無いと満腹にはならない。弥勒たちの年頃の学生はいつだって食欲旺盛なのだ。
出てきたレシートを持ってカウンター近くで料理が出来上がって来るのを待つ。五分もすると自らの番号が表示されるためハンバーガーセットを受け取る。そしてトレーを持って空いている席を探す。
すると少し先のテーブルに知り合いが座っているのを見つける。向こうも弥勒の存在に気付いた様で目を見開いている。
「おつかれ。まさかこんな所で遭遇するとは……」
「おつかれさまっす! アタシもビックリっす!」
そこにいたのは凛子であった。トレーには大量のハンバーガーが乗っている。飲み物とハンバーガーだけの注文の様で、ポテトやチキンナゲットなどのサイドメニューは見当たらない。
「弥勒先輩もハンバーガー祭りっすか?」
「いや、祭りでは無いけど……」
「あれ、先輩って意外に食細いんすね」
凛子はどうやらハンバーガー祭りというものを行っていた様だった。その名の通り、ハンバーガーを大量に食べるという祭りなのだろう。
弥勒はとりあえず凛子の正面に座る。すると彼女は弥勒のトレーを見て意外そうに呟いた。しかし彼の頼んだメニューもチーズバーガーにチキンナゲット、チリコンカン、飲み物と平均よりかはボリュームがあるセットだ。特にフライドポテトではなくチキンナゲットになっているせいでメニューが肉肉しくなっている。
「いや食が細い訳じゃないと思うけど……」
「でも弥勒先輩って身体能力とかも凄いから、その分エネルギー補給も大変なのかと思ってたっす」
弥勒の身体能力は確かに人間を超えている。また魔法を使えたり、セイバーに変身できたりもする。そういった力を発動するためのエネルギーを食べ物から調達していると凛子は考えていたのだろう。
「うーん、食べようと思えば食べれるかもしれないけど……金掛かるし」
魔法や身体能力の発揮をするために大量の食べ物が必要になるという事実は無い。しかし身体能力の強化により、食べようと思えば食べられる量は増えているだろう。最も金欠の弥勒としてはあまり試すつもりは無いのだが。
「あ〜、確かに。アタシもこのハンバーガー祭りに今月のお小遣いのほとんどを注ぎ込んでるっす……」
凛子は食べ終わったハンバーガーも含めて十個以上は頼んでいた。そのためかなりの金額が掛かっている。中学生のお小遣いではそうなるのも仕方ないだろう。たまにしか開催されないから祭りなのかもしれない。
「えーと、どんまい……」
「でも美味しいから良いんす! 特にこのビーフベーコンバーガーが最高っす! 野菜も入ってないし!」
凛子のお気に入りはバンズにベーコンとパティを挟んだだけのシンプルなバーガーだった。トマトやレタスといった野菜類が入ってないため肉の美味しさをしっかり味わえるバーガーだ。
「それ食べた事無いわ。確かに美味そうだな。俺はどっちかというとチリ目当てだし」
凛子の頼んだハンバーガーの半分はこのビーフベーコンバーガーとなっている。それを見ると弥勒としても美味しそうに見えてきた。次に来た時には頼んでみようと心に決める。
「チリも美味いっすよね! 友達と来た時なんかはポテトにチリかけてあるやつ頼むっす! みんなで食べるのが美味しいんすよね〜」
フライドポテトのシェアはハンバーガーショップにたむろする中学生から飲み会大好きな社会人たちまで幅広い層が行っている。彼女もその例に漏れない様だった。
「確かにポテトつまみながらダラダラしてるのって贅沢な時間だよな」
弥勒も凛子の話に頷く。そんな話をしているとチキンナゲットでは無くフライドポテトにしておけば良かったと思ってしまう。ちなみに彼はチキンナゲットではバーベキューソース派である。
「話は変わるけど、あれから体調はもう大丈夫なのか?」
「体調?」
ハンバーガーをモリモリ食べているので、大丈夫だとは分かりつつも念のため確認する。すると彼女の方は何の話をしているか分からなかった様で首を傾げている。
「いや大天使のせいで色々あったろ?」
「ああ! その事! もう一週間も前の話じゃないっすか。全然平気っすよ!」
その凛子のリアクションを見て拍子抜けする弥勒。彼女は本当に何とも無さそうなので一安心であった。
「それなら良かった。ちなみに大島日菜乃さんの様子はどうかな?」
「あー、流石にしばらく学校は休んでたみたいです。ただ一昨日の終業式には出席してたっすね。期末テストも受けてないんで、夏休みは補習って感じらしいっす」
大島日菜乃は事件から何日かは学校を休んでいた様だった。終業式には出席した事からある程度、精神状態は回復したのだろう。期末考査を欠席したり、大天使に身体を乗っ取られていたせいで授業の内容を聞けてなかったりと課題はまだ残っている。しかしそれも夏休みに行う補習に参加する事で何とかなりそうであった。
「そっか。まぁ無事だったなら良かったよ。勉強の遅れなら夏休みで取り返せるしな」
「そうっすよね。アタシだったら一ヶ月も勉強遅れたら取り返せないっすけど!」
「いやそこは自信満々に言う所じゃ無いだろ」
勉強があまり得意ではない凛子はドヤ顔でそう宣言する。弥勒は異世界に行って今まで習ってきた知識が抜けていった経験があるので、日菜乃の気持ちは充分に理解できた。
「ふ〜、美味かったっす! ごちそうさま!」
凛子は大量のハンバーガーを食べ終えた様で満足そうに食事を終える。そして食べ終わったハンバーガーの包み紙を丁寧に折って小さくしていく。
「きちんと折って捨てるなんて珍しいな」
「ふっ。これはハンバーガーへの敬意っすよ」
弥勒は自分ではやらない様な事をしている凛子に感心する。すると彼女の方は大好きなハンバーガーへの敬意で行っているとまたしてもドヤ顔で説明する。
「それじゃあアタシは行くっす! おつかれした!」
「ああ、おつかれ。またな」
そう言って凛子は荷物をまとめる。そしてトレーを持って席を立ち上がる。そしてチラリと弥勒の方を振り返る。
「これから試合なんでバッチリ点を決めるっす!」
本日、三度目のドヤ顔をして凛子はお店から出て行った。それを見ていた弥勒がポツリと呟く。
「あいつ、これから試合なのにあんなに食ってたのか……」




