第百八十二話 終業式
それから一週間は平和に過ぎていった。弥勒の期末考査の結果としては学年で30位以内に入る事ができた。中間考査が平均よりもやや上程度だった事を考えると大きく伸びたと言っても良いだろう。異世界に行っていた際のブランクはほぼ無くなったとも言える。
本日は終業式のため授業は無い。あと少しで夏休みが始まるからか、学校内は浮かれた雰囲気となっている。この時ばかりは大町田市で起きている騒動を生徒たちは忘れている様な印象だった。
校庭で校長からのありがたい話を聞いた後に、教室へと戻り夏休み中の課題テキストなどが配られた。学生生活の中で一番長い休み期間という事もあって結構なボリュームであった。
「それでは皆さん、夏休みだからといってはしゃぎ過ぎないようにお願いしますね。それじゃあ、日直」
「起立、礼」
担任の山本の締めくくりの言葉を聞いてから日直が号令を掛ける。その挨拶が終わると山本はすぐに教室を出て行く。するとクラスが一気に騒つき始める。
クラスメイトたちは口々にどこに遊びに行くかという様な話をしている。そんな中、麗奈は誰に声を掛けられる訳でもなく帰り支度をしていた。彼女は良い意味でクラスから浮いている。ありていに言えば高嶺の花というやつだ。
ちなみに弥勒は近くの席のクラスメイトたちと普通に会話はするものの、一緒に遊んだりといった事はほとんど無い。
「ん?」
すると弥勒のスマホが震える。ポケットから取り出して通知を見てみると月音からチャットが入っていた。
『暇なら部活するわよ』
その言葉を見て弥勒は荷物を持って部室へと向かう。その際に麗奈からの視線を感じたが、彼女は特に何も言わなかった。
部室のドアをノックするとすぐにロックが解除される。相変わらず企画開発室の部室の鍵は月音が管理している。弥勒が部室に入るには彼女に開けて貰うしか無い。
「お疲れ様です」
「お疲れ様。ようやく夏休みね」
「ようやくって、別にツキちゃん先輩は授業に出てないじゃないですか」
月音は天才と呼ばれるタイプの人間だ。様々な功績がある彼女は特別に授業を免除されている。その事を弥勒がツッコむ。
「バカね。学校には来てるじゃない。それが無くなるだけでもかなり違うわよ」
「……まぁそれはそうですけど」
月音は車通学のため大した労力では無いのではと弥勒は思ったが、それ以上は何も言わなかった。
「それで今日呼んだのって何か理由があるんですか?」
「まずは例の機械がほぼ完成したから見せておこうと思ったのよ」
そう言って月音は小型のスピーカーを三つ取り出す。デザインはシンプルな黒いタイプだ。それを見て弥勒は目を見開く。
「ジャミング装置がついに完成したんですか!」
「ええ。一応、充電式にして独立しても使えるようになってるわ。これをドローンに持たせて天使を囲う様に配置すればジャミングできるはずよ」
「おぉ! 凄いですよ!」
「ま、あとは実践で使ってみて微調整って感じね。一回の充電で一時間くらいは保つから余程連続で天使が出ない限りは問題無いわよ」
月音の説明に弥勒も頷く。原作のあるルートでは最終的にスマホで天使を撃退できる様になっていた。これに大きく近づく様なアイテムと言えるだろう。
「そして今日の本題だけど次の研究テーマを今のうちに決めておくわ」
ジャミング装置の完成が見えたからだろう。彼女は他の新しいものを作りたがっていた。夏休みにじっくりと新作の研究に取り組むためにもテーマを今日のうちに決めておきたかったのだ。弥勒を呼んだのもそのためだった。
「新しい武器については調べたんですか?」
「凍る君の事ね?」
「こ、凍る君……?」
「闇の妖精から渡された武器の名前よ。名前が無いみたいだから私が自分で付けたの」
ヒコは魔法少女たち向けの新武器を作製したものの、その名前までは決めていなかった。月音が渡された武器はガントレットで氷を生み出す機能を備えている。そのため「凍る君」という名前になったのだろう。
彼女のネーミングセンスについては触れない事にした弥勒。彼はただ黙って頷いている。
「ええ。この武器はすでに完成されたアイテムって感じだから新しくどうこうするってイメージは湧かないわね」
どうやら月音はあまり武器に興味が無い様でさらりと流す。彼女が魔法少女として戦ってる時も攻撃として使ってるのはレーザーくらいで、その他は偵察系などが多い。そのためあまり戦闘行為には興味が無いのだろう。
「うーん、それなら魔力を使ったサポートアイテム作りとか……」
「それなら闇の妖精がいるじゃない。貴方が怪しげな素材を渡して色々と作らせているんでしょう? それなら私が作る必要は無いわ」
「確かに……」
弥勒はよくヒコに頼んでマジックアイテムを作ってもらっている。材料として渡している異世界の素材には限りがあるが、彼のアイテムボックスにはまだまだ大量の素材が眠っている。そのため月音に一から研究して貰うよりもヒコに作らせた方が早く済む。
「何も無さそうね。私の理想を言えば魔力を新たな動力源として使えれば今の世界に革命が起こせるのだけれど……」
これは魔力を初めて感知した時にも彼女が言っていた事だ。これから先の時代はエネルギーを制する者が世界を制すと彼女は考えていた。
「ツキちゃん先輩の理論からいくと魔力を呼び出す事はできても個人差のせいで機械を上手く操れない可能性があるって事ですよね」
「ええ。あるいは誰にでも扱えるようにするには魔力の呼び出しをするだけで発動まで持っていく様なプログラムを作るしか無いわ。ただこれのやり方は現時点では難しそうね」
魔力を意志によって呼び起こし、脳波を通して顕現させる。そして再び意志によって魔法に変換する。それが人が魔法を使うためのスタンダードパターンだ。その脳波が異世界人と違いこちらの世界の住人は上手く働いていないせいで魔力を引き出せない。
それをサポートするための電波を事前に準備しておけば魔力は取り出せる様になる。しかし意志の力には個人差や向き不向き、強弱があるせいで現在の機械のように誰もが平等に使える様にはならない。
かといって魔力から魔法に変換する過程全てをプログラムで作るのは難しい。月音が呼び出すドローンはこのプログラムを内包している。しかしその作り方は月音の脳波と意志という漠然としたもののため言語化ができないのだ。
「スマホとか……」
そこで弥勒はふと月音ルートのスマホで天使を撃退するエンドを思い浮かべる。
「スマホ……?」
「意志に向き不向きとかがあるなら一度、こっちで管理出来ないんですか? サーバーで管理してアプリ内で魔法を提供みたいな……」
「…………それもハードルが高すぎて……まだP2Pの方が……でもこちらに管理権が無いのは危険ね……それを付けるとなると問題も変わらないし……」
弥勒の発言は月音の何かに引っ掛かった様でブツブツと口に出しながら思考を続けている。そしてしばらくしてから口を開く。
「面白いアイデアだわ。ただ完全に科学として体系化するには課題が多そうね。特に人々に平等に使えるようにするという点が」
月音の言葉に弥勒は頷く。月音のイメージは現在の機械類の動力源が魔力に置き換わる事でである。一方で弥勒は一般人たちが自由に魔法を使う姿を想像している。
この辺りはお互いの目指しているものが違うため食い違っているのだろう。月音の方は弥勒が何を想像しているか発言や態度から分かっていたが、弥勒の方はその食い違いに気付いていなかった。
「もういっそのこと魔法自体を体系化した方が早くないですか? 特定の電波さえあれば魔力は取り出せるようになるんですし」
「それは危険ね。自由度が高すぎるわ。ある程度はこちらで縛りを付けておかないと何が起きるか分からないわ」
そういった話し合いをしている内にあっという間に時間が過ぎていく。そして最終下校時刻になったため話がまとまらないまま解散となった。
月音はスマホを利用した魔法の使用というものに少し興味をひかれた様で、その辺りをもう一度考えると言って帰って行った。




