第百七十九話 帰還
大天使が敗北して消えて行く。それを弥勒は見届けてから愛花たちへと向き直る。彼女たちは夢の世界とは言え、必殺技を使った事で疲れた様な顔をしていた。
「よくやってくれたな」
「いえ、セイバーのお陰です!」
「楽しかったぞ!」
凛子は好きに暴れていたためスッキリした表情もしている。それを確認してから弥勒は小舟と穂波に声をかける。
「二人は大丈夫だったか?」
「は、はい……! ありがとうございます……!」
「助かったわ、ありがとう。あの化物がいなくなったのは良かったわ。それで結局、あなたは何者なの?」
穂波は大天使が居なくなった事で安心したのか、弥勒へと詰め寄って来る。
「落ち着け。残念ながら悠長に話してる時間は無さそうだぞ」
穂波をいなしながら弥勒は空を指差す。四人の視線が上空へと向けられる。するとそこにはヒビ割れていく空があった。
「えぇ⁉︎ 何が起きてるの⁉︎」
異常な状態になっている空を見て穂波が驚く。愛花たちを声には出さないものの不安そうな表情をしている。
「この世界を創った霊型の大天使が死んだからな。夢の世界が崩壊するんだろ」
「ほ、崩壊……?」
弥勒はこの世界が崩壊する事をなんて事無い様に言う。その言葉に穂波は恐怖を浮かべる。この世界が崩壊したら自分たちがどうなるか分からないからだろう。
「ああ。だけど大丈夫だろ。俺らはここに囚われてるだけで、この世界が崩壊すればあるべき場所に戻るはずだ」
「なら私たちは現実世界に……?」
「ああ…………多分な」
最後にボソッと「多分」と付け加える弥勒。それは四人には聞こえなかったみたいだ。そもそも彼はこの世界に入る方法は考えていたものの、帰る方法は考えていなかった。つまり流れに身を任せるしか無いのだ。
そして空にあるヒビがどんどんと大きくなっていく。それを不安そうに四人は見つめている。彼女たちだけでなく、この夢の世界に囚われてる人たちの多くは空を見上げていただろう。
「…………」
ヒビがやがて空全体を覆い、ついには盛大に空そのものが割れてしまう。その瞬間、闇が一気に侵食してきて、弥勒たちはそれに成す術も無く飲み込まれていった。
『くっ……!』
時は僅かに遡り、魔法少女たちは弥勒の身体を乗っ取った霊型の大天使と戦っていた。初めは数々のフォームを使う大天使に苦戦していたものの、ヒコから渡された新武器により形勢は逆転した。
また月音の観察により技量はオリジナルに及ばず、必殺技も使えないという事も分かった。そのため新武器を駆使して優位に戦いを運ぶことが出来たのだ。
最も魔法少女たちも必殺技を使えないのは、大天使と同じである。いくら中身は偽者とはいえ、その身体は弥勒のものである。必殺技を使ってしまえば火力が高すぎて弥勒の身体に取り返しの付かないダメージを与えてしまう可能性があった。そのため彼女たちを必殺技は使えなかったのだ。最もそれ以外は割りと容赦の無い攻撃を加えていたが。
「さすがに偽者とは言え、セイバーの力を使ってるだけはあるわね」
月音は後ろへと下がってこちらの様子を窺っている大天使をそう評する。魔法少女五人で新武器を使ってなお偽者と互角というレベルだ。そこから弥勒の凄まじい強さが垣間見える。
「でもやっぱセイバーの身体で好き勝手されるのは許せないし〜」
隣にいたみーこが月音の言葉に反応する。彼女としては大天使が弥勒の身体を乗っ取ったのが許せない様だった。
「そうだよ! セイバーの身体を好き勝手して良いのはあたしだけなんだよ!」
アオイはみーことはまた別の視点から怒っている様だった。彼女の言葉に同意しながら頷いたのは麗奈だけだった。
「とりあえず今はこの周辺一帯に根を張り巡らせているわ。大天使がどう動き出しても良い様にね」
麗奈は新武器である世界樹の根から作られた鞭を早速使いこなしていた。時間は掛かるが、周辺一帯に根を張り巡らせる事で敵の動き出しを潰そうと考えていた。
『…………ふん』
大天使は姿を藤紫の支配者へと変えて地面に手をつける。そしてそこから魔力を流し込む。魔力が紫色の光となって、周辺へと撒き散らされる。
「力比べって訳ね! 良いわよ!」
大天使の行動を見た麗奈が笑う。そして彼女も鞭に更なる魔力を込めて大地への侵食を強めていく。
するとお互いの魔力がぶつかり合い、地面から赤色と紫色の光がせめぎ合う。それを見ていたみーこがニヤリと笑う。
「隙だらけじゃーん!」
「わたくしも行きます!」
みーこは新武器は使わずに軌道をコントロールしやすいスプルースノートを発動する。そして出現した音符マークにエリスの生み出したテディベアたちが乗っかる。
「コンビ技! 音符乗りクマ!」
みーこがノリノリで音符マークを発射させる。それに合わせてテディベアたちも手を振ってエリスたちに挨拶してから飛んでいく。
『ぬっ……』
地面で手を当てた状態のままの大天使は自分に向かって攻撃が飛んでくるのに気付く。すると自分の近くの地面を隆起させる。麗奈と支配権を争っているのは大天使と魔法少女たちとの中間地点だ。大天使のいる場所周辺の支配は済んでいるため問題なくコントロールできた。
しかし隆起した地面を見てみーこが音符マークの軌道を変える。左右へ回り込むように攻撃を二手に分ける。
大天使はそれを見て地面の支配を諦めてフォームを灰色の騎士へと変える。灰色の騎士ならばシールドが出せるため攻撃を防ぎやすいと考えたのだろう。
『…………っ⁉︎』
しかしその瞬間、大天使の身体が硬直する。ビクッと一度震えてから動かなくなる。腕がだらんとした状態となり、明らかに普通の状態では無くなる。
魔法少女たちも何が起きたかは分からないが、チャンスだと思い攻撃を畳み掛ける。
「アンバーレーザー」
「ガーネットシード!」
「インディゴキック!」
月音はドローンからレーザーを、麗奈は種子による弾丸を、アオイは走っていき直接攻撃を仕掛ける。
そしてまずみーことアオイのコンビ技である音符マークとクマが弥勒の身体に直撃する。そう思った瞬間だった。
「…………」
弥勒の身体は左側からやってくる音符マークをロングソードで切り裂き、その勢いを利用して右側からの攻撃を紙一重でかわす。そしてすれ違いざまにシールドを展開した右拳で音符マークを殴りつける。
右側からの攻撃は完全な破壊にまでは至らなかったものの、コントロール不可能となり地面へと落ちる。テディベアがコロンと音符マークから転げ落ちる。そして慌てて頭を振って何が起きたか確認している。
その間に月音が出したレーザー攻撃が弥勒の身体へ向けて放たれていた。背後から迫るその攻撃を見もせずに避ける。レーザー攻撃は威力とスピードがある分、真っ直ぐにしか飛ばせない。つまりドローンの位置さえ事前に確認しておけば避けるのは簡単なのだ。それを彼は先ほどの回転の際に行っていた。
そこから飛んできた種子の弾丸をシールドでガードする。こちらは威力はさほどでも無いので、簡単に防げる。
そして最後に飛び蹴りをしてきたアオイの足を下から掬う。そして彼女の身体を一回転させて力を逃がす。そのままアオイをお姫様抱っこする。
「はえ……?」
突然の事態についていけていないアオイ。目をシロクロさせている。そして攻撃が一先ず終わった事を確認した弥勒は口を開く。
「夢の世界から脱出できたと思ったら、いきなりピンチでビビったわ」
「せ、セイバー?」
アオイはその様子から弥勒が戻って来た事に気づく。それに彼も頷く。
「ああ。というか身体中痛いんだけど、派手にやりすぎじゃないか……?」
自分の身体に戻って来たらダメージが思ってたよりも大きかったため彼は愚痴をこぼす。しかしアオイの耳にはそんな愚痴は届いていなかった様で顔を真っ赤にしてあわあわしている。
「あわわ……敵だと思ってキックしたらいつの間にかお姫様抱っこされてるなんて……こ、このままお持ち帰りされちゃうかも……でも今のあたしって戦ってたから汗臭いし……ど、どうしよう〜」
「全然聞いてないし……」
弥勒はアオイがぶつぶつと小さく独り言を言っているのを見てツッコミを入れる。せっかく夢の世界から戻って来たというのに締まらない終わりだった。




