第百七十八話 ライム&ピーチ
「ぬうぉぉぉ、メランコリィハァトチャァジィッ!」
ポーズと合わせて声まで歌舞伎のような雰囲気で光に包まれる凛子。そして光が収まるとそこにはメリーライムに変身した凛子がいた。
「みんなの笑顔が心のエナジー! メリーライムっす!」
髪型が明るい緑色のポニーテールへと変化しており、その瞳は暗めの緑色となっている。まさに3Dで出来ていたメリーライムを現実に落とし込んだらこうなるだろうというデザインだ。
麗奈たち本物の魔法少女に比べるとややベースとなっているライム色が明るいだろう。しかし一緒に並んだとしても違和感は無いデザインである。
「ライムボール!」
凛子がそう叫ぶと彼女の足元にライム色のボールが落ちて来る。それを彼女は器用にトラップしながら、霊型の天使がいる場所を確かめる。
「いくっす!」
ボールを軽く上にあげてから、脚を大きく引く。そして思い切り天使に向けてシュートを打つ。すると蹴られたボールは急速に回転しながら天使へと向かって行く。
天使はそれをかわそうと横に動いた瞬間、ボールはまるでそれを読んでいたかの様に軌道を変える。そして派手な爆発音がして天使の上半身が吹き飛ばされる。
「ナイスシュート!」
天使に上手くシュートを当てられたことで凛子のテンションが上がる。
「すごい……私だって……!」
それを見ていた愛花が改めて気合いを入れる。そして目を瞑り、強く自分がメリーピーチへと変身する姿をイメージする。すると彼女の中に何か湧き上がって来るものがあった。
「メランコリーハートチャージ!」
愛花が湧き上がって来る衝動のまま叫ぶと、彼女の身体が光に包まれる。そしてその光が収まるとそこにはメリーピーチがいた。
桃色のサイドテールに、桃色の瞳。衣装もピンクとクロをベースとしたカラーになっており、非常に可愛らしいデザインである。
「繋がる絆は誰かの光! メリーピーチ!」
彼女は手でハートマークを逆向きにしたピーチマークを作りながらそう宣言する。その姿はまさに魔法少女であった。
「ピーチアンブレラ!」
愛花は先端に桃のオブジェの付いたピンク色の傘を生み出す。それを天使たちに向けて開いてから、クルクルと回転させる。するとそこから桃の形をしたシャボン玉の様なものが勢いよく噴射される。
桃型のシャボン玉は天使たちの周辺まで辿り着くと弾けて爆発する。一つ一つの威力は凛子のものより弱いものの数が多いため、かなりの爆発となる。
「やった!」
愛花も自分が変身できて魔法を使えた事を喜ぶ。それを見ていた弥勒は彼女たちに天使を任せる事にして、大天使の方へと向かう。
『人の世界で随分と好き勝手にやってくれたな……』
「世界は誰のものでも無いだろ?」
『ここは我の世界だ!』
「ただお前が作ったってだけさ。世界ってのはそこに生きてる奴らのもんだ」
現実にいた時とは違い、憎々しげな表情を出して来る大天使に弥勒はニカッと笑いかける。夢世界に本体がある大天使にとっては現実の世界こそが偽物だった。だからあちら側にいる時には何をされても、何を言われても響かなかった。
しかしここは霊型の大天使が作り上げた、霊型の大天使のための世界だ。それを土足で踏み躙り、さらには他の人間たちにも自由を与える弥勒は大天使にとって忌々しい存在となっていた。
『不愉快だ。やはり貴様ら人間は滅びるべき存在だ! 我が主に間違いは無かった!』
大天使はそう言って右腕の口々から白い煙を出す。そして左腕の口々から黒い煙を出す。その二つを混ぜ合わせて灰色の煙を作り上げる。
そして作られた灰色の煙が大天使へと纏わりつく。まるで鎧の様に大天使を強化する。
『ゆくぞ!』
先ほどまでとは比べ物にならないスピードで大天使は弥勒の方へと駆けてくる。彼はそれを見て右腕のシールドをいつでも展開できる様に宝玉を前へ向けて構える。
『深淵への誘い!』
弥勒の目の前に付いた瞬間に大天使は拳を振るう。拳に灰色の煙が一気に集まりサイズが二回りほど大きくなる。
大天使の出していた白い煙は物理的なダメージを与える雲。そして黒い煙は精神的なダメージを与える雲である。その二つが混ざることにより出来上がったのは全てを破壊する雲であった。それを躊躇なく弥勒へと振るう。
「叛逆の獅子」
弥勒は相手の拳がぶつかる瞬間にシールドを最大出力で展開する。それは敵の攻撃に自らの魔力をプラスして跳ね返す必殺技。
破壊に特化した灰色の拳と、誰かを守るための灰色の盾が衝突する。激しい音を立ててぶつかり合う。互いに吹き飛ばされない様、足元に力を入れる。
『ぐぅっ……!』
「はぁっ……!」
そのぶつかり合いに勝利したのは弥勒だった。敵の攻撃を見事に跳ね返し、霊型の大天使を吹き飛ばす。大天使は地面を何度もバウンドして転がって行く。
しかし途中で白い煙を出してクッションの様に使って回転を止めさせる。そして素早く立ち上がる。
弥勒はその隙に相手との距離を詰めており、立ち上がった大天使へ向けて剣を突き出す。大天使はそれを予期していた様でニヤッと笑って背後にあった白い雲を前へと回す。
弥勒はそれを見ても驚く顔はしなかった。白い雲が正面へと回ってくる前に剣から手を離す。突き自体がフェイントだったのだ。途中で放られた剣は雲に突き刺さる。しかし弥勒の本命は剣では無い。
雲の下を潜り抜ける様に大天使の顎にアッパーを叩き込む。魔力の籠ったその拳により大天使の身体はわずかに上へと浮き上がる。
『ぐはぁっ……⁉︎』
大天使は予想外の攻撃に悲鳴を上げる。弥勒はそのタイミングで追撃はせずに後ろへと大きく下がる。すると大天使の身体中に付いている口から黒い煙が溢れて来る。
「あぶね……」
もう一歩下がるタイミングが遅れていたら弥勒は黒い雲に飲み込まれていただろう。そのことに彼は冷や汗をかく。大天使は弥勒を強い眼差しで睨んでいる。
「俺にばっかり注目してて良いのか?」
『なに……?』
「ライムボール!」
弥勒のその言葉の意味が分からず大天使は目を細める。その瞬間、大天使の左側から凄まじい勢いでライム色のボールが飛んでくる。そのボールは大天使にぶつかり爆発する。
『……ッ!』
威力は大した事は無い。天使を一撃で倒せるレベルとは言え、大天使にぶつけるには弱すぎる攻撃だった。
「ピーチアンブレラ!」
続いて上空を傘を開いてフワフワと飛んでいた愛花が桃の爆弾を雨の様に降らす。これも大天使に直撃する。
二人は弥勒が大天使と戦っている間に残っていた天使を全て倒していた。そのためこちら側の戦いに参加してきたのだった。
『その程度の攻撃など意味はない……!』
そう大天使は叫んで愛花と凛子を睨む。ダメージは無いと言いつつも二人を敵と認識している様だった。その迫力に二人がやや怖気付く。
『……あ……?』
すると突然、大天使の身体に剣が突き刺さる。それは弥勒の持っていたロングソードだった。
弥勒は大天使が二人を睨んでいる隙に魔力を込めてロングソードを放り投げたのだ。それが大天使の身体を貫いた。
「必殺技、使ってみれば?」
弥勒は最早大天使を見ていなかった。最初で最後の魔法少女になった二人にそう投げかける。それを受けて愛花と凛子は頷く。
「「メランコリーストリーム!」」
彼女たちが出すのは二人で一つの必殺技。二人の背後に大きな四角い枠が出現する。するとその中が輝く。そしてそこから大量の文字が形となって流れて来る。
「化物め!」「大天使は敵!」「ここから出せ」「よっしゃー! 倒せー!」「本体はザコw」「霊型の大天使は面倒な敵だった」「お前のせいで友達が!」「セイバー万歳」
弥勒が読み取れただけでもこれだけの文字がまるで流星の様に大天使へと直撃していく。一人では足りない攻撃力も二人で力を合わせれば、あるいはこの世界にいる人々の声を合わせれば届くのだ。
『ぐわぁぁっ……』
全ての攻撃を喰らい終えた時、そこにいたのは消えかけの霊型の大天使だった。大天使は残った僅かな力を振り絞って弥勒に問いかける。
『なぜ……我が……負け、る……』
「だって夢は醒めるもんだろ?」
弥勒がそう言うと大天使は目を大きく見開いて、そして少しだけ笑った。




