第百七十七話 変身?
お互い睨み合ったままだった霊型の大天使と弥勒はほぼ同時に動き始める。
「……っ!」
『……』
弥勒の大鎌と大天使の腕に付いている口から放出された黒い煙がぶつかる。大天使は思ったよりも素早い動きで肉弾戦を仕掛けて来る。
弥勒はなるべく相手に内側へ入られないように一定の距離を保ちながら戦う。大鎌という武器を扱っている特性上、懐に入られると戦い辛くなってしまう。
「ふっ!」
大鎌で大天使が出している煙を打ち払う。この煙に触れると恐らくデバフの様な効果が掛かると弥勒は推測して、なるべく触れない様に戦う。
『やはり一筋縄にはいかんか、面倒な』
身体中に付いている目がギョロギョロと動きながら、大天使は悪態を吐く。
「それはこっちの台詞だ。ここまで面倒な相手だとは思って無かったぞ」
そう言いながら弥勒はゆっくりと前へ進む。そしてそのまま一気に加速して正面から斬りかかる。
すると今度は口から白い煙が出て来て、まるでクッションの様に大鎌を防ぐ。弥勒は片喰の死神の能力で何かしらの力で大鎌を防がれるのは分かっていた。
そのため弥勒は蹴りを繰り出す。鋭い足技が大天使へと突き刺さる。大天使は身体をくの字にして苦悶の声を漏らす。
『ぐっ……!』
大天使は一度、体勢を立て直すために後ろへと下がる。それを追撃しようとすると大天使は身体から霊型の天使たちを出して来る。
「面倒だな……」
自分の方へと向かって来る天使たちを見て弥勒は嫌そうな声で呟く。霊型の天使たちは強さで言えば大した事ないが、面倒な敵である。この世界に侵入した時には上手く一網打尽に出来たが、今回も同じ様に上手くいくとは限らない。
「(そう言えばこの世界でフォームを変える事は出来るのか……?)」
そこでふと弥勒は夢の世界でフォームを変更出来るか気になった。この世界に侵入するには片喰の死神になるしか無かった。しかし中にさえ入ってしまえば、ずっとこのフォームでいる必要が無いのではと思ったのだ。
「カラーシフト」
試しに弥勒はフォームを片喰の死神から灰色の騎士へと変わるのをイメージする。すると額にあった宝玉が輝き、あっさりとフォームチェンジに成功する。
「(成功したのか……てっきり何かしらの制限が掛かるかと思ってたが、そうでも無いのか……)」
弥勒は夢の世界の支配権が霊型の大天使にある以上、フォームチェンジなどは出来ない可能性が高いと考えていた。しかし実際には何の対抗もなく姿を変えることが出来た。
「(もしかして……この世界でも個の力はある程度、現実と同じ様に反映されるのか)」
弥勒は向かって来る霊型の天使たちをシールドとロングソードで捌きなら思考を続ける。
この世界を作ったのは霊型の大天使である。そのためこの世界への出入りについては大天使側である程度管理できる。しかしあくまで出入りに関してだけで、入って来た個人の力を奪う事は出来ないのでは無いか。弥勒はそういった仮説を立てた。
「邪魔だ」
数体の天使たちを倒すと、残った天使たちは弥勒を警戒したのか襲ってこなくなる。大天使の近くをただ浮遊しているだけである。もしかしたら大天使からの指示を待っているのかもしれない。
「(この世界はツキちゃん先輩の言ってた精神領域に近い場所だ。だとしたら俺以外の人たちにも魔法が使えるのか……?)」
月音は一般人が魔法を使えない理由として脳波から出ている波長が精神領域と上手く噛み合っていないからでは無いかと言っていた。そして魔法少女の姿はそのチャンネルを合わせるためのものだと。
そう考えた時にここはすでに魔法が使える精神領域に近い場所であるため、脳波が無いとしても意志は精神領域にアクセスできるはずである。そうすると脳波が無くとも魔力を取り出す事ができる様になる。
「(つまり、夢の世界だから念じれば何でもいけるっしょ作戦だ……!)」
弥勒も大天使たちと距離を取る様に一旦、後ろへと下がる。そして近くで戦いを見ていた愛花たちの元へと近づく。
「君たち、怪我は無いか?」
「はい……! セイバーさんのお陰です!」
弥勒からの質問に真っ先に愛花が答える。その瞳はキラキラしている。彼女がそうなるのも当然だろう。ヤバい世界に閉じ込められて彷徨っていたら、颯爽とヒーローが助けに来たのだ。好意的になるなと言う方が難しい。
弥勒は愛花たちが無事だった状況に一先ず安心しながらも、彼女たちと一緒にいる人物にも目を向ける。ジャーナリストの穂波である。
彼女の目があったため弥勒は愛花たちの名前をあえて呼ばなかった。知り合いと思われると厄介だと思ったからだ。しかし愛花が親そうに返事してしまったので、意味はあまり無かったのだが。
「もしまだ動けそうなら二人にお願いがあるんだが」
弥勒はそう言って愛花と凛子を見つめる。もちろん仮面を被っているので視線は分かりづらい状態なのだが、雰囲気で二人は自分たちに言ってると察した様だった。
「大丈夫です!」
「ボス戦手伝うんすか⁉︎」
二人はまだ元気な様で、凛子に至っては気合い十分でシャドーボクシングの様なポーズをとっている。それを見て大丈夫そうだと判断する弥勒。
「二人に変身して霊型の天使たちを倒して欲しい」
「え……?」
「む……?」
弥勒からの予想外のお願いに二人は驚く。変身といっても彼女たちは魔法少女では無い。魔法の使えない普通の女子中学生である。強いて言えば度胸は人並み以上ではあるが。
「ここは夢の世界だ。現実世界では出来なくても強く願えば、こっちでは魔法が使える様になるはずだ」
「つまりそれで魔法少女になって戦うって事ですか……?」
「おぉ……!」
弥勒の言いたい事をあっさりと理解する愛花。弥勒としても彼女たちなら理解してくれるという自信があったからこそお願いしているのだ。この世界では強く願えば魔法を使う事ができる。逆にそれが出来なければ魔法が使えないのだ。それを考えると何も事情を知らない人間よりも、天使たちについて知っている愛花たちの方が納得してくれやすいと弥勒は考えた。
「あ、あの……そ、それって私には出来ないんですか……?」
すると彼女たちと一緒に話を聞いていた小舟が声を上げる。彼女も事情を知っているというのに弥勒からは頼られなかった。その事に少し悲しそうな表情をする。
「君にはこれを渡しておく。これに強く願えばシールドを出せるから、いざという時はそれで身を守ってくれ」
「あ、ありがとうございます……!」
弥勒は小舟に異世界で手に入れていた護符を渡す。数回だけだが防御結界を展開できる護符である。万が一、愛花たちがピンチに陥った時のために小舟に渡しておく事にした。弥勒が自分だけ除け者にしている訳では無いと分かった小舟は安心する。
「ちょ、ちょっと……あの怪物は何なの……⁉︎ それにあなたは一体……」
そこで今まで会話に入って来れなかった穂波が口を開く。事情の説明を求めるように弥勒へと問いかける。しかし彼はそれに小さく首を振る。
「悪いが今はそんな説明をしている場合じゃない。もし説明できるとしたら、それは全てが終わった後だ」
弥勒はそう言って穂波との会話を終わらせる。彼女としてもこの世界から脱出するのが最優先なのは同じなので、そう言われて閉口する。万が一、弥勒の気分を損ねてしまって助けて貰えなかったらという恐怖心も働いたのかもしれない。
「うおぉぉ! いくっす!」
そんな話をしていると隣で気合い十分の凛子が何やら奇妙なポーズで変身しようとしていた。パッと見ると歌舞伎の見栄を切る時の様なポーズである。
「うーん、変身……変身……」
またその隣では愛花が変身について頭を悩ませていた。強い願いといってもやはりいきなり変身するというのは難しいのだろう。本当はこの世界なら変身しなくても魔法は使えるのだが、彼女たちにとって魔法を使うイメージで一番想像しやすいのは魔法少女である。
また彼女たちは動画サイトで魔法少女として活動している。それを考えると変身して貰うのが一番だと考えたのだ。
「お……?」
そうしているとまず凛子の身体が急に光に包まれるのだった。




