第百七十六話 新武器
『人数が増えると面倒だな』
五人揃った魔法少女を見て霊型の大天使が呟く。しかしその声色に焦りなどは無い。その場でしゃがみ込んで地面へと手をつける。
『支配』
掌から紫色の魔力が放出され地面が支配される。そして魔法少女たちのいる地面からいくつもの柱が飛び出てくる。彼女たちはその攻撃をそれぞれかわして反撃に出る。
「ガーネットフラッタリング！」
「スプルースノート！」
左からは花びらの大群が、右側からは音符のマークが大天使を襲う。大天使は両方の攻撃を認識してからフォームを変える。
『真紅の破壊者』
真紅のフォームへと姿を変えて、左手に持った大剣に炎を纏わせて横向きに振るう。すると花びらは燃やし尽くされ、音符マークは破壊される。
「とりゃぁぁー！」
それと同時にアオイが飛び出て来た柱を殴って折ったものを、武器として抱えて突撃してくる。大剣を振るった隙を狙っての攻撃だった。
それを見た大天使は横薙ぎした大剣を止めることなく勢いを活かしたまま、そのまま一回転する。回転する事によって遠心力をプラスした大剣を柱へとぶつける。
するとあっけなく柱の方が粉々にされる。アオイは大剣と柱の衝突による衝撃で後ろへと飛ばされる。しかし今度は建物に激突する事なく、上手く着地する。
「くまー」「くまー」
三人の攻撃の間に遠回しに配置していたエリスの召喚獣たちが四方から突撃していく。その手には小さいレーザーガンを持っていた。月音がドローンの機能を絞って小さく展開したものだった。レーザー攻撃が大天使へ向かって放たれる。
『新緑の狙撃手』
大天使はフォームを変え、リボルバーから数発の弾丸を地面へと打ち込み土煙を発生させる。それによりレーザーの威力が減退する。そして魔力を込めた外套を円を描くように広げてレーザー攻撃を防ぐ。
土煙が舞ったせいで魔法少女たちが、大天使の居場所を視認し辛くなる。それを利用してリボルバーから無差別に四方へと弾丸を放つ。
「あぶなっ⁉︎」
雑に放った弾丸は誰にも当たる事は無かったものの、牽制としては十分であった。その隙に大天使はフォームを群青の襲撃者へと戻す。
そして一気に背中の宝玉から魔力を噴出して加速する。大天使の狙いは月音であった。彼女のサポートが無くなれば、魔法少女側の攻略がしやすくなると考えての事だった。
「……っ⁉︎」
大天使の超加速に月音は反応するものの、回避行動を取るほどの余裕は無かった。双剣が彼女の首元を斬り裂こうと振るわれる。
「カメさん！」
その瞬間に何とかエリスがカメの召喚獣を間に割り込ませる事に成功する。大天使により振るわれた二つの剣はカメの甲羅にぶつかる。
そしてカメの召喚獣が斬り裂かれるものの、その隙に月音は後ろへと下がって体勢を立て直す。
「メリーガーネット！ これを使うでやんす！」
「これは⁉︎」
「新武器でやんす！」
大天使が月音たちのそばにいるのを見計らってヒコが麗奈に新しい武器を渡す。それは弥勒が提供した異世界の素材を使って作られたマジックウェポンである。
麗奈がヒコから渡されたのは鞭であった。枯れた蔓のような色をしている。彼女はそれを確かめるように振るって先端を地面へと叩きつける。
「その鞭は伸びるし、根を張るでやんす！ あとこっちはメリーインディゴの武器で、スピードと蹴りが強化されるでやんす！」
「説明雑！」
「ありがとう、ヒコくん！」
ヒコは手短に鞭の説明をして、今度はアオイに靴を渡す。こちらは灰色の近未来的なデザインをした靴であった。今の靴の上から装着できるようになってる。
「メリースプルースにはこれでやんす！ 威力抜群の銃でやんす！」
「さんくす！」
続いてヒコはみーこに焦茶色の銃を渡す。銃といっても遊びで使うような巨大な水鉄砲のようなデザインであった。
「はぁぁ！」
麗奈が鞭を伸ばして大天使の後ろへと叩きつける。すると急速に根が伸びていき大天使へと迫っていく。
『ちっ』
それに気付いた大天使は月音とエリスの相手をやめて、ジャンプして回避しようとする。
『なにっ⁉︎』
しかし飛び上がった瞬間、地面を這っていた根が空中へと飛び出してくる。予想外の動きに大天使は驚愕の声を上げる。そして足を絡め取られる。
世界樹の根によって作られた鞭は使い手の魔力が続く限り、自由自在に伸び続ける。例え場所が地面だろうが、建物だろうがお構いなしだ。
「今度はあたしの番！」
足止めされた大天使の正面にアオイが飛び込む。そのスピードは今までよりもさらに早くなっていた。足に装着したサンダーウルフの牙によって作られた靴から電気が放出されてスピードが強化されたのだ。
そして蹴りを大天使へと叩き込む。先ほど蹴られたお返しとばかりに全力である。相手に蹴りが突き刺さる瞬間に爪先部分からサンダーウルフの牙が飛び出る。そして雷を纏った状態の牙が大天使へと突き刺さる。
『ぐあぁぁっ⁉︎』
あまりの蹴りの威力に大天使は吹き飛ばされる。しかも電撃によるダメージも負っていた。腹部の装備にも穴が空いており、そこからは血が出ている。
「まだまだいくし！」
地面に転がった大天使に向けてみーこが銃を撃つ。彼女が持つボルケーノタートルの甲羅から作られた銃は弥勒の持つリボルバーと似ており、魔力をチャージする事ができた。しかしその量はリボルバーとは比べ物にならない程多い。
麗奈とアオイが大天使を相手している間に魔力を大量にチャージしたみーこはそれを一気に放出すさせる。すると爆発音が響いてマグマが噴き出るような勢いで火柱が大天使へと向かっていく。
『ぐぅ……！』
大天使は咄嗟に姿を灰色の騎士へと変える。そして慌ててシールドを展開する。しかしみーこの銃から発射された火柱は容易くそれを貫通する。
『ぐわぁぁっ……！』
大天使は再び吹き飛ばされ、地面をゴロゴロと転がっていく。その様子を見て、月音はある確信を抱く。
「どうやらセイバーの必殺技は使えないみたいね」
「そうなんですか？」
「ええ。もし使えるならレーザーの時に『勝利の箱庭』を使って重力を歪めたり、『降り注ぐ光』で私たちに範囲攻撃をする事も出来たはずよ」
月音は霊型の大天使はセイバーの必殺技を使えないと予測する。今までの魔法少女たちとの戦いでも使うチャンスは何回かあったはずだ。それなのに大天使は使わなかったため、そう思ったのだろう。
「各フォームは手強いけれど、必殺技が使えないなら脅威は大きく落ちるわ。さらに言えば技量も恐らくセイバーには届いて無いはずよ。あくまでも大天使はセイバーの力を使えるというだけ。使いこなせる訳じゃないわ」
月音の説明にエリスも納得する。大天使は麗奈たちを相手にコロコロとフォームを変えている。それはつまり一つのフォームで様々な攻撃パターンに対応できる程の技量が無いという事だ。だからセイバーの各フォームの性能に頼るしかない。
一方で弥勒は途中でフォームを変える事はあるが、攻撃や防御の度にフォームを変えている訳では無い。それはどのフォームであっても、ある程度の攻撃をしのげるだけの技量を持っているという事だ。
「なるほどね〜。つまりあいつは劣化セイバーって訳ね」
みーこが頷きながら、月音たちに近寄って来る。アオイ、麗奈も同じ様に近寄って来て五人で固まる。バラバラの場所にいるよりも、その方が大天使からの攻撃を防ぎやすいと思ったからだろう。
「今のうちに渡しておくでやんす。メリーアンバーは籠手でやんす。近くに氷を発生させられるでやんす。メリーパンジーの方は杖で、召喚獣と自分を強化できるでやんす！」
大天使がダメージを受けている間に、ヒコは月音とエリスにも新しい武器を渡す。そして先ほどと同じ様なザックリとした説明をする。
月音は白色の籠手を受け取る。これはアイスシャークの尾ビレから作られており、周囲に氷を発生させる。主な用途としては防御用である。
エリスの方は黒い杖を受け取る。こちらはカースデビルの尻尾から作られており、自身と召喚獣の闇の力を強化する杖となっている。
「これで反撃でやんす！ 偽セイバーをぼこぼこにして吊し上げてやるでやんすよ！」
「いや一応身体は本物だから……」
ヒコの吊し上げ宣言に、麗奈はボソっとツッコミを入れるのであった。
