第百七十三話 夢の世界
「セイバーチェンジ」
そう言うと右手に嵌められている宝玉が光り輝き弥勒の全身を包んでいく。そして光が収まるとそこには新たなフォームとなったセイバーがいた。
「片喰の死神」
その姿は黄色をベースとした姿となっており、宝玉の位置は額部分へと移っている。そしてその手には大きな鎌を持っている。
「死神……」
麗奈は片喰の死神の姿を見て驚く。まさか大鎌を持ったスタイルになるとは思っていなかったのだろう。
「これ武器がすげー使いにくいんだよ」
隣で麗奈が驚いているのは弥勒にも伝わっていたので一言入れる。その台詞に麗奈も「うんうん」と頷く。
「まぁそんなに大きい鎌じゃそうなるわよね。それでそのフォームでどうやって夢の世界へ行くのかしら? まさか自分の魂を刈り取るとか?」
「そんな恐ろしい事する訳無いだろ。片喰の死神の能力は敵の攻撃を予知するんだ。その予知能力を使って夢の世界にアクセス出来ないかと思ってな」
片喰の死神は相手の攻撃や軌道について事前に分かるという未来予知に似た能力を持っている。相手の全ての攻撃を無効化し、命を刈り取る死神という事だろう。
「予知能力で夢の世界にアクセス?」
弥勒の言っている言葉の意味が分からず、麗奈はそのまま聞き返す。彼も今の言葉だけで麗奈が理解できると思ってはいなかった様で説明を続ける。
「この先読みの能力は恐らく精神領域を通して相手の思考を読み取る力なんだと思う。それを使って眠ってる人たちの思考にアクセスできたら……」
「夢の世界に乗り込める可能性があるって事ね。細かい所は疑問が多いけれど、大枠で言いたい事は分かったわ」
この仮説は以前に月音が魔法のメカニズムについて弥勒に解説した時に思いついたものだった。人間や異世界にいた魔物たちは魔力、意思、脳波の三つを使って魔法を操っていた。
片喰の死神の先読み能力はこの意思、脳波を読み取る力では無いかと弥勒は考えた。そしてそれを読み取るために魔力を使い精神領域を経由していると。
霊型の大天使が扱う夢の世界とは精神領域に近い領域のはずである。それなら倒れている被害者を経由して片喰の死神の能力で夢の世界にアクセスできるのでは無いかと考えたのだ。
「とりあえずやってみる」
弥勒はそう言って近くに倒れている大島日菜乃へと近寄る。霊型の大天使によって一番長く夢の世界に閉じ込められている彼女なら普通の被害者よりも夢の世界へとアクセスしやすいかもしれない。またつい先ほどまで大天使が憑依していたのだ。その痕跡もまだ身体に残っているだろう。
「ふぅー……」
日菜乃の近くへとしゃがみ込んで手を彼女の額へと当てる。そして目を瞑り、彼女の思考を読み取ろうと魔力を自らの頭へと集中させていく。
この能力で戦っている時は意識しなくても敵の情報が頭へと流れ込んできた。そのため意識して能力を使うのは初めてである。それにやや戸惑いながらも更に集中力を高めていく。
「……っ!」
すると弥勒の頭に痛みがはしる。能力を本来の使い方とは異なる使い方をしているからだろう。負荷が大きいのかもしれない。しかしそれでも止めるわけにはいかない。弥勒はそう思って痛みを無視する。
「…………」
麗奈はそれを真剣な眼差しで見つめている。ただし周りの警戒も忘れないようにしながら。ここで天使たちが襲ってきた場合は彼女が対処しなければならない。
「…………っ!」
集中力を極限まで高めた瞬間だった。弥勒の脳裏に光が弾ける様な感覚があった。そしてそのまま弥勒の意識が薄れて行く。彼の身体がゆっくりと倒れていく。
「セイバー⁉︎」
麗奈は彼の身体を慌てて支える。そして身体をまさぐりはじめる。異常が無いかチェックしているのだろう。ただしその手つきはやけにねちっこい。
「心臓は動いてるし、仮面越しだから分かりにくいけど呼吸もしてる。脈拍も特に問題無さそうね」
弥勒が恐らく眠っているだけだろうと確認して麗奈は安心する。恐らく無事に夢の世界へとアクセス出来たという事だろう。彼女はそれから急にキョロキョロして周りに誰もいないか確認する。
「ちょっとだけ……」
そして彼の履いている装備を少しだけ持ち上げて中を確認する。そしてちょっと頬を赤らめる。
「大きいわね……通常時でこのサイズって……大丈夫かしら……?」
麗奈はそう呟いてから装備を元に戻して、咳払いをする。そしてキリッとした顔で立ち上がる。
「頑張りなさいよ、セイバー」
愛花が目覚めた時、そこは先ほどまでいたファミレスでは無かった。空は赤紫色で周りには何も無く、枯れ果てた地面がひたすら続いていた。
「ここ、どこ……? 何で私こんなところに……」
彼女は目覚めたばかりで今の状況が飲み込めていない様子だった。そして自分が倒れていた場所の近くに小舟と凛子も倒れている事に気付く。
「そうだ……! 私、ファミレスで日菜乃ちゃんに……!」
二人の姿を見てファミレスで起きた出来事を思い出す。弥勒たちと待ち合わせをしていたが、その前に日菜乃に取り憑いた大天使に眠らされてしまったのだ。
「小舟ちゃん! 凛子ちゃん!」
愛花は慌てて二人を起こす。すると小舟も凛子もすぐに目を覚ます。
「うぅん……愛花ちゃん……どうしたの?」
「あとごふん……」
「いやいや凛子ちゃん、そんな寝言言ってる場合じゃないから!」
お決まりの寝言を言っている凛子に愛花はツッコミを入れる。しばらくすると二人も完全に目を覚まして自分たちの置かれている状況を理解し始める。
「……もしかしてここが夢の世界……なのかな……」
「多分……」
「何にも無いな! 夢の世界って言うくらいだからハンバーガーとか食べ放題とか思ってたのに!」
小舟は恐怖心を何とか堪えながらも必死に状況を把握しようとする。それに対して凛子の方は気楽な様子である。むしろ夢の世界なのに全然自分の好きなものが無い事にがっかりしていた。
「とりあえず周りを調べてみようか……」
そういって周辺の散策を開始する三人。ただしバラバラには行動しない様に気をつける。もし何かあっても一人だと対応出来ない可能性があるからだ。
そしてしばらく進んでいくと愛花たちと同じように彷徨っている人たちが何人か現れる。中には半狂乱になってる人物もいた。
「……こ、この人たちも大天使に眠らされたのかな……?」
「多分そうだと思うんだよね」
そうしているとどんどんと人が増えていっている事に凛子が気付く。
「なんかめっちゃ人増えとる!」
「それだけ大勢の人達が眠らされているって事なのかな……」
愛花は自らの予測を二人に伝える。それを聞いて小舟と凛子も納得した様な表情を浮かべる。
「あれ⁉︎ もしかして君たちってこの前、愛女で会った……⁉︎」
そうして話し込んでいると横から女性に声を掛けられる。愛花がそちらを振り向くと、そこにはジャーナリストの所沢穂波がいた。
「えーと、貴女は確か……」
「愛女OGの所沢穂波よ。君たちってこの前、緑子ちゃんと一緒にいた子たちだよね⁉︎」
「は、はい……そうですけど……」
穂波はジャーナリストをしている事もあって人の顔と名前を覚えるのは得意だった。そのため愛花としては人違いで済ませたかったが、そうはいかなかった。
「良かった〜、知ってる子がいて! というかここどこなの⁉︎ やっぱり夢なのかしら?」
知っている人間を見つけた事で安心したのか、穂波が急に饒舌になる。それに彼女たちは付いていけない。それに何て答えたら良いか分からないというのもあった。
ジャーナリストである穂波を相手に天使などの話をして良いか判断ができなかったのだ。夢の世界という異常な場所に閉じ込められた以上、話してしまっても仕方ないという気もしていた。
「もし私が見てる夢だとしたら、なかなか病んでる感じよね。何はともあれ良かったら一緒に行動しない?」
穂波からの提案に三人は互いに顔を見合わせる。そしてアイコンタクトでお互いの意思を確認する。
「私たちで良ければぜひ」
三人を代表して愛花がそう答えるのだった。




