第百七十二話 大天使との対話
「今回は随分とあんたに振り回された。こんなやり方をするなんてな……」
弥勒は相手が今までの大天使と違って対話できる存在だと認識した。そのためいきなり戦うのではなく、まず対話を選んだ。
これは対話をして天使と分かり合おうという訳ではない。単純に天使サイドの情報を少しでも手に入れられればと思ったからだ。
『その方が効率的に人類を脅かせると考えたからだ。それを考えるとこの少女の知識も役に立ったという訳だ』
「大島日菜乃は無事なのか……?」
『無論だ。我の力は夢を司る。生きていなければ夢は見れないだろう?』
「そうか……」
弥勒が想定していた通り、霊型の大天使は今までの大天使と違い会話をする気がある様だった。そして最悪のパターンとして考えていた大島日菜乃の死亡というのが回避された事に彼は安堵する。
しかしもう一つが懸念事項があった。それは大島日菜乃の身体からどうやって大天使を追い出すかである。今までの敵の様に斬ってしまう訳にもいかない。彼女の身体を傷付けずに大天使を倒さなければならないのだ。そう考えると難易度は今までの戦いより跳ね上がる。
『それでは我は行くとしよう』
すると大天使はまさかの弥勒を無視して歩くのを再開する。それには彼も一瞬、呆気に取られてしまう。
「どこに行くつもりだ……!」
『目的地など無い。この街の人間たちを適当に眠らせて回るだけだ』
「それを俺が許すとでも……?」
大天使の言葉に弥勒は怒りを滲ませる。するとそれを見て大天使は笑う。
『なら貴様は我を倒せるのか? 無理であろう。この身体を貴様らは傷つける事は出来ないはずだ』
「……っ」
『仮に上手くこの身体から我を追い出せたとしても、すでに夢の世界に呑まれた者たちは大勢いる。そやつらの身体を借りればすぐにこちらへと戻って来くる事が出来る』
霊型の大天使の本体は夢の世界にある。大島日菜乃の身体はあくまでも現実世界に接触するための端末の一つに過ぎない。万が一、追い出されても別の身体を使えば良いだけだった。
「それは……」
『そして我は貴様らを夢の世界へ連れて行くつもりは無い』
「お前……!」
大天使は弥勒たちを夢の世界へと誘うつもりはなかった。何故なら本体がいる場所に敵を招く理由が無いからだ。弥勒たちが現実世界から夢世界に干渉出来ない以上、何をしてきても無視すれば良いだけである。
『それではさらばだ。世界が眠りにつくその瞬間まで彷徨い続けるが良い』
弥勒は咄嗟に大天使の動きを止めようとしたものの、日菜乃の身体を傷つけるのを恐れて手が止まってしまう。その瞬間、その場にもう一つの声が響く。
「ガーネットボール!」
『む?』
魔力の植物で編まれた籠が大天使を捕える。大天使はそれに対抗する事なく呆気なく閉じ込められた。
「倒せないならとりあえず閉じ込めておくまでよ!」
そう言いながらメリーガーネットが弥勒の近くへと着地する。
「メリーガーネット、大丈夫なのか……?」
いきなり麗奈が現れた事に驚きつつも、弥勒は麗奈の様子を心配する。愛花たちが倒れた事を月音から聞いていたため、彼女がどうなっているか心配だったのだ。
「ええ。初めは気が動転したけど、今は大丈夫よ。むしろ愛花たちをあんな目に合わせた大天使をぎゃふんと言わせてやるわ!」
「そうか……」
麗奈はいつもより気合いが入った雰囲気となっている。悲しみよりも怒りが勝っているという事なのだろう。その瞳はいつもよりも鋭さを増している。その様子に弥勒も少しだけ安心する。
「それよりもワタシが来なかったら大天使に逃げられてたわよ? 感謝しなさい」
弥勒が霊型の大天使を取り逃す所だったように見えた麗奈が自分の手柄をアピールする。するとそれに彼は少しだけ難しそうな表情をする。
「いや……俺の考えが正しければもう大天使には逃げられてる……」
「は? 何言ってるの? きちんとガーネットボールの中にいるわよ」
弥勒の言葉に麗奈は首を傾げる。先ほど彼女が放った植物の籠は霊型の大天使を閉じ込めたように見えた。
「試しに解除してみてくれ」
「ちょっと! もしそれで逃げられたらどうすんのよ⁉︎」
せっかく大天使を捕らえたのに、それを解除して逃げられてしまえば意味がない。麗奈はそう思って弥勒の意見に反発する。
「いや、大丈夫だ。とりあえず解除してみてくれ」
「……そこまで言うなら分かったわよ」
弥勒からの強い言葉に麗奈が折れる。彼女は渋々、ガーネットボールを解除する。するとそこには倒れた状態の大島日菜乃がいた。
「……え? 倒れてる……?」
「あそこで倒れてるのは大天使じゃなくて大島日菜乃って子だろう」
「どういう事よ……⁉︎」
「霊型の大天使はさっき、彼女の身体から追い出されたら別の人間の身体を使うと言っていた。つまり大天使は眠らさせた人間の身体を自由に操れるという訳だ」
「なっ……⁉︎ そんなんじゃ捕まえようが無いじゃない!」
弥勒は自身の推論が合っていた事を確信して麗奈にも説明した。つまり大天使を倒すには夢の世界にいる本体を倒さない限り無駄という事だ。
「なんとかして夢の世界に干渉するしか無い。そこで奴の本体を叩く」
「なんとかしてってどうするのよ?」
「一つ俺に考えがある。上手くすれば夢の世界に行けるかもしれない」
「ほんとに⁉︎」
弥勒が夢へ干渉出来るかもしれないという事に麗奈は驚く。彼女の扱う魔法ではそういった事は不可能だろう。
「ただし、夢の世界に行けるのは俺一人になるだろう」
「セイバーだけ……? 何をするつもり?」
「新しいフォームを使う」
「っ⁉︎」
弥勒の口から新しいフォームという言葉が出て麗奈は目を見開く。彼が今まで見せたフォームは五色である。グレー、グリーン、レッド、パープル、ブルーの五つ。この流れからすると次のカラーについては簡単に予測できた。
「黄色のフォーム……?」
「ああ。ただし、そのフォームを使って夢の世界に干渉できるかは賭けになる。本来はそんな事に使うフォームじゃないからな」
弥勒の説明に彼女も頷く。夢の世界に干渉出来る手段など普通は持ち合わせていないだろう。そうなると多少強引になるのも仕方がない。
「ならワタシたちはどうすれば良いのかしら?」
「まず魔法少女たちには街中にいる霊型の天使を倒していって欲しい。その後は……俺が夢の世界に潜れば分かるだろう」
「は? まぁとりあえず現実世界にいる天使たちを殲滅すれば良い訳ね」
「ああ」
弥勒の思わせぶりな言葉を訝しみながらも麗奈は了承する。どちらにしろ街中で暴れている天使を放置しておく事は出来ない。
「その間、大天使は放っておくしか無いのよね?」
「向こうが逃げに徹しているからな。こっちからじゃ干渉出来ないだろう」
大天使は大島日菜乃の身体からは消えたが、今ごろ別の人間の身体を使って人々を眠らせるのを再開しているだろう。本来ならば一般人がそう言った事に巻き込まれる前に大天使を倒したいが、相手の特性上それは難しいだろう。
つまり現時点では霊型の大天使は放置しておく以外に手段が無いのだ。その事に悔しさを滲ませる麗奈。彼女としては愛花たちを傷付けた相手をみすみす見逃すしか無いというのが悔しいのだろう。
「そう。なら霊型の大天使についてはあんたに任せるわ。その代わりビシッと決めてきなさいよ!」
「ああ、任せとけ。それよりもさっきまでの話はきちんとメリーアンバーたちにも伝えておいてくれよ?」
「ええ、分かってるわ」
先ほどまでは弥勒にもドローンが付いていた。しかしそのドローンは現在、天使を倒すために別れたアオイの方へとついて行ってしまった。そのためこの状況は他のメンバーには伝わっていないのだ。
「…………」
弥勒は目を瞑って最後のフォームを思い浮かべる。このフォームは能力はともかく武器が彼にとっては微妙だったためあまり使っていなかった。異世界では主にグレー、グリーン、レッド、ブルーを多用していた。今回使う予定のイエローとパープルは使用頻度が少なかった。
「セイバーチェンジ」
そう言うと右手に嵌められている宝玉が光り輝き弥勒の全身を包むのだった。




