第百七十話 誘い
日曜日の午前中。愛花は大町田駅に来ていた。午後からは弥勒たちと大島日菜乃の家を訪ねる予定となっていたが、その前に小舟、凛子と待ち合わせをしていた。
その理由としては先に集まって昨日分かった事実を二人に伝えるためだ。チャットでもすでに報告していたが、直接会って話した方が伝わると思い先に集まる事にしたのだ。
愛花が駅前の改札近くで待っているとすぐに小舟がやって来た。愛花の存在に気付くと小走りでこちらへとやってくる。彼女は可愛らしいチェックのワンピースを着ている。愛花の方は白のバックプリントTシャツをジーパンにインしている。流行りのスタイルである。
「愛花ちゃん、待った?」
「大丈夫! 私もついさっき来たとこだし。あとは凛子ちゃんだけだね」
「うーん、凛子ちゃんはいつもギリギリだからね……」
愛花の台詞に小舟は思わず腕時計を見る。待ち合わせ時刻は11時だが、現在の時刻は10時50分である。それを見て彼女は凛子が来るまでもう少し掛かるだろうと考える。
「確かに。昨日も部活だったみたいだし、下手したら爆睡してて遅刻の可能性もありそう」
テストが終わった金曜日と土曜日が凛子は部活だった。そのためテストからの流れで疲れが溜まっていると愛花は推測する。
「お昼どこで食べよっか? 凛子ちゃんいるならボリュームある所が良いかも……」
「私たちのお財布の味方、ファミレスしか無い!」
小舟の問いかけに堂々と答える愛花。彼女たちはバイトしているわけでは無いので、親からお小遣いを貰ってやりくりしている。今月は幽霊騒動の打ち合わせなどで何回かファミレスなどを利用している。
つまり普通の月よりもお金を消費しているのだ。これから夏休みが始まる以上、今お小遣いを使い切るわけにはいかない。出来れば安いお店で済ませたいのである。そうなると結局はファミレス一択となってしまう。
「だよね……今月は新作の本もいっぱい出るし大変だよ……」
「分かる! 夏服も買わないといけないし……あと化粧とかもしっかり覚えたい!」
小舟は新作の本が欲しいらしく、愛花はファッションアイテムが欲しい様だった。どちらも思春期の女の子としては真っ当な欲求だろう。
「おっまたせ〜!」
そんな話をしていると11時ぴったりに凛子がやって来る。彼女は白いスウェットに紺色のTシャツを着ている。動きやすやを重視している格好だった。
「お、時間ぴったりだ」
「まぁね〜! 自分、時間には厳しいんで」
「えーと……厳しいなら普通、五分前に来ると思うんだけど……」
凛子のボケに小舟が控えめにツッコむ。
「あはは! バレたっす! さぁまずはお昼ご飯でしょ! どこ行く感じ?」
「ファミレス」
「よっし、混む前に行こう!」
凛子は時間ぴったりに着いて遅刻はしなかった。しかし起きようと思っていた時間に起きる事ができなかったのだ。そのため慌てて準備して家を出て来たせいで、朝食を食べていなかった。つまり彼女は腹ペコ状態なのであった。
三人は駅の近くにあるファミレスへと入る。流石に日曜日という事もあり、店内はお客が多かった。しかし時間がまだ11時とお昼にはやや早かったことで待つ事なく席へと案内して貰えた。
「あたしはナポリタン大盛りとフライドポテトにする!」
メニューを見て凛子が真っ先に注文する料理を決める。彼女がナポリタンを選んだのは、他の料理に比べてボリュームがあるからである。このファミレスのナポリタンは男性でも満腹になるようにと通常の量がやや多めとなっているのだ。それを大盛りにする事で抜いた朝食分も賄おうという考えである。
「うへ〜、めっちゃガッツリ頼むね。なら私は生姜焼き定食かな」
「私は……サバ味噌定食にしようかな」
それぞれメニューを決めて料理を注文する。今回はドリンクバーは無しにした。そんなにこのファミレスに長居をするつもりは無かったのと、節約のためである。
「それで昨日分かった事なんだけど、二人ともチャットは読んでくれたんだよね?」
「もちろん読んだ! 意味を理解できたかは別としてだけど!」
「えーと……大島さんに大天使が取り憑いてるかもって事だよね……?」
「な、なるほど!」
愛花の確認に対して理解できなかったと堂々と答える凛子。それをフォローする様に小舟がざっくりと説明する。
「そうそう。それで一組の子に昨日、大島日菜乃ちゃんの住所を教えて貰ったの。それでこの後、弥勒先輩たちとその家を訪ねようって訳」
愛花は今日の流れについて二人に説明する。小舟と凛子もその話を真剣に聞いて頷いている。
「本当に大島さんに取り憑いてるのかな……そうなると私たちも取り憑かれる可能性があるって事なのかな……」
大天使が自分たちの学校の生徒に取り憑いているかもしれない。その事実に小舟は恐怖心を隠せないでいた。もし霊型の大天使が誰にでも取り憑けるのなら、自分たちにも危険が及ぶ可能性がある。
「それに……取り憑かれてた場合、大島さんはどうなってるのかな……」
また大島日菜乃が大天使に取り憑かれていた場合、彼女の安否がどうなっているのかも彼女は気になっていた。最悪の場合、すでに大島日菜乃の意識は死んでしまっている可能性もある。そう考えると小舟は恐怖で震えてしまう。
「弥勒先輩たちは何も言ってなかったけど……どうなのかな……」
小舟のその台詞に愛花も気持ちが沈んでいく。彼女もその可能性に気付きながらも、無意識に目を逸らしていた部分があった。それはやはり小舟と同じで怖かったからだろう。ましてや大島日菜乃とは愛花も顔見知りである。そんな相手が死んでいるとは考えたく無かった。
「大丈夫! きっと生きてる! 理由は無いっすけど!」
そんな様子の二人に対して凛子は力強く宣言する。そこに理由は無かったが、彼女はそう信じている様だった。そんな凛子を見て二人は少し元気が出てくる。
「そ、そうだよね……大丈夫だよね……」
「そう! きっと大丈夫! 大丈夫じゃないならあたしたちが助ける!」
「……うん、凛子ちゃんの言う通りだ!」
そこから運ばれて来たランチを三人はガツガツと食べる。これからの戦いに備えて少しでも力を付けておくためだ。魔法少女と違い、彼女たちは直接戦う事はできないが何も出来ないという訳ではない。何かあった時のために少しでもエネルギーを補給しておくべきだと考えたのだ。
「うぷ……食べ過ぎた……」
「さすがに大盛りにポテトフライは頼みすぎだよ」
「でもよく食べられたね……」
お昼ご飯を食べ終えた三人は満足そうな表情をする。ただ凛子はあまりのボリュームに非常に辛そうな表情をしていたたが。
「ちょっと落ち着いたら行こうか」
「うん……」
「うい!」
そう言って少しまったりする三人。するとそこに何やら近づいて来る影があった。その人物は真っ直ぐに愛花たちの座っている席へとやって来た。その存在に愛花がまず気付いた。
「え……? 嘘……どうして……?」
その愛花の反応を見て小舟と凛子の二人もようやく何かが起きていると気付く。二人は愛花の視線の先へと顔を向ける。
「大島日菜乃……⁉︎」
凛子が目の前にいる人物の名前を言う。思わず彼女は先から立ちあがろうとする。するとそれを遮るように大島日菜乃と呼ばれた人物が手を伸ばす。
『眠れ』
短くそれだけ呟いた。するとそこから何やら冷たい空気が溢れて凛子へと直撃する。その風を浴びた凛子はその場で崩れ落ちる。
「り、凛子ちゃん……⁉︎」
倒れた凛子を咄嗟に愛花が支えようとする。しかしその前に彼女にも冷たい空気がぶつかる。すると彼女も凛子と同じ様にその場に崩れ落ちる。
「あ……あ……!」
突然の事態に理解が追いつかない小舟は何とか逃げようとするものの、それを目の前の人物が許すはずもない。彼女も二人と同じ様に冷気により倒れてしまう。
『予定よりも正体がバレるのが早かったが、まぁ良い』
その場に倒れた三人に背を向ける大島日菜乃らしき人物。彼女はもう一度、今度は両手を広げる。
『ここより先は美しき夢の領域。何人たりとも穢す事は許されぬ』
そう言って先ほどとは比べ物にならない程の冷気を放出する。その冷気はファミレス内に一気に広がり、店内にいる全ての人間たちを眠りへと引き込んだ。そして大島日菜乃の姿をした霊型の大天使はファミレスを後にするのだった。




