第百五十八話 みーこと月音の調査前編
「あ、もしかしてアレが愛花ちゃんかな?」
みーこは月音と愛原女子中学の校門近くまで来ていた。駅前で弥勒たちと別れてから十分ほど歩いたところである。
校門にはそれほど多くの生徒は見えない。大概はすでに学校を出ているのだろう。残っている生徒たちは部活をしている者たちだ。
もう少し先に行ったところには同じ愛原女子の高等部が存在している。都内にある女子校というのは中高一貫校の事が多く、この学校もその一つであった。
みーこは校門前で人を待っているらしき少女をみつける。その顔は同じ魔法少女である麗奈に似ていた。
「麗奈より可愛いし。主に眼つきが」
「確かに麗奈は魔法少女の中で一番眼つきが悪いものね」
みーこの言葉に月音は同意する。麗奈の眼は強気な雰囲気が出ているのだ。それと比べると愛花の眼つきは柔らかいと言えるだろう。
「こんにちは。貴女が愛花ちゃんで良いかな?」
「は、はい! えーと森下先輩と神楽先輩ですよね?」
「ええ。私が大天才、神楽月音よ」
初対面の人間とのコミュニケーションは月音よりもみーこが得意なので、彼女が愛花へと声を掛けた。すると彼女の方もすぐに反応して返事をして来る。
「……えーと、よろしくお願いします」
「なるべくフレンドリーな自己紹介を心掛けたのだけれど、失敗した様ね」
月音の言葉にどう返せば良いか分からなかった愛花は無難な返事をする。それを見て月音は自分のお茶目な挨拶が不発だった事を悟る。彼女も自らにフレンドリーさが欠けているのは自覚していた。そのためこれでも彼女なりに歩み寄った結果なのである。
「いやさすがに初対面でそれを捌くのは難しいでしょ」
「そうかしら? まぁいいわ。よろしくお願いするわ」
「という訳で学校の案内よろしくね!」
みーこは月音の急なボケにツッコミを入れる。それを見ていた愛花は仲良さそうな二人に緊張が少しほぐれる。
「こちらです!」
そこから来客受付で名簿に名前を記入する二人。特に怪しまれる事もなく、校内へ入ることに成功する。若い女性二人というのが功を奏したのだろう。
愛花に案内されて、とりあえず彼女の教室へと向かう。みーこと月音が教室に入るとそこには小舟と凛子も揃っていた。
「は、はじめまして。戸塚小舟です……」
「はじめましてっす! 牧凛子です!」
「今さらですけど、姫乃木愛花です。姉がいつもお世話になってます!」
二人は緊張した面持ちで、愛花は明るい感じでみーこと月音に挨拶をする。
「アタシは森下緑子。よろしくね!」
「私は大天才、神楽月音よ。よろしく」
みーこと月音も挨拶を返す。月音の方は懲りずに先ほどと同じ様な挨拶をしている。
「それでまずはどこを見れば良い感じ?」
「一番最初の事件が起きた階段の踊り場ね」
「それならこっちっす!」
みーこはどこから調べたものか月音に尋ねる。すると彼女は階段の踊り場だと即答する。二人は凛子の案内に従って現場へと向かう。
「さっき使った階段とは違うんだね」
みーこたちは正面玄関から入ってきている。そこからこの二年生の教室があるフロアへと階段を登ってやって来た。しかし凛子が案内しようとしている場所はそちらの階段では無かった。
「じ、事件が起きた時刻にはもう正面入口が閉まってたので、たまたま鍵が開いてた窓から入ったみたいです……」
「なる、それで普段とは違う階段を使ったって訳ね」
小舟の説明に納得するみーこ。すると何かが引っ掛かった様で月音が反応する。
「たまたま開いてた窓? 女子校にしてはチェックが甘いわね。本当にたまたまかしら」
「建て付けが悪い、在校生だけが知ってる抜け道とかじゃないんでしょ?」
「そうですね。少なくとも私はそういった話は聞いた事ないです」
月音の言葉に頷くみーこ。そこで彼女は別の可能性を提示してみるものの愛花は校舎へ出入りできる様な抜け道は知らないと答える。
「あとは当直の人とか、警備員の人の見回りが雑になってるってパターンもあるね」
「それはありそうね。とりあえず後でその窓にも案内して貰えると助かるわ」
「は、はい!」
そして現場の階段の踊り場へと到着した五人。月音は鞄から成分探知機を取り出す。そして周辺を確認する。
「さすがにこれだけ日数が経ってると魔力の痕跡は残ってないわね」
「ヒコはどう?」
成分探知機には何も引っ掛からなかった様だった。そこでみーこは鞄の中へと入ってるヒコへと確認する。
「うーん……確かに天使の残滓みたいなのは感じられないでも無いような気がしないでも無いっす!」
「どっちだし」
「無しよりの有りって感じっす!」
ヒコから見ても天使がいたという気配はほとんど感じ取る事が出来なかった。
「とりあえずここはこんなものね。次はさっき言ってた入口にした窓かしら」
「えーと、確かこっちだったはずっす! ただどの辺りかは分かるんすけど、どの窓かまでは分からないっす……」
一番初めの被害者である大島日菜乃に話を聞いたのは凛子だ。彼女は一階のどの辺りから校舎に入ったから聞いたが、具体的にどの窓から侵入したかまでは聞いていなかった。その辺りは会話で聞き出すには限界があるため仕方のない事でもある。
それから凛子に案内されて大島日菜乃が侵入した場所へと着く。五人で手分けして窓の鍵をチェックするものの建て付けが悪くなっているものや、壊れているものは無かった。
「これで建て付けの悪さ、あるいは抜け道が存在するという可能性は無くなったわね」
「とすると警備員の怠慢か、あるいは何者かに開けられていた可能性もあるし……」
「天使が事前に開けていたって可能性はあるのかしら?」
月音がみーこの鞄を見ながら呟く。恐らくヒコに話しかけているのだろう。すると鞄の中からヒコの声が聞こえて来る。
「うーん、天使にそんな細かい作業ができるとは思えないでやんす」
「……そう」
「鍵の件については考えすぎないようにした方が良いかも? ミスリード的な可能性もあるし」
考え込む月音にみーこが声をかける。彼女はミステリー小説をよく読むので、こういったパターンもいくつか知っていた。その可能性の一つとして事件に関係がありそうで、実は関係が無かったというのもあり得る。みーこはそう考えていた。
「それもそうね。なら次のところに行きましょう」
「えーと次はお手洗いですね。英語の教師が髪を触られた場所です」
愛花に案内されて教師が被害にあったというお手洗いを目指す。場所としては職員室の近くにあるお手洗いだ。
そのため五人は慎重にお手洗いへと向かう。OGを装っているが、月音もみーこも実際には卒業生でも何でも無い。そのため教師陣に見つかるのはあまり好ましく無い。
「ここですね」
そして素早くお手洗いの中へと入る。ただこの場所自体も教職員がよく使う所なので長居するのは難しい。特に女子五人でいるのは目立ってしまう。
「ここでも反応無いわね」
月音は先ほどと同じ様に成分探知機で調査をするが反応は無い。この結果は月音も予想していた様で、特に驚いた様子は無かった。
「うーん、ここも無しよりの有りって感じでやんす」
「つまり天使の気配はあるけど、もうほとんど残ってないって事ね……」
ヒコの話を聞いてみーこが結論を出す。現時点では天使がいたのは確実な様だが、それ以外については分からない事が多い状態だ。
「て、天使がこの学校のどこかに潜んでる可能性はあるんですか……?」
二人の調査を見ていた小舟が心配そうに聞いて来る。それにみーこも月音も難しそうな顔をする。
「今まで調べた場所やその周辺に隠れてるっていう可能性は低そうね」
「確かに。ヒコもあんまり反応してないし。もしかして学校にはもういない感じかな?」
「断定は出来ないわね。その結論を出すのは最後まで見てからにしましょう」
道中で天使の大きな痕跡があったならばヒコが反応するはずだ。しかしそれが無いという事は彼女たちが通ってきたルート周辺には天使が存在していないという事だ。
「次はどこかしら?」
「つ、次は音楽室になります……!」
こうして一行は次の場所へと向かうのだった。




