第百五十三話 愛花たちの調査
「うーん、まずはバレー部の子に話を聞くべきかなぁ」
弥勒たちがハエの天使と格闘していた頃、愛花はまだ学校に残っていた。教室で自らの机に座っている。
「それが確実なんじゃないかなぁ……」
隣の席の椅子に座っていた小舟が愛花の意見に同意する。
「なら早速いくぞ!」
そして愛花の机に座っていた凛子が早速聞き込みに行こうと気合を見せる。昨日、メリーライムとしてデビューしたばかりだからかテンションが高い。
「でもバレー部の子って何組だっけ?」
「さぁ? 名前までは知らないし」
「凛子ちゃん、それでどうやって聞き込むの……」
聞き込む相手が分かっていないのに動き出そうとした凛子に小舟が呆れる。
「とりあえず誰でも良いからバレー部の子に声掛ければ良いし!」
「ま、それもそっか」
凛子の意見に今度は愛花が賛同する。そして三人は自分たちの教室内を見渡す。バレー部の生徒が教室内に残っていないか確認している。
「今日ってバレー部、部活やってたかな……?」
「見た感じバレー部の人はいないしやってるんじゃない?」
「ちょっとあたしが見てくるぞ!」
そう言って凛子は教室から走って出ていく。それを見届けてから二人は顔を合わせる。
「とりあえず私たちは校内で聞き込みでもしよっか。幽霊騒動って言うくらいだからバレー部の子以外にも目撃者いるかもだし」
「そ、そうだね……ちょっと怖いけど頑張ろうね」
「なら私は隣のクラス行ってくる! 小舟ちゃんはこのクラスの人たちに聞いておいて」
「うん、ありがとう……」
愛花は小舟が人見知りなのは知っているので、クラス内の調査の方を任せる。見知ってるクラスメイトなら彼女も話しかけやすいだろういう判断だ。その代わりに愛花が他クラスの調査へと向かう。
そこからしばらくはお互いに情報を集めていく。愛花は隣のクラスへと突撃して残っている生徒たちに質問していく。彼女は顔が広いのでこういった作業は得意だった。
「あ、美香ちゃん。ちょっと良い?」
「あれ? 愛花ちゃん、どしたの?」
「実は今、校内で起きてる幽霊騒動について調べててさ。何か知ってる事とかあったりする?」
「うーん、噂は聞いた事あるけど詳しくは知らないや。ごめんね?」
「ううん、良いの。ありがとう!」
こういった感じで何人かに聞き込みをしていくと少しだけ情報を持っている生徒に出くわす。
「あ〜、それなら吹奏楽部の後輩が見たって言ってた」
「名前とか教えて貰える?」
「姫乃木さん、変な事調べてるのね。高木翔子って子なんだけどクラスは忘れたわ。写真ならあるけど見る?」
「見る!」
そういってその生徒はスマホから吹奏楽部のメンバーと撮ったと思われる写真を見せてくる。
「この子。チュロスを右手に持ってる子」
彼女が指差したのはチュロスを持って微笑んでいる少女。メガネを掛けていて真面目そうな雰囲気な子だ。
「覚えた! ありがとう。助かったよ!」
そう言って情報を教えてくれた生徒にお礼を言ってから教室を出る。その流れで他のクラスも調べていく。すると似た様な情報がいくつか集まってくる。
それを持って愛花は自分の教室へと戻る。するとそこにはすでに凛子が戻ってきていた。小舟と何やら話をしている。
「あ、戻ってきたぞ」
「おかえりなさい。どうだった?」
「うん、いくつか情報は手に入れたよ。ただ直接幽霊を見たって人には会えなかったけど」
愛花は周辺のクラスで手に入れた情報を話していく。それを聞いてから凛子が喋り出す。
「あたしの方は丁度バレー部が休憩時間だったから例の生徒に聞き込めたんだ!」
「え⁉︎ どうだったの?」
「まずバレー部で被害に遭った子は2年1組の大島日菜乃って名前だった。彼女の話によると夜の校舎に忘れ物を取りに行った際に階段の踊り場で足をいくつもの腕に掴まれたって」
「こ、怖い……」
凛子が被害者本人から聞いてきた話を二人に伝える。それに小舟は怯えている。身近なところでそんな事件が起きれば怖くなるのは当然だろう。
「こわっ。でも私も1組に聞きにいった時に大島さんの名前は聞いたからやっぱりこれは確かな情報と思って良いかもね」
「それで気付いたら見回りをしてた警備員に起こされたって」
「なるほどね。それで何か怪我したりとかそういうのはあったの?」
「いやー、それが何も無かったみたい。不思議っす!」
夜の校舎で一人で倒れていたというだけでも大きな事件である。しかしそれだけしか起きていないというのも不思議な話だと愛花は思う。それは小舟も同様だった様だ。
「でも確かに噂話でも怪我をするとか、そういった話は聞かないね」
「じゃあ純粋に驚かしてるだけなのかな?」
二人は頭を捻る。その間に凛子はエネルギー補充とばかりに鞄に入っていたお菓子を食べている。もしかしたらヒコと同レベルのお菓子好きなのかもしれない。
「とりあえず他の被害者にも聞きに行こうか! 吹奏楽部の一年生、テニス部の三年、英語の教師の三人だね」
愛花と小舟の調査で分かった三人へと聞き込みへ行く。
それから三人は聞き込みを終えて再び教室へと戻って来る。テニス部の三年生はすでに帰宅済みで話を聞く事が出来なかったが、他の二人には話を聞く事が出来た。
「うーん、やっぱりどれも同じ様な感じだよね」
「夜遅くに校舎で幽霊と遭遇……」
「物理的な被害はないっぽいぞ!」
他の二人の話もバレー部の大島日菜乃の話とほぼ同じであった。用事があって夜の校舎に残っていたこと。そして周りには誰も人がいなかったこと。物理的な被害は何もなかったこと。
「違いがあるとしたら遭遇の仕方だね。大島さんは階段の踊り場で足を掴まれた。一年生の子は音楽室で腕を掴まれた。先生はお手洗いで髪を触られた」
愛花が唯一の違いを簡単にまとめる。ここから分かるのは幽霊に固定の出現場所が無い事くらいである。
「うーん、幽霊の全身を見た人はいないのかな……?」
「まだ探せば目撃者はいそうな感じではあるな」
「確かにまだ探せば目撃者はいるかも。ただ一旦はこの辺りで先輩に連絡した方が良いかも? もしこれ以上に情報が必要ならまた指示してくれると思うし」
愛花は集まった情報を一度弥勒へと渡して、今後の指示をあおぐ方向で考えている様だった。
「そうだね……夜島先輩からもあんまり無理しないようにって言われてるし」
「なら早速報告に行くとしよう!」
「いやいやいや凛子ちゃん、ちょっと待って。いきなり会いに行ったら迷惑だから。ていうか凛子ちゃん、先輩の連絡先知らないでしょ」
何も考えずに再び突撃しようとした凛子を愛花が引き止める。その様子に小舟も苦笑いしている。
「先輩にチャット送ってみるから」
そう言って愛花はスマホを操作して弥勒へと連絡する。文面では詳しい事は書かずに、幽霊騒動について多少情報が集まったから伝えたい、とだけ送る。すると弥勒からすぐに返信がやって来る。
愛花たちは知らないが弥勒は丁度、ハエの天使を倒して帰る途中だった。そのためすぐにチャットに気付く事が出来た。もう少しタイミングが早かったら彼女たちは教室でしばらく待たされる事になっていただろう。
『土日なら空いてるよ』
「先輩、土日なら空いてるって。でも私は明日、部活で難しいかも。日曜日なら大丈夫だけど」
「あたしも明日は部活だぞ。日曜は問題ない」
「私はどっちも空いてます……」
弥勒からの返事を見て愛花は二人のスケジュールを確認する。そして三人とも日曜日が空いている事が分かった。
「なら日曜日のお昼くらいに先輩へ会いに行こう」
「麗奈先輩の予定は確認しなくて良いの?」
「うーん、お姉ちゃんは放っといて問題なし!」
愛花は少し考えてから麗奈に報告しない事を決める。姉はホラー系があまり得意でない事を彼女は知っている。そのためわざわざ知らせる必要はないと考えた。
それにプラスしてせっかく弥勒と会うのに姉がいると自由にアプローチできないというのもあった。
「……まぁ愛花ちゃんがそう言うなら……」
「よし、なら日曜日に弥勒先輩に突撃だ!」