第百五十二話 ハエ
「率直に言うわ。キモいわね」
月音と弥勒は街中に出現した天使を討伐しに来ていた。今日の討伐メンバーはこの二人だけである。そして天使の姿を見た月音が非常に嫌そうな顔をする。
「帰って良いかしら?」
「いや流石にそれは……」
弥勒としても彼女の気持ちは分かるが、その願いに応えることは出来ない。
二人の目の前にいるのは大きなハエの姿をした天使だった。ブブブブ、という不愉快な音が周囲に響いている。子供が見たらトラウマ間違いなしの姿である。
「とりあえずやるか」
弥勒としても気持ち悪くて近寄りたく無いため姿を新緑の狙撃手にして弾丸を放つ。
弥勒の魔力が込められた弾丸が右手のリボルバーから放たれるものの、それはあっさりと避けられてしまう。何発か弥勒は弾丸を放つものの同じ様にヒラヒラとかわされてしまう。
しかもその間にハエは口吻を伸ばして光の球のようなものを噴出してきた。大した速い攻撃では無かったため二人はそれをあっさりと避ける。
地面に着弾した光の球はベチャといった感じに地面へと広がる。それを見て弥勒と月音は非常に嫌そうな表情をする。ネッチョリ光球である。
「てか、意外に動きが読めん……」
「ハエは視覚の処理速度が人間の六倍ほどあるのよ。つまりハエから見た人間のスピードは大した事無いって訳ね」
「解説はありがたいが、メリーアンバーも戦ってくれ」
横でハエについて解説をしている月音に弥勒はツッコミを入れる。しかし彼女は動こうとはしない。
「私の一番の攻撃手段のレーザーは直線型の攻撃だからきっと当たらないわ」
「まぁ確かにその通りかもしれんが……」
月音の言い分に思わず納得してしまう弥勒。彼女のレーザー攻撃は確かに強力だが軌道は読まれやすい。弾丸ですら当たっていないのにレーザーを出した所で当たるはずも無い。
「ドローンアンバー」
月音はそう言って二台のドローンを出現させる。
「敵を誘導しましょう。上手く追い詰めた所を貴方が斬れば、それで終わりよ」
「俺が斬るのか……」
月音の考えた作戦は真っ当なものの、ハエに近づいて斬るというのは弥勒としてもあまり好ましいものでは無かった。
「仕方ないわ。それに今回は秘密兵器もあるのよ」
そういって彼女はドローンを自らに近寄らせて何かを持たせた。それは小型のスピーカーの様なものだった。
「それってまさか?」
「ええ。一応、試作機は完成したわ。今回がその試運転ね」
月音がドローンに持たせたのは天使の魔法をジャミングする装置であった。ここのところ彼女はジャミング装置の開発にかかりきりだった。弥勒の相手もあまりしない程に。それがついに完成したという事だろう。
「ついに完成したのか!」
「まだ完成じゃないわ。だから試運転をするのよ」
月音としてはきちんと稼働実験をしないないものを完成品として認めたく無いらしい。その辺りは研究者らしい意見だろう。
「とりあえず出すわ」
そう言って月音はハエの天使へ向かってドローンを飛ばす。弥勒はそれを見てフォームを灰色の騎士へと変える。
新緑の狙撃手のままだと間違えてドローンにも攻撃を当ててしまう可能性があるため、こちらへ姿を変えたのだ。彼としてもあまりハエと直接ぶつかり合いたくは無いがお互いの役割上、仕方のない事だろう。
弥勒はハエの天使との距離を詰める。近くの塀へと飛び乗り駆けていく。ハエの天使は弥勒のその動きに気付いたため、彼に向かって口吻を伸ばしてくる。
「今よ」
魔法を放とうとしていたハエの動きを読み取り月音がドローンに指示を出す。するとドローンが持っているスピーカーからノイズのような音が漏れてくる。これが電波での妨害なのだろう。
「pee⁉︎」
するとハエの伸ばした口吻からは何も出てこない。それを見て弥勒と月音は実験の成功を確信する。
「成功か!」
「上出来ね」
しかし二人が実験の成果に感心している間にハエはドローンと弥勒から距離を取ってしまう。
「「あ」」
それを見て我に返る二人。実験が成功したのは喜ばしい事だが、今は天使討伐の真っ最中である。
「すまん」
「いえ、私も実験の方に意識を割きすぎたわ。こういうのは研究者の性よね」
弥勒も月音も反省してお互いに改めて天使へと向き直る。相変わらずこちらを睨みながらブブブブ、と空に浮かんでいる。
弥勒たちは先ほどと同じ工程をもう一度繰り返す。やはり天使に知能は無いらしくあっさりと同じ手に掛かる。
「そっちに行ったわ!」
月音の声に弥勒が反応する。天使がこちらへと向かって飛んでくるのに合わせて剣戟を叩き込む。
「っし!」
するとハエの姿をした天使の翅が切断される。とっさにハエは弥勒に向けて口吻を伸ばしてくる。また先ほどのネッチョリとした光の球を出そうとしているのだろう。
「peee⁉︎」
しかしそこに月音のドローンから放たれた電波がぶつかることにより魔法は不発となる。ハエの天使は苦しむ様な声を上げている。そしてそのまま地面へと落下する。
弥勒がその隙を逃すはずも無く、剣に魔力を込めてそのまま体を両断する。すると天使の姿が消滅する。
「ふぅ……終わったか。やっぱり虫系はなかなかにキモいな」
「お疲れ様。確かにあまり関わりたく無いわね。今後、虫系は全て貴方に任せるわ」
「気持ちは分かるけど、俺一人じゃ無理だって」
虫系が気持ち悪いというのは全員共通の思いだ。そのため月音の気持ちは分かるが、それを言い出すとキリが無いので弥勒は却下する。そして以前にみーこも似た様な事を言っていたのを思い出す。
「でも男の子って虫が好きよね? ほら日曜日の朝にやってる番組もさっきのハエがモチーフじゃなかったかしら?」
「いやあれはバッタモチーフだから!」
月音の発言に弥勒は慌てて訂正をする。
「同じ様なものじゃない」
「いや全然違うから!」
そこからしばらく日曜日の某特撮番組について説明する。その間に目立たない場所でお互い変身を解除をする。
「もう分かったわよ」
弥勒の説明を聞き終えた月音は飽きたような表情をしている。彼女にとっては特撮番組のモチーフが何だろうが興味は無いのだ。しかし弥勒は男の浪漫としてそこは譲れなかった。
「でも実験は成功と見て良いわね」
月音は話を天使のものへと戻す。
「そうですね。でもどうして敵が魔法を使う直前に電波を放つ方式に変えたんですか? ずっとジャミングしておいた方が戦闘しやすいって前に言ってた様な……」
弥勒は元の姿に戻っているため敬語へと戻る。戦闘中は敬語にしていると緊急時などにロスが発生してしまうのでタメ口である。
そして先ほどの戦闘で疑問に思った事を口にする。以前の月音の言い分では通常の天使はジャミングできる範囲が広いという話だった。そのためピンポイントでジャミングを発動させなくて良いため狙いやすいというメリットがあった。
しかし先ほどの戦闘では敵が魔法を発動する直前に機械を作動させている。そんなギリギリを狙うよりも常に機械を作動させておいた方が安全である。
「理由は二つあるわ。一つは単純に電力の問題ね。試作機だからそこまで本格的に作り込んでいないのよ。だから電力を最小限しか積んでいないの」
「ああ……それで無駄撃ちができなかったって事か」
ああいった機械類を作るのにはお金が掛かる。いくら月音が自分で稼いでいるとは言え、試作機から全力で使っていてはお金がいくらあっても足りなくなってしまう。
「もう一つは本当にジャミングできるか確かめるためね。現にジャミング装置を使う前には魔法を使えていた様だし」
「なるほど。ジャミング装置を使ってる時と使ってない時の比較か」
ジャミング装置を使っていない時にハエの天使はネッチョリとした気持ち悪い光球を出していた。それをジャミング装置を使う事で防げるというのが分かった。これは最初からジャミング装置を発動していたら分かりにくい事だ。
「とりあえずこれなら本格的に作っても問題無さそうね」
そう言って月音は楽しそうに帰って行った。




