第百四十五話 図書館
日曜日の午前中、弥勒は勉強をしていた。期末考査まで既に一ヶ月を切っている。中間考査が通常より遅れた分、期末考査までの間隔が短いのだ。
金曜日の夜からお泊まりパーティーを行っていた事もあり、昨日まであまり勉強していなかった。そのため今日は真面目に机に向かっていたのだ。
「ふー、喉乾いたな」
区切りの良いところで弥勒は飲み物を取りにリビングへと向かう。するとリビングでは母親と父親が外へ出る準備をしていた。
「あれ、どっか行くの?」
「ええ。久しぶりに外へランチに行こうって話になったのよ」
「ボーナスも近いし、たまには外食も良いかと思って。お前も行くか?」
弥勒の疑問に両親が答える。父親は今月末にボーナスが入るから少し余裕がありそうな表情だった。
「いや俺は良いや」
「そうか。ならお前もこれで適当に昼飯を食ってくれ」
両親と一緒にご飯を食べに行くというのが、何となく恥ずかしくて弥勒は誘いを断る。また久しぶりに父親と母親の二人でゆっくりしてきて欲しいという気持ちもあった。
「さんきゅー」
弥勒は父親から千円札を一枚受け取る。それを見て何を食べようか考える。
「それじゃあ行ってくる」
「外に出るなら鍵忘れない様にね」
「いってら」
二人はすぐに家を出ていった。ボーナスがいくら入るのか弥勒としては全く未知の世界のため分からない。それでも両親の機嫌が良くなるのは彼としてもありがたいことだった。
「久しぶりにハンバーガーでも食うか」
弥勒は無性にジャンクフードが食べたくなってきていた。そのため駅前のハンバーガーショップに行く事に決める。
「ついでに図書館に行くか」
冷蔵庫に入っている麦茶を一杯飲んでから部屋に戻る。そして筆記用具や参考書を薄いキャンバストートへと入れる。そして最後に財布を持って家を出る。その際にきちんと鍵を掛けるのを忘れない様にする。
たまには気分転換で図書館で勉強するのも良いと思ったのだ。ずっと家で勉強してるのも変わり映えしなくて飽きてしまうから。
ついでにみーこからオススメされた小説が無いか探すつもりでいた。最近はゲームをやる事が増えていたが弥勒は読書も好きだ。
「海外ミステリーはあんま読んだ事ないんだよな」
みーこからオススメされたのは海外のミステリー小説だった。弥勒はミステリー小説はそれなりに読むものの海外小説はあまり読む事が無かった。せっかくオススメされたので、これを機会に海外小説に手を出そうとしているのだ。
駅前のハンバーガーショップに入り、列に並ぶ。お昼にはまだ少し早かった事もあり列には数人しか並んでいない。すぐに弥勒の番が回ってくる。
「いらっしゃいませ。店内でお召し上がりですか」
「店内で。ビッグチーズバーガーのセットお願いします」
「ビッグチーズバーガーのセットですね。お飲み物は何になさいますか?」
「ジンジャエールで」
「ジンジャエールですね。合計で980円になります」
弥勒は財布から千円札を出して支払いをする。お釣りの20円を貰って財布へとしまう。それから席を確保して番号が呼ばれるまで待つ。
しばらくすると番号を呼ばれたのでビッグチーズバーガーのセットを持って席に座る。そして食べ始める。
「いただきます。やっぱジンジャエール美味いわ」
月音が聞いたら怒りそうな台詞を言いながら弥勒はジンジャエールを飲む。ポテトをちょこちょこ食べながらビッグチーズバーガーを食べていく。そして五分も掛からずに食べ終わる。
「ふぅ、美味かった」
紙ナプキンで口元を拭いて満足そうな表情をする。本当ならもう一個くらいハンバーガーを食べたい所だが我慢する。お金が高くつく事もそうだが、満腹だと勉強中に眠くなってきてしまうからだ。
少し落ち着いてからハンバーガーショップを出て図書館へと向かう。そして公園の近くにある図書館へと辿り着く。
館内に入ると中は外より涼しくなっていた。弥勒は勉強机が置いてあるコーナーを目指す。勉強コーナーの席は受験生らしき人たちで大半が埋まっていた。
その中で空いている席に腰を下ろして弥勒は勉強道具を広げる。まず取り出したのは数学の問題集である。暗記系だとお昼直後は眠くなるので避けた形だ。
今週の授業で習った範囲を問題集で解いていく。関数系は得意なようで弥勒はスラスラと問題集を解いていく。
そこから一時間ほど数学の勉強をしていく。そして区切りが良いところで、次は古文の勉強へと移る。実は古文、漢文は高校になってから弥勒が好きになった科目だった。
というのも異世界には古代技術というのものが存在した。現在では生み出せないようなマジックアイテムや武器などがあったのだ。弥勒としてもその性能は驚くようなものも多く、印象に残っていた。そういった事もあり自分の世界の過去はどうなっていたのか興味が出て来ていたのだ。
苦戦しながらも読解を進めていく。時間を掛けながら和訳をして、そこから解説を読んでいく。自らの解釈が間違っていた所にはチェックをつけて単語帳などで意味を改めて確認する。
そういった作業をしながら勉強を続けていると図書館に入ってからすでに二時間以上経っていた事に気付く。
弥勒は一旦、勉強を中断して書架へと向かう。そして海外小説が置いてある棚を見つけてお目当ての小説を探す。しかし探している本は見当たらなかった。
そこで新入荷した本が置いてあるコーナーへと向かう。新刊や話題な本などはそちらに置いてある事が多い。
入口近くにあった新入荷コーナーを見てみると探していたタイトルを見つける。弥勒はその本を手にとってあらすじを見てみる。
「あ……」
すると横から何やら声が聞こえた。弥勒は隣に視線を向けてみる。するとそこには小舟がいた。休みだというのにきちんと学生服を着ている。
「あれ、小舟ちゃんか」
「こ、こんにちは。夜島先輩」
すでに何回か会っているはずなのだが、未だに小舟は弥勒を前にすると少し緊張してしまう様だった。
「こんな所で会うなんて偶然だね。小舟ちゃんって家こっちの方じゃ無かったよね」
「は、はい。ちょっと読みたい本があって近くの図書館で調べたらここにあるって書いてあったので……」
図書館にはパソコンの様なものが置いてあり、そこで自分の探している本が図書館にあるか調べる事ができる。またその図書館に置いてなくても、同じ市内の図書館に在庫があれば分かるようになっている。
小舟は探している本が近くの図書館に無くて、こちらへ探しに来たという事だ。数日掛けても良いのなら近くの図書館に取り寄せる事も出来るはずなのだが、自分で探しに行くことを選んだのだろう。同じ市内ならどの図書館で本を返しても問題ないので、ここで借りて近くの図書館で返すという事も出来る。
「なるほど。お目当ての本は見つかったの?」
「はい! この本です」
本の話になったからか小舟の喋りはいつもよりもハキハキとしている。彼女は弥勒に一冊の本を見せてくる。しかし弥勒にはそれが何の本か分からなかった。
「えーと、小説?」
「はい、オートマトンについて分かりやすく物語形式で書かれた本です。オートマトンというのは機械の状態遷移をモデル化したものを言うんですけど」
「う、うむ……」
どうやら機械関連の本の様で弥勒にとっては馴染みの無い分野であった。彼女は一見、文学少女のような見た目をしている。しかし彼女はPCも得意であり、救世主チャンネルの動画編集や3Dモデルの作製などもしている。
「あ、ごめんなさい……急に喋ってしまって……」
弥勒が話について行けてないと分かって小舟が反省した様子を見せる。その表情を見て彼はフォローを入れる。
「いや、俺の方こそすまん。そういった分野はあまり経験が無くて。興味はあるんだけどな」
「夜島先輩はPCの技術に興味あるんですか?」
「もちろん。これから先の時代には必須の技術だと思うしな。良かったら話聞かせてくれ」
「よ、喜んで!」
図書館の中であまりお喋りを続けるのも良くない。そのため二人はすぐ外にある公園で話す事となった。




