第百四十二話 お泊まりパーティー後編
「ふー、さっぱりしたわ」
お風呂から上がってきた麗奈が満足そうな顔で部屋へと戻ってくる。例のパジャマを着用しており、とても可愛らしい姿となっている。色はピンクである。
「お風呂、すっごい豪華だったよねー!」
先にお風呂から上がっていたアオイが楽しそうに話しかける。彼女もまたお揃いパジャマを着ている。水色のやつである。
ただ流石に二人ともフードは被っていない。風呂上がりで暑いのだろう。髪はすでにドライヤーで乾かしているので、フードを被ること自体は問題ない。
「それなら良かったです。ではわたくしもお風呂に入ってきますね」
今度はエリスがお風呂へと向かう。彼女の家のお風呂なら全員で入っても問題ないのだが、それは恥ずかしいので順番に入浴していく事となったのだ。
「そんなに豪華だったん?」
「ええ、まさかの和風だったし」
「へー、確かにそれは意外かも」
みーこはまだお風呂に入っていないので、どんなお風呂か楽しみにしている状態だ。和風と聞いて驚いている。
「それで弥勒は?」
「スマホゲームをしてるみたい。あたしたちと言うものが居ながらゲームにうつつを抜かすなんて!」
『いやちょっとスタミナ消費を……』
弥勒は日課となっているスマホゲームのスタミナ消費をしていた。しかし放置されているアオイはぷんぷんと怒っている。ちなみにお風呂上がりにパジャマ姿を褒められた時にはテンションが爆上がりしていた。
「こんな可愛い美少女たちと一緒にいるのにスマホゲームなんてね」
麗奈も呆れた視線で弥勒を見る。しかし既にお泊まりパーティーが始まってから数時間経っている。そろそろだれてきてもおかしくない時間帯だ。
『ツキちゃん先輩もゲームやってるぞ』
弥勒の指摘により麗奈は月音へと視線を向ける。すると彼女もスマホゲームをやっていた。
「スタミナ消費は国民の義務よ」
そう言って顔も上げずにひたすらスマホゲームをやっている。彼女は天才気質なので、サブカルなどには興味が無いのかと思いきやそうでもない。暇な時や、研究に煮詰まった時によくゲームをやっている。部室でオンラインゲームをしている時もあるくらいだ。
「うーん、あたしはゲームあんまりやらないからなぁ」
「ワタシもそうね」
「アタシもゲームはやんなーい」
アオイ、麗奈、みーこの三人はあまりゲームに興味ない様だった。
『俺もそんなガチ勢じゃないけどな。このゲーム自体、最近始めたばっかのやつだし』
「そうなんだ。あたしもゲーム始めてみようかなー?」
「アオイはゲーム続かなそうなタイプだと思うけど……」
弥勒がやっているという事でアオイがそれに乗っかろうとする。しかしそれに麗奈が微妙なリアクションをする。
「えー、どうしてそう思うの?」
「だってじっとしてるの苦手でしょ?」
「うぐ、確かに……」
麗奈の言葉に思わず納得してしまうアオイ。彼女は昔から走ることが好きで運動ばかりしてきたため、あまりじっとしているのが得意ではない。大人しくしていると身体を動かしたくなってくるのだ。
「……猿」
「森下さん、今なんて言った⁉︎」
そんなやりとりを見ていたみーこがボソリと悪口を言う。それにアオイが怒る。
「べっつにー?」
「今、猿って言ったでしょ! 聞こえてたんだから!」
「いや〜、お猿さんみたいで愛くるしいなって意味だし」
「むきー!」
「うきー?」
いつも通りの喧嘩が始まる。この二人は同じ空間にいるとすぐに喧嘩を始めるのだ。弥勒としてはそれが悩みの種である。
「ただいま戻りました」
そんなこんなでエリスがお風呂から戻ってくる。彼女もお揃いパジャマの薄紫色のものを着用している。
「はい、アタシが行ってくる!」
次はみーこがお風呂へと向かう。それからしばらくするとみーこもお風呂から戻ってきて最後の月音が部屋から出ていく。
弥勒は今回のパジャマのオチという事でお風呂の順番は最後になっている。彼としては非常に嫌なのだが、女子の集団に男一人で勝つことはできない。
しばらくして月音がお風呂から戻ってくると部屋に同じパジャマを着た少女たちが五人となった。それぞれのカラーのものを着ており、その辺のアイドルグループよりも可愛らしい。
『部屋も豪華だから本当にアイドルのPV撮影みたいな雰囲気だな……』
弥勒がボソリと呟く。もちろんその言葉を少女たちが逃すはずも無く、それぞれ調子に乗ったリアクションをする。
「ま、アタシは読者モデルもしてるし? 写りが良いのは当然よね」
「えへへ、弥勒くんがあたしの事をアイドルだって。照れちゃうよねぇ」
「ふふん、みろくっちってば熱い視線でアタシを見てるし」
「そういう褒められ方もたまには悪く無いわね」
「はぅ、そんなに褒められると照れてしまいます……」
全員がくねくねと身体を捻りながら照れている。そのため先ほどまでのアイドルの様な華やかさは無くなり、絵的にやや気持ち悪くなっている。
『……風呂入ってくるか』
そんな様子を見た弥勒は風呂へと向かう。下手に誰かにコメントをしてしまうと争いの火種となってしまう。そのため皆が照れている内にこの場から脱出した方が吉と判断したのだろう。
「あ、いつの間にかみろくっちが消えてる」
しばらくして妄想に満足した魔法少女たちは現実へと帰還する。
「あいつ、いつの間にお風呂へ行ったのよ」
「でもお風呂行ったって事は戻って来たらお揃いのパジャマ着てるんだよね?」
「そうなりますね……」
「なら写真の準備しとかないと! 弥勒くんの猫耳姿なんてオカ……オタカラ画像になるよ!」
「安心しなさい。すでにアプリの録画モードを起動したわ。これで画像じゃなくて動画で残るわよ」
弥勒の猫耳姿を写真として残そうとしていたアオイは慌てる。しかしその辺りの準備は月音が既に終えていた。用意周到な女である。
「こういう所はさすが神楽先輩と言うべきね。オカ……じゃなくてオタカラだものね」
「その気になれば動画を編集して彼のパジャマの色を変えられるわよ」
「「「「⁉︎」」」」
月音の一言に全員が食い付く。
「とりあえず五万くらいで足りますか、月音ちゃん?」
エリスは鞄の中から財布を取り出して五万円を抜く。そしてそれを月音へと渡そうとする。
「お金はいらないわよ。特別に全員分、タダでやってあげるわ。その代わり今度、魔法の実験に付き合ってちょうだい」
月音はエリスから出されたお金を受け取らずそう言う。彼女は自分でお金を稼いでいるので金銭的には困っていない。それよりも魔法を使う際の脳波データが欲しかったため、そちらを条件に動画の加工を引き受ける。
「ありがとうございます!」
「「「ありがとうございます!」」」
エリスに続いて他の三人も深々と頭を下げて月音にお礼を言う。それだけ全員、お揃いカラーのパジャマを着た弥勒の動画が欲しかったのだろう。
『た、ただいまー……』
そうしていると弥勒がついに部屋へと戻ってくる。その声はどこか遠慮がちである。パジャマが恥ずかしいのだろう。コソコソと部屋へと入ってくる。
パジャマへと着替えた弥勒は思ったよりも違和感が無かった。身体や体格が良いと言っても彼はまだ十代半ばである。その顔にはあどけなさも残っており、本人が思っているよりは可愛らしくなっている。
「はうっ……」
それを見てアオイが鼻血を出す。そして慌ててティッシュで鼻を押さえる。しかしその間も画面から目は離さない。
「ハァハァ」
月音は興奮して鼻息が荒くなっている。
「ふひ、ふひひ……」
みーこはここに来て一昔前のオタクの様な笑い方になっている。
「……っん」
麗奈は何故か感じている。そして小さく手を合わせている。弥勒の尊い姿を拝んでいるのかもしれない。
「わぁ! 素敵です! 可愛いです! 妖怪猫男みたいです!」
エリスはよく分からないが、どうやら気に入った様だ。それからエリスを除いたメンバーは何故か順番にトイレへと向かっていった。
それを弥勒はドン引きしながら見ていた。彼は自分の色違い動画が配られる事を知らない。というよりもこの映像が録画されている事自体を知らないのだ。最も知らない方が幸せだろう。
こうしてお泊まりパーティーをピークを迎え、そこからは寝るまでダラダラとお喋りをするのだった。