第百三十九話 みーこ家での会話
「そういえば緑子ちゃんって彼氏いるの?」
「へ……?」
そしてまさかの急な話題転換に固まるみーこ。それに隣でカレーを食べていた由香里が笑う。
「まっさかー。彼氏の一人も出来た事ないわよ、うちの娘は」
「え? そんなんですか? 先輩の娘さんだからてっきりモテモテかと」
穂波のその言葉に由香里は豪快に笑う。母親がモテモテだったという言葉にみーこは疑わしげな視線を向けている。
「あっはっはっ! ないない! この娘ったら見た目はギャルだけど中身は超内弁慶だから!」
「えー、そうなんですか?」
由香里の発言に穂波は驚いている。彼女から見たみーこはどう見ても学校でカーストのトップに君臨しているであろうリア充だ。むしろ彼氏を取っ替え引っ替えしてそうなイメージである。
「はー⁉︎ アタシだって彼氏くらいいるし! しかも超ラブラブだし!」
みーこは母親の発言に憤る。そして由香里に真っ赤な顔で反論する。しかし彼女の方は気にせず、らっきょうをボリボリと食べている。
「ん〜? それってどうせ昨日読んだ本の話でしょ? どんな恋愛小説読んだのよ?」
ニヤニヤしながら馬鹿にしてくる由香里にみーこはスマホの画面を見せる。もちろん穂波にも見える様に。
「これ証拠! どう見てもラブラブでしょ!」
みーこが見せたのは今朝撮ったばかりの弥勒とのツーショット写真だった。すると写真を見て二人とも驚く。
「あれま、ほんとに男の子と一緒に写ってるし。しかも中々のイケメン」
「青春ですね〜。わたしにもそんな時期がありました……」
由香里は弥勒を興味深そうに見ている。一方で穂波は自らの青春時代を思い出して懐かしそうな顔をしている。そんな二人のリアクションを見てみーこは勝ち誇ったような顔をする。
「これで分かったでしょ。アタシには彼氏がいるの。か・れ・し・が!」
「はいはい、分かったわよ。それにしてもとうとうあんたにも彼氏がね〜。そりゃあアタシも歳を取る訳だわ」
由香里は娘が彼氏を作るような歳になった事を感慨深そうにしている。
「ま、穂波みたいに婚期を逃さないようにだけ気をつけなさい」
「ぐはっ⁉︎」
由香里の言葉に穂波はダメージを受ける。彼女は美人なものの仕事が忙しく彼氏などもいない。唯一の楽しみといったら家で晩酌をする事だけだ。
「それはダイジョーブ! みろくっちとは何がなんでも結婚するし!」
みーこの方は自信満々にそう答える。実際にはまだ付き合っていないのだが、もう彼女の中では結婚するまでは確定事項らしい。
「みろくっち……? それってもしかして小学生の時クラスメイトだった子……?」
由香里は「弥勒」という名前に聞き覚えがあった様でみーこに尋ねる。
「そうだけど……よくママそんなこと覚えてるね」
「そりゃー、覚えてるわよ。あんた一時期、弥勒くんの話ばっかりしてたもの」
みーこは小学生の時、クラスメイトたちとの交流はほとんど無かった。そうなると当然、家で学校の話をする事も無い。そんな中、唯一みーこが話したのが弥勒の話だった。そのため由香里の印象にも残っていたのだ。
「先輩も知ってる子なんですか?」
「少しだけね。小学生の時、緑子と仲良かった子だから。あ、そうだ。ちょっと待ってて」
由香里はそう言って食べ終わった食器を下げながらどこかへ行ってしまう。そのためみーこは穂波と二人で取り残される。
「彼氏くんとデートとかするの?」
「結構しますよ。遊園地とか日帰り旅行とか行きましたし」
「ザ・青春だね〜」
「この前は房荘半島に行ったんですよ。天気もバッチリでデート日和でした!」
みーこは今まで弥勒と行ったデートについて語っていく。そんな話をしていると由香里が何やらファイルを抱えて戻って来た。
「お待たせ〜。ほら見てよ、これ」
由香里が持って来たのはみーこが小学生の頃のアルバムだった。そこには小学生時代のみーこの写真がいくつも収められていた。
その中に学校の遠足での写真だろうか。幼い姿のみーこと弥勒が二人で写った写真があった。弥勒はカメラに向かってピースサインをしており、みーこの方は恥ずかしそうに俯いている。
「この子でしょ。弥勒くんって」
「うわ、懐い! 確かに小ちゃい頃のみろくっちだ! かわいい〜!」
みーこは弥勒の小さい頃の写真にテンションが上がる。彼女もこの写真の存在は知っていたが、直接見るのは久しぶりだった。
「緑子ちゃんもお人形さんみたいで可愛い!」
「この頃の緑子は今と違って無愛想だったけどね」
一緒に覗き込んでいた穂波も感想を言う。それに由香里が一言付け加える。みーこは幼い頃は本の虫で感情の起伏をほとんど表へと出さなかった。
それが両親の離婚のきっかけにもなった。そのためみーこは由香里の言葉に少しバツが悪そうな顔をする。最も由香里の方は彼女を咎めるつもりは無く、過去の思い出として語っただけだった。
しかしその感情の起伏についても弥勒と関わった事で動き出す事になった。みーこにとってはかけがえのない思い出である。
「でも懐かしいわね。まさかあの時の子がこんなに大きくなってるなんて。何弥勒くんだっけ?」
「夜島弥勒」
「ふふん、夜島弥勒くんね。覚えたわ」
前半は大町田市で起きている怪事件についての話だったが、後半からは恋バナに変わっていくのであった。
「もしもし、みろくっち? 今、大丈夫?」
みーこは穂波が帰るのを見届けた後、自分の部屋へと戻って弥勒に電話を掛けていた。
『ああ、大丈夫だけどどうかしたか?』
幸い弥勒はすぐに電話に出た。そこでみーこは先ほどまでの出来事について話していく。
「今日、ママの知り合いのジャーナリストがうちに来てさ。天使の事件について探ってた。魔法少女やセイバーの事まで何となくだけど掴んでるっぽい……」
みーこは説明しながら不安になってくる。もし自分が魔法少女だとバレたら面倒な事になるのは目に見えている。特別な力というのは持ち主を幸福にするとは限らないのだ。
『天使が起こした騒動の隠蔽も完璧じゃないからな。いつかはそういった事が起きるとは思ってたが、まさかみーこの知り合いとはな……』
「うん、ママの後輩らしいんだけどいきなり来たからビックリしちゃって。とりあえず不自然な感じにはなって無かったと思うけど心配かも」
「どんなことを聞かれたんだ?」
「えーと、主に人型の大天使が学校を襲撃した事についてだった。アタシは見てないけど友達が言ってたっていう風に答えておいた」
『そうか……他には何か聞かれたか?』
弥勒のその言葉にみーこは詰まってしまう。自分の親に弥勒を彼氏として紹介したというのは恥ずかしくて本人には言い辛かった。
「あと交友関係についてちょっとね。でもこっちは完全な雑談って感じ」
みーこの説明に弥勒が沈黙する。それに恋バナをしたのがバレたのかと思いヒヤヒヤするみーこ。
『誰かの名前とか出したか?』
「えーと、みろくっちの名前だけ少しね。何か問題ある感じ?」
『いや……問題ないと思うが一応、俺も警戒しておく。もしかしたらこっちにも聴き込みに来るかもしれないしな』
弥勒はとある可能性を考えたものの、それは無いだろうと口に出す前に否定する。そしてみーこには問題ないと告げる。
「なら良かった。まじドキドキした! スパイ映画の主人公になった気分だったし」
「みーこはどっちかって言ったらヒロイン枠だろ」
「そして主人公がみろくっちでアタシたちは結ばれるパターンと見た!」
「はいはい」
電話での軽口のため弥勒としても話を流しやすい。対面の場合は真顔で「は?」と返される可能性が大きいので雑な対応は出来ない。
「うわ、つめた! 倦怠期の彼氏モードじゃん」
そこから下らない雑談を一時間ほどしてからみーこは電話を切る。そして満足そうに息を吐く。
「ふぅー、ちょっとしたアクシデントはあったけど良い一日だったし。みろくっちに始まり、みろくっちに終わるって感じ」
そして上機嫌なままお風呂にのんびり入る。お風呂上がりには日課となっている日記を書いてからぐっすりと眠るのだった。




