第百三十八話 カレーとみーこ家
みーこは月曜日の放課後、上機嫌で家へと帰った。朝は弥勒とイチャイチャしながら登校できたためエネルギーもすっかり回復している。
身体が怠い中、早起きして数時間も弥勒の家の前で粘っただけのリターンは得られたとみーこは考えている。
「いつか合鍵を手に入れて、こっそりベッドに潜り込んで驚かすとかアリかも」
みーこはそんな妄想をしているが、勝手に部屋に入った時点で弥勒の察知スキルであれば気づかれてしまうだろう。
「今日のご飯は何を作ろうかな〜、カレーとか良いかも。お腹減ってるし」
冷蔵庫を開けて中身をチェックする。しかし中にはほとんど何も入っていなかった。ここ数日は天使との戦いもあったため買い物に行けていなかったのだ。
「うーん、あとカレーに必要なのはニンジンと玉ねぎくらいかな。よし、早速買い物にレッツゴー!」
みーこは必要なものをスマホにメモして買い物へと向かう。カレーを作るのは量を一気に作れば翌日も食べられるからだ。平日は料理の機会が少ないに越した事はない。
そこからスーパーを数軒巡って必要なものを買い揃えて行く。なるべく安い値段のものを買う。生活がそこまで困窮している訳では無いが、無駄な出費はしたくないから節約しているのだ。そしてカレーの材料だけでなく、数日分の食糧を買い込んでいく。
「ふんふふ〜ん」
荷物は重いが自転車のカゴに入れれば問題はない。そして家に帰る前にスマホでSNSアプリを立ち上げる。そして自分の裏アカのページを表示する。
「お、いくつかコメント付いてるし」
昼休みに裏アカにアップした弥勒とのツーショット写真にいくらかの反響がありみーこは喜ぶ。顔などはスタンプで隠しているため個人情報はそれほど漏れていない。
書かれたコメントに一通り目を通してからスマホを仕舞う。そして自転車に乗って家へと帰る。
五分くらいで家へと到着する。自転車を駐輪場に停めて自分の部屋へと戻る。そして冷蔵庫に買った食材を入れていく。
「さてカレー作りを始めますかね!」
みーこは腕まくりをして自前のエプロンを付ける。薄い緑色のエプロンだ。所々汚れているのはそれだけ頻繁に料理をしている証という事だろう。
そこからみーこはしばらくカレー作りに集中する。野菜を洗って皮を剥いていく。玉ねぎ、ニンジン、ジャガイモを切って食べやすいサイズにする。
そして鍋にサラダ油を入れて熱してから具材を全て放り込む。そこから焦がさないように炒めていく。
しばらく炒めてから鍋に水を加えて沸騰させる。そしてアクを取りながら中火で煮込んでいく。それからルーと隠し味であるすりおろしリンゴを入れる。
ルーが辛口のため、すりおろしリンゴを入れる事でややまろやかになり食べやすくなるのだ。そこからしばらく煮込み続けていく。
すると玄関の扉が開く。みーこの母親が帰って来たのだろう。
「たっだいま〜! この匂い、今日はカレーね!」
「おかえりママ」
みーこはいつも通りのハイテンションで帰ってきたら母親に挨拶をする。すると母親の隣に見知らぬ女性がいる事に気づく。
「彼女は私の大学時代の後輩よ。こっちは娘の緑子よ」
「初めまして。由香里先輩の後輩の所沢穂波です!」
「初めまして、森下緑子です」
所沢穂波と名乗った女性は後輩と言いつつもみーこの母親である由香里とは雰囲気がまるで違った。
由香里が茶髪のロングでカジュアルな服装なのに対して、穂波は短い黒髪でスーツを着ている。ただ二人とも美人と言うのは共通している。
母親の後輩という事は穂波は三十代後半という事だろう。それよりは若く見えるが、どこかくたびれた感じもある。バリバリのキャリアウーマンというよりは社畜OLといった雰囲気だ。
「実は穂波ってはジャーナリストなのよ。それで最近、この街で起きてる怪事件を調査してるみたいなの」
由香里は穂波がこの街にやって来た理由を話していく。ジャーナリストという言葉に驚くが、なるべく表情には出さない様にみーこは話を聞いていく。
「そのついでに先輩の家に寄り道させていただきました! しかも娘さんが大町田高校に通ってるって聞いたので」
「アタシが大町田高校に通ってるから……?」
「はい! 大町田高校では少し前に謎の怪物による襲撃が起きてますよね? 何か見たり聞いたりしましたか?」
穂波は先月に起きた人型の大天使による学校襲撃について尋ねて来る。それが彼女の目的だったのだろう。ジャーナリストとしてこの街で起きている怪事件の調査。そしてその事件の一つである大町田高校襲撃事件の当事者が知り合いの娘という事でこの家を訪ねて来たという訳だ。
「まぁまぁ、そんなに急がなくて良いじゃない。せっかくだしご飯でも食べながらのんびり話しましょう」
「た、確かにさっきから美味しそうなカレーの匂いが……」
用件を切り出してきた穂波をたしなめて、晩御飯を食べようとする由香里。それにカレーの香りを嗅いでお腹が空いて来る穂波。
「じゃあとりあえず晩御飯って事で……」
みーこは空気を読んで晩御飯の準備をする。そして母親と自分、穂波の分のカレーを器によそっていく。そして二人が待つテーブルへと持ってく。ついでにサラダと味噌汁も用意する。
「それじゃあいっただきます!」
「「いただきます」」
母親の挨拶に合わせてみーこと穂波も挨拶をする。そしてカレーを食べ始める。
「んー、やっぱ緑子の作るカレーは美味しいわね! 隠し味ははちみつと見たわ!」
「おぉ、美味しいです! 緑子ちゃんは料理お上手なんですねぇ」
カレーを食べた二人がみーこの料理を褒める。母親の方は隠し味について自信満々に語っているが思いっきり外している。正解はすりおろしリンゴである。
「いや、カレーなんて誰でも作れるし……」
みーこは満更でも無い表情をしながら謙遜する。そして照れ隠しの様にカレーをぱくぱくと食べる。
「それでさっきの質問に戻るんだけど、学校襲撃事件について何か知ってる事あるかな?」
ご飯を食べながら穂波がみーこに再び同じ質問をしてくる。さりげなく敬語が取れている。それにみーこは答えていく。
「えーと、トンボ?の化物に襲われたって友達が言ってました。アタシは直接見てないですけど」
みーこは学校襲撃事件が起きた時に母親の由香里には自分は現場にいなかったと話している。放課後だったため駅前をぶらぶらしていたと説明したのだ。
以前したその説明に矛盾が起こらない様に話をする。トンボの天使について言ったのは隠すのも不自然だと考えたからだ。あの時、現場には大勢の生徒がいた。そのため大町田高校のほとんどの生徒たちはトンボの天使について知っている。
「うーん、その辺りは他の生徒たちの話と一緒だね〜。緑子ちゃんは直接そのトンボの怪物を見た訳じゃないんだよね?」
「そうですね。アタシはその時、駅前でぶらぶらしてましたし」
「そっかー、それは残念。あ、あと魔法少女とか仮面の騎士とかについて何か知ってる?」
その言葉にみーこはドキリとする。魔法少女はみーこ達の事で、仮面の騎士とは弥勒の事だろう。
「えーと、トンボの怪物に襲われたのを魔法少女に助けられたっていう話は聞いた事あります。ただこれはさっき聞いた友達の話じゃなくて校内の噂話みたいな感じですけど……」
「何か怪物が現れると、そこに魔法少女とか仮面の騎士が現れて助けてくれるって話をいくつか聞いたんだよね。ほらこの前の連続爆破事件の時もそうだったみたいだし」
天使を目撃した人を探すのはそう難しくないだろう。何回も現れているのだ。目撃者も多いはずだ。そういった人達に穂波は色々と聴き込みをしたのだろう。それなりの情報を持っている様だ。
「そうなんですね。正義のヒーローみたいな感じですか?」
「ま、そうだねー。とは言え素性が不明な以上、断定は出来ないよ。だからもし緑子ちゃんが見かけても近づいちゃダメだからね!」
「わ、分かりました……」
自分がその魔法少女なんです、とはもちろん言わない。とりあえず無難に頷いておくみーこ。
「そういえば緑子ちゃんって彼氏いるの?」
「へ……?」
そしてまさかの急な話題転換に固まるみーこであった。




