第百三十四話 大炎豹とエリス
「くまちゃんたち、頑張って下さい!」
エリスは呼び出した配下であるテディベアに命令をしながら炎豹退治をしていた。テディベアたちの手には消火器が持たれている。
消火器の設置場所に関しては月音からのサポートがあったため、ある程度の数を確保する事ができた。
消火剤を吹きかけても天使が消滅する訳では無い。しかし弱体化させる事はできる。そこを攻撃する事で何とか炎豹たちをエリスは倒していた。
敵の殲滅スピードでいったらみーこがトップで、次いでエリス、最後に麗奈といった所だろう。
「そのままドカンです!」
テディベアたちは目の前にいる炎豹に消火器を噴射した後、殴りに掛かる。消火器をそのまま鈍器として扱っている。
四方から殴られた炎豹は消滅する。一体に対して集団でタコ殴りにするという割りと凶悪な戦法である。ぬいぐるみが行っているため絵的にはそれほど問題ないが。
「これでこの辺りの虎さんも倒せました!」
そして豹のことを虎だと思っているエリス。確かに身体が炎で出来ているため現実の豹とは違って模様もないため分かりづらい。
みーこが最初に獣型の大天使が現れた際に豹だと言ったのを聞いていなかったのだろう。そしてエリスと会話をしているはずの月音は面倒なので訂正していなかった。
『次の場所へ案内するわ』
「はい!」
エリスは月音の指示に従って走って次の現場へと向かう。空を飛ばないのはテディベアたちを運ぶ手段が無いからだ。テディベアたちはとことこ走ってエリスを追いかけてくる。意外に速く動いている。
『ここよ』
いくつか道を曲がった所で再び炎豹たちの姿が見えてくる。エリスは敵に気付かれる前に立ち止まって呼吸を整える。
「ふぅ……行ってください、くまちゃん!」
敵を指差してテディベアたちに指示を出す。すると消火器を持ったテディベアたちは四匹の炎豹に近づいて消火器を噴射する。
「「「「Luu……⁉︎」」」」
突然、消火剤を掛けられ勢いが弱まる炎豹たち。そこにエリスはすかさず攻撃をけしかける。
「今です……!」
テディベアたちが消火器の噴射をやめて、そのまま殴り掛かる。そして一匹ずつ炎豹が消滅していく。これにエリスはホッとする。
「良かったです。今回もうまくいきました……」
『メリーパンジー! 緊急事態よ』
するとそこで月音からの通信が入る。背中のジェットパックから聞こえてくる声はどこか切羽詰まった様子だった。それにただならぬ気配を感じるエリス。
「どうしたんですか、月音ちゃん?」
『大天使がエリス先輩の方へと急速に接近しているわ! セイバーたちが来るまで何とかして持ち堪えてちょうだい!』
「え……?」
エリスが月音の言葉の意味を飲み込む前に目の前の家から炎が吹き出してくる。それにエリスは吹き飛ばされる。
「きゃあっ⁉︎」
受け身などは取れずエリスは地面をゴロゴロと転がる。それによりテディベアたちが一斉に彼女を守ろうと近づいてくる。
『グラァッ!』
しかしエリスの元へと辿り着く前に家の中から現れた大炎豹の爪に引き裂かれる。テディベアたちは体が裂けて、燃えて消滅してしまう。
「う……」
それを見ながらも何とか起き上がるエリス。しかしそこからの行動を許すほど敵も甘く無い。一気に彼女の元まで踏み込んで前脚を振るう。鋭い炎の爪がエリスに襲いかかる。
「きゃあ⁉︎」
彼女はとっさにカメを召喚してガードに使う。大炎豹の爪はカメを一撃で消滅させる。
「ふ、フクロウさん……!」
一撃分の隙を稼いだエリスは慌てて新しいぬいぐるみを召喚する。それはフクロウの姿をしたぬいぐるみだった。これは先日、弥勒からの手紙に書いてあった新しい召喚候補のぬいぐるみだ。
前回の手紙でエリスはクマ、カメ、ネコ以外の新たなぬいぐるみについて何が良いか相談していた。その手紙の返事を一昨日の金曜日に受け取っていたのだ。
手紙には空を飛べるぬいぐるみがいれば便利だろうと書いてあった。そしてフクロウだとエリスのイメージにも合うのでは無いかと提案されていた。
一昨日の夜、エリスはそれを読んでさっそくスマホで様々なフクロウのぬいぐるみを検索した。そして凡そのイメージは掴んでいた。
カメとクマは大炎豹の一撃でやられてしまっている。すると残っている選択肢はネコと新しいフクロウだけとなる。そこで彼女は空を自由自在に動けるフクロウを選択したのだ。
「ホー」「ホー」
召喚された二羽のフクロウは大炎豹に飛びながら嘴で攻撃をする。ただ当たったとしても大したダメージにはならない。しかしエリスとしてはそれで良かった。
彼女の狙いは二つあった。一つは奇襲されて不利な状況になった自分の態勢を立て直すこと。もう一つは時間を稼ぐ事だ。時間さえ稼げれば弥勒たちと合流する事ができる。
呼び出したフクロウは大炎豹の前脚による攻撃を身軽に回避している。地面しか動かないネコよりも空を自由に動けるフクロウの方が敵も狙い辛いと考えたのが功を奏している。
「今のうちに……! 来て下さい猫ちゃん!」
後ろに下がって態勢を立て直したエリスは今度はネコを召喚する。そして地面に落ちている消火器を回収しに行かせる。
ネコたちは大炎豹とフクロウの戦いを刺激しないように脇を素早く抜けて消火器の元へと辿り着く。そして消火器のチューブの部分を口に咥えて引っ張って運ぼうとする。
「いい感じです! それを虎さんに投げて下さい!」
エリスはネコたちに新たな指示を下す。それに従いネコたちは消火器を大炎豹の元へと引っ張っていく。エリスに言われた様に投げないのはネコの手足だと上手く投げられないからだ。その代わりに引き摺って運んでいる。
そしてフクロウと大炎豹との戦いの場までネコたちは消火器を咥えたまま乱入する。敵が増えたことに気付いた大炎豹は早速、ネコたちを倒しに掛かる。
口から炎を出してネコたちを一斉に始末しようとする。その一撃でネコたちはたまらずに消滅する。しかしその一撃はネコたちだけでは無く消火器まで破壊してしまう。
すると中身が詰まっている消火器は外的なダメージにより傷が入り破裂する。複数の消火器が一気に破裂した事で辺り一帯に大きな音が響く。
「ひゃあ⁉︎」
エリスはその音に驚きながらも、なるべく大炎豹から目を離さない様にする。破裂の衝撃と中から噴き出した消火剤により大炎豹もダメージを負う。
『グラァッ!』
「と、虎さんが怒ってます……!」
しかし大きなダメージにはなっていない様でエリスの方を睨んでくる。それに彼女は僅かながら恐怖を覚える。
フクロウを召喚してからの流れは完全にエリスのものだった。しかしそれでも獣型の大天使に大きな傷を与える事はできなかった。それにより彼女は自信を喪失してしまう。
「(もう必殺技を出す余裕もありません……)」
じわじわと恐怖を与えるかの様にゆっくりと近付いてくる大炎豹にエリスは思わず後退ってしまう。今の彼女にはもう必殺技を出す程の余裕は残っていなかった。
召喚獣の使役はコスパがあまり良く無い。ぬいぐるみを一から生み出して操作しているため通常の魔法よりも消費魔力が大きいのだ。そのためここまでの戦いで彼女はもう魔力に余裕が無い。
『想像しろ! お前が天使に対抗できると思うものを!』
エリスが諦めかけたその時、背中のジェットパックから弥勒の声がした。エリスの戦況があまり芳しく無いと思った月音がドローンを通じて弥勒に助言を頼んだのだ。
お互いのドローン経由のため通常の音声よりも聞き取りにくくなっている。しかし弥勒の言葉はエリスの中にストンと入ってきた。
「天使に対抗……」
その瞬間、エリスの眼に活力が戻る。手を前に出して僅かな魔力を絞り出す。そして自分が召喚したいぬいぐるみの姿を強く思い浮かべる。
「来て下さい……! 悪いくまちゃん!」
エリスの願いに応えるかの様に、彼女の前に新たなぬいぐるみが現れる。それはテディベアであった。しかしその姿は先ほどまでとは大きく異なっていた。
濃い紫色の身体に、黒い羽が付いている。手には三叉槍、すなわちトライデントを持っていた。そして通常のテディベアは40cmくらいなのに対してこちらは60cmくらいはあるだろう。
「デビクマ〜!」
悪魔の姿をしたテディベアは挑発的にそう笑った。




