第百三十一話 炎豹と麗奈
麗奈は月音の指示に従って単独で炎豹の討伐にあたっていた。大天使の元に残ったアオイと弥勒が気になるものの彼女は自らの役割を全うしようとする。
『そこを右よ』
麗奈が背負っているジェットパックから月音の声が聞こえてくる。四方に飛ばしたドローンを通して炎豹たちの居場所を把握しているのだろう。
「いたわっ!」
麗奈は近くの民家を破壊している三匹の炎豹を発見する。家の二階あたりが破壊され、部屋の中が見える様な穴が空いている。瓦礫が周辺に散らばっている。それから破壊された家から住人らしき人たちが逃げ出してくる。
家を破壊していた炎豹のうちの一匹が人間の方へと視線を向ける。ターゲットを建物から人間に切り替えたのだろう。それに気付いた麗奈は敵の攻撃を防ぐため前に出る。
「させないわ!」
逃げ出してきた人たちを庇うように炎豹との間に入る。ジェットパックが無かったら上手く滑り込めなかっただろう。そのまま溜めていた魔力で技を繰り出す。
「ガーネットフラッタリング!」
生み出されるのは無数の花びらによる集合体。それは麗奈の指示に従って動いて行く。突撃してくる炎豹の道を塞ぐ様に盾となる。
「Luuu!」
しかし花びらでは燃え盛る豹を防ぎ切ることは出来ない。次々と花びらが燃え散っていく。ただこれは麗奈にも予測できていた事だ。
「足りないなら継ぎ足せば良いわ!」
花びらが燃え散って行くそばから新たな花びらを補充していく。それにより炎豹は前に進む事が出来ない。
「気合いよ!」
麗奈はダメ押しとばかりに身体ごと思いっ切り前に踏み込む。するとフラッタリングも同じ様に押し出されて炎豹を弾き飛ばす。
「Luuu⁉︎」
炎豹は地面へと転がる。その光景を見て家を破壊していた残りの炎豹たちも麗奈へと突撃してくる。しかし彼女はその場から動かない。それは後ろには守るべき人たちがいるから。
「隙ありよ!」
麗奈はフラッタリングを二つに分裂させて、それぞれの炎豹の脇腹に直撃させる。先ほどは敵の攻撃に滑り込んだため攻撃を真正面から受けるしか無かった。
しかし今回はすでにフラッタリングを動かしている状態だ。敵の攻撃軌道を横からズラすのはそれほど難しく無かった。炎により花びらの一部が燃えるものの、完全に無くなるよりも前に炎豹たちを吹き飛ばす事に成功する。
三匹の炎豹の動きが鈍ったのを確認してから、後ろにいる人たちに麗奈は声をかける。
「あなたたち、今のうちに早く逃げなさい!」
彼らが後ろにいた状態では麗奈としても、この場所から動けなくなってしまう。相性が悪い上に身動きも取れないとなれば、さすがの麗奈でも勝つ事は難しくなる。
「は、はい……! ありがとうございます……」
麗奈の後ろにいた家族は言われた通りに避難していく。家が破壊されたのは不幸な出来事だが命が無くなるよりはマシだろう。麗奈は彼らが避難するまで敵が動き出さないように睨みを掛ける。
「……さて、ここからどうしようかしらね」
炎豹たちがじわじわと自分に迫ってきているのを見て笑う麗奈。先ほどの突撃を防ぐだけでも彼女はかなりの力を使った。本来なら炎は麗奈の苦手な属性なのだ。それを力づくで押し切ったのだから消耗は大きいだろう。
「ガーネットローズ!」
まず麗奈は自らの包囲網を撹乱させるために周囲一帯に蔓たちを出現させる。それで炎豹たちに攻撃を加えていく。これはダメージを与えるのが目的ではないため一本の強度よりも本数を意識する。
「よし!」
その隙にジェットパックにより軽く飛び上がり屋根へと上がる。炎豹たちが壊していた建物である。他の家の屋根に乗って、その家まで炎豹に壊されてはたまらない。もちろん、すでにこの家が壊れかけているから壊れても良いということでは無い。彼女としても心苦しいが、そうする他ないのだ。被害を最小限に抑えるために。
そして魔力を自らの拳に込める。具体的な力をイメージして魔法を使う。彼女が想像しやすいのは何故だか分からないが植物関連のものとなる。
「ガーネットカクタス!」
魔力でできたサボテンを拳に纏う。しかしこれを発動したところで炎豹の身体に触れてしまえばサボテンは焼けてしまう。故に彼女の狙いは接近戦では無かった。
「トゲよ!」
麗奈は拳を覆っているサボテンについているトゲを飛ばす。それは真っ直ぐに炎豹へと飛んでいく。
「Luu⁉︎」
トゲが炎豹へと突き刺さる。スピードが出ているため炎によって燃え尽きる前に炎豹へと到達した。そのためダメージが通っている。
「やっぱりこれならダメージは通るわね」
身体が炎で構成されているといっても、その大元は魔力である。同じ魔力であれば干渉してダメージを与える事ができる。麗奈はそう考えたのだ。
弥勒がシールドで炎豹を弾いたり、アオイが殴って敵を消滅させたりしていた。そして彼女自身もフラッタリングなどで炎の身体に干渉できた。その事からダメージ自体は比較的、簡単に入れられると推測していた。ただ常に燃えていたため、こちらの攻撃が終わる前に燃やされてしまうというのが厄介なだけである。
「とは言ってもやっぱり決め手には欠けるわね……」
炎豹はダメージを負った様だが、そこまで深刻な感じではない。恐らく大したダメージでは無いのだろう。この様子では敵を倒すのにかなりの時間が掛かる。しかも敵は一匹だけではなく三匹いる。かといって時間をかけすぎてどこかに逃げられてしまっても意味がない。また別の場所で無差別に暴れられるだけだ。
「トゲよ!」
こちらへと近づいて来ようとする炎豹に牽制するようにサボテンのトゲを撃ち込む。これにより敵も迂闊には接近してこない。
「ワタシがあいつらを倒せるとしたら……」
麗奈は敵を倒すための方法を逆算する。それにより自らがどう動けば良いか考える。そしてすぐに思考をまとめる。
「これでいくしか無いわね。ガーネットフラッタリング!」
麗奈はその手にサボテンを纏わせたまま再び花びらたちを作り出す。それを左右に分けて炎豹たちの背後に回り込むように動かす。
その動きに気付いた炎豹がフラッタリングの外側に出ようとするのを拳からトゲを飛ばして牽制する。炎豹たちはその状況に身動きが取れず、唸り声を上げる。
「「「Luu!」」」
そしてフラッタリングが徐々に閉じて来ていることに気付いた炎豹たちは外へ逃げようとするのはでなく一斉に麗奈へと飛びかかってくる。それを見て彼女はニヤリと笑う。
「ガーネットボール!」
麗奈の狙いは敵が纏まって攻撃してくる事だった。彼女に突撃して攻撃しようとすると、必然的に炎豹たちの互いの距離は近くなる。
麗奈は植物によって編まれた巨大なカゴを作り、炎豹たちを包んでいく。このカゴで捕らえられる範囲に炎豹たちを動かすのが彼女の目的だったのだ。
しかしこのカゴも魔力とはいえ植物でできている。時間が経てば炎豹たちの身体の炎により焼かれてしまうだろう。
「メランコリーロザリオ!」
麗奈は声を上げて魔力による巨大な赤いロザリオを作り上げる。僅かな時間でも一箇所に留まっていてくれるなら彼女には強力な必殺技がある。
「トドメよ!」
ロザリオから巨大な魔力砲が発射される。それは炎豹たちを捕らえているカゴごと一気に消滅させる程の威力だ。
そしてロザリオが消える頃には炎豹の姿は無くなっていた。ついでに地面には割と大きな穴が空いてしまっていた。
「ふぅ……何とか終わったわね……とりあえずこの穴は見なかった事にしましょう」
敵が消滅したのを確認して麗奈は大きくため息を吐く。戦い自体は彼女の策が見事にハマり敵を殲滅する事に成功した。ただ問題があるとすればやはり通常よりも魔力の消費が大きいという事だろう。
『さすがね。次の場所に案内するわ』
月音が次の炎豹がいる場所を麗奈へと指示してくる。ドローンで彼女が戦っているのを確認していたのだろう。
「ええ……」
彼女は自らに残っている魔力を確認しながらドローンの案内に従う。こうして彼女は次の戦場へと向かった。




