第百三十話 獣型の大天使
「あれが……獣型の大天使⁉︎」
ついに麗奈たちの前に姿を見せた獣型の大天使。その姿は彼女たちの予想を超えるものであった。
見た目は豹の様であるが、その身体は炎で構成されていた。そして炎は風に揺らめいている。大きさは5mくらいだろうか。
「炎でできた豹……?」
みーこが驚きながらも呟く。獣型の天使はこちらの様子を注意深く窺っている。
『ルゥゥゥ!』
獣型の大天使が唸りをあげる。すると周囲に炎が出現して、大天使よりも一回り小柄な豹たちに姿を変える。
「うそっ⁉︎ 増えた……⁉︎」
「「Luuuu!」」
増えた豹たちは一斉に弥勒たちへと襲いかかって来る。それに魔法少女たちは防御の体勢へと入る。
「ガーネットペタル!」
麗奈は再び花弁によるシールドを展開する。先ほどと同じ様に破られる可能性はあるものの、これで数秒の時間が稼げる。
「スプルースノート!」
続いてみーこが炎豹たちが来るであろう場所に音符を配置していく。そして多方面からの攻撃によりガーネットペタルが破られる。
「いけっ!」
しかしそのタイミングでみーこが配置していた音符マークを飛ばして炎豹たちを迎撃する。その攻撃によりほとんどの炎豹たちは倒される。そして撃ち漏らした数体を弥勒とアオイで処理していく。
「ルゥゥ」
それを見ていた大天使が満足気に頷く。弥勒はその姿を見て嫌な予感がした。すると大天使は再び炎豹を増やしていく。
「さっきより数が多いけど、何とかなりそうかも」
それを見てアオイが安心する。敵の数が少し増えても同じ工程を繰り返せば負ける事は無いと思ったのだろう。
「ガーネットペタル!」
アオイと同じ様に考えていた麗奈も本日三度目になる花弁によるシールドを展開する。それに続いてみーこも音符マークを周辺へと配置していく。
「ル!」
大天使が短く声を上げる。すると周辺に増え続けていた炎豹たちが一斉にこの場から離脱していく。その光景に魔法少女たちは唖然とする。
「え……? 豹さんたちはどこへ行ったのですか?」
「逃げたって感じじゃ無さそうだよねー?」
エリスとみーこは疑問を口にしながらも周囲への警戒は怠らない。しかし何処かから隠れて突撃してくるという様な事も起きない。
「まさか……」
弥勒が呟いたその時だった。遠くの方から何かが爆発したかのような音が聞こえてきた。
「な、何っ⁉︎」
その音に麗奈が驚きの声を上げる。そして音が聞こえた方を見つめるものの向こうの通りのため見ることが出来ない。
「周辺に炎豹をばら撒いて無差別攻撃してるのか……」
「えぇ⁉︎ あたしたちと戦ってたのにどうして⁉︎」
「ちょ、ちょっと! そんなのあり⁉︎」
弥勒のその言葉にアオイとみーこが驚く。すると月音もそれに続いて呟く。
「そういうことね。獣のくせに知恵が回るわね。いえ、獣だからというべきかしら?」
「月音ちゃん、どういう事ですか?」
何か分かった様な言葉を口にする月音にエリスは尋ねる。他の魔法少女たちも月音に注目している。
「私たちは大天使の攻撃を何回か防いだわ。けれどそれは個の力ではなく、連携によるもの。だから大天使は私たちが連携出来ないように敵を散らして戦力を分散させるつもりなのよ」
先ほどまで魔法少女たちが獣型の大天使と戦えていたのはお互いにカバーしながら戦っていたからだ。それを見抜いた大天使は彼女たちを分断させる作戦に出たという訳だ。
「そ、そんな……どうすれば良いの⁉︎」
アオイが不安そうな表情をする。大天使が召喚される前に怯えていた時と同じような顔をしている。
「俺たちも別れるしかない。敵の無差別攻撃を見過ごす訳にはいかない」
「っ……。そうね、少しでも周りへの被害を防がないと」
弥勒は敵の思惑通りになったとしても周りへの被害を防ぐべきだと提案する。それに麗奈も賛成する。しかしその表情は険しい。今回の敵が自分と相性が悪いのが分かっているからだろう。
「セイバーがやるならやるし!」
「あ、あたしも!」
「わたくしも微力ながら協力いたします」
「仕方ないわね……」
他の魔法少女たちも弥勒の意見に賛成する。全員の賛成を得られたため彼はこれからの作戦を口にする。
「メリーアンバーはドローンによるサポートを頼む。メリースプルース、メリーガーネットは炎豹の殲滅。メリーパンジーはぬいぐるみたちに消化器を持たせて戦ってくれ」
「ええ」
「おっけー!」
「任せなさい」
「は、はい……!」
月音はドローンを使う事で敵の位置を探る事ができる。それ以外にもお互いへの連絡や戦況の報告などサポートに回す。
みーこは音符による迎撃で炎豹を倒していたので、シンプルに敵の殲滅が目標である。麗奈も敵との相性は悪いものの技も経験も豊富なため負ける事はないと弥勒は判断した。
エリスはまだ戦闘経験も少ない。さらにテディベアたちは攻撃力に欠けている。そこで周辺にある消化器を使わせる事で炎に対抗しようという作戦だ。
「あたしは⁉︎」
何も指示されなかったアオイが弥勒に尋ねる。
「メリーインディゴは俺と一緒にここで大天使の足止めをする。あのスピードについていけるのは俺たちだけだ」
アオイは射程範囲こそ短いものの攻撃力はピカイチである。炎豹程度なら苦戦もしないだろう。しかし弥勒はあえて敵の本体である大天使と戦わせる事にした。
まず単純に大天使はスピードが速いため対抗できるのはアオイと弥勒しかいないという事。そして大天使が周辺に散らばっている魔法少女たちの元へ向かわないように足止めをする必要がある。
敵の思惑に乗ったは良いが、それで相手の狙い通りに各個撃破されましたでは意味がない。絶対に大天使をこの場から逃す訳にはいかない。それには弥勒一人で足止めするよりもアオイもいた方が確実だ。
「あ、あたしが大天使の足止め……」
弥勒の言葉にアオイは難しそうな表情を浮かべる。やはり大天使への苦手意識があるのだろう。しかしここで彼女を甘やかす訳にいかない。
「大丈夫、俺も一緒だから」
「そうだよね……うん、頑張る!」
アオイは弥勒に励まされ、やる気を取り戻す。彼はそれを見て少し安心する。弱気な状態で相手できるほど敵は弱くない。大天使を倒すつもりで戦ってもらわないと困るのだ。
「アンバージェット」
話が纏まったと判断した月音が魔法少女たちのジェットパックを出す。それを各々、装着していく。
「それじゃあワタシたちは行くわ! 頼んだわよ!」
麗奈、みーこ、エリスは月音の指示に従って、それぞれ炎豹がいる方へと向かって行った。彼女たちはすっかりジェットパックの扱いに慣れた様だ。
そして月音も弥勒たちの戦いの邪魔にならないようにこの場所から離れていく。どこか目立たない場所へと隠れるのだろう。もしかしたらヒコと合流するのかもしれない。
するとその動きを見ていた大天使が月音へと襲い掛かろうとする。弥勒はシールドを展開してそれを防ごうとする。
彼は大天使が月音を狙って来るだろうと何となく予測していた。それは異世界時代にも何度か救われた勘によるものである。
また今回の大天使も言語を口にしないものの知恵があるのは分かっていた。そうでなければ魔法少女たちを分断させるなんて作戦が出てくるはずもない。
もし自分が大天使だったならばまず魔法少女たちの連携の中心となっている月音を倒すだろう。サポートが厄介なのはもちろんだが、彼女自身の戦闘力もそれほど高くないというのも大きい。
そんな考えから弥勒は月音が襲撃されるだろうと考えていたのだ。どのタイミングで攻撃して来るかは勘頼りであったが。
「ッ……! 重いな!」
突撃してきた大天使を弾く。すると敵はあっさりと月音への攻撃を諦めて弥勒たちへと向き直る。
「まずはあのスピードに俺も対抗する必要があるな」
灰色の騎士では敵の攻撃を防ぐ事はできても、攻撃へ転じることが出来ない。そこで弥勒は獣型の大天使のスピードに対抗する事ができるフォームに変身しようとしていた。
「カラーシフト」
弥勒の身体が光に包まれる。そして彼は新しいフォームへと姿を変えた。




