第百二十三話 エリスと登校
弥勒は朝、恐る恐るランニングをするために公園へと向かった。昨日の魔女裁判からアオイからは何も連絡が来ていなかった。だから彼女が本当に公園にいるかも分からなかったし、会った時にどうリアクションすれば良いか弥勒には分からなかった。
「……おはよ」
アオイは公園のいつもの場所で弥勒を待っていた。しかしその表情は暗い。そこにいつもの明るさは無い。
「ああ、おはよう」
「………あたし負けないから」
アオイはそれだけ言って走り始めた。弥勒はストレッチをしてから公園内を走り始める。走りながら考えるのはもちろんアオイの事だ。
「(大人のキスは論外として、これからどうするかな。ぶっちゃけ気まずいんだが……)」
原作主人公はヒロインを途中で一人に絞っていた。それはそれで有りだと弥勒も考える。しかし現時点で弥勒には好きな人はいない。
だからこそ一人に絞る事はできない。そして敵がまだいる以上、一人に焦点を当てる事は危険だと自らの勘が言っていた。
そうなってくるとやはり全員と仲良くしていかなければならない。それはつまり今後も昨日の様な出来事が起こる可能性があるという事だ。弥勒としては頭の痛い話である。
「(どう考えても機嫌悪いよなぁ……)」
彼女の怒りの大部分は月音とみーこに向いている。しかしそれだけではなく少なからず弥勒にも怒りは向いているだろう。それが先ほどの態度である。
そこから二人は淡々と日課をこなす。そして特に話す事もなく自宅へと戻る。弥勒は家でシャワーを浴びて制服へと着替えてから登校する。
駅前へ着くとそこにはアオイはいなかった。弥勒が気まずく感じている様に彼女も気まずく感じていたのだろう。
しばらく待ってみるもののアオイは来そうにないため電車へと乗って学校を目指す。自然とあくびが出るのは精神的な疲れからくるものだろう。
「(みーこからもチャットは来てないし)」
普段ならみーこからもコンスタントに連絡が来るのだが昨日の魔女裁判以降、連絡は無い。それが弥勒の不安を煽っている。
「(こんな調子で果たして次の大天使戦は勝てるのか……?)」
周りからの報告を見ている限り、次に出てくるのは獣型の大天使だと弥勒は推測している。この獣型の大天使はエリスルートに大きく関わってくる敵でもある。
つまり魔法少女たちの人間関係についてもそうだが、エリスについても注意を払わなければならないという事だ。果たして無事に次の戦いを乗り切れるのか、弥勒としては不安で一杯だった。
そんな事を考えていると電車はすぐに大町田駅へと着く。乗っている時間が十分程度のため集中して何かをするには短すぎる。
弥勒は改札を出て学校へと真っ直ぐ向かう。すると後ろから声を掛けられる。
「おはようございます、夜島くん」
声を掛けて来たのはエリスだった。ついさっぎで彼女の事を考えていたため、弥勒はその偶然に驚く。
「おはようございます、ルーホン先輩」
「ふふふ。今日はとっても良いお天気ですね。何か良いことがありそうです」
エリスは弥勒の隣に並んでニコニコとしている。それに彼は少しだけ癒される。
「それにしてもこんなところで先輩と会うとは思いませんでした。電車通学なんですか?」
「お天気が良い日などは電車で通学するんです。その方が季節を感じられますから」
エリスや月音の様なお嬢様は常に車通学だと思っていた弥勒。しかしどうやらエリスはたまに電車での通学もしている様だ。弥勒は素直に相槌を打つ。
「そうだったんですね、知らなかったです」
「お友達からよく意外っていわれるんですけどね」
エリスはそう言ってから手に持っている鞄を何やらゴソゴソとし始める。それを弥勒は黙って見ている。するとそこから一通の便箋を取り出す。
「はい、夜島くん。こちらがこの前のお手紙のお返事です」
「おぉ、ありがとうございます。大事に読ませてもらいます」
弥勒は手紙を受け取って鞄へと仕舞う。てっきりまた教室へ突撃されるかと思っていたのでここで手渡されてホッとする。
最も返事の手紙はエリスの教室に持って行かないと渡すのが難しそうというのは変わらないのだが。
「今から夜島くんのお返事が待ち遠しいです! それにしても昨日は大変でしたね」
「あはは……先輩には情けないところを見られてしまいましたね……」
昨日の事を持ち出されて冷や汗をかく弥勒。まだ付き合いの浅いエリスが昨日の件をどう思っているのか未知数だったため慎重に返事をする。
「夜島くんの事ですから何か考えがあるのかと思いますが、人の気持ちを弄ぶ様な事はダメですからね?」
「はい、気をつけます……」
エリスにやんわりと注意され弥勒は素直に頷く。彼女は他のメンバーと違ってあまり裏が無さそうなためアドバイスに関しても素直に頷きやすかった。
「でも夜島くんはモテモテですね。しかもあんなに可愛い子たちばっかり……わたくし、皆さんと一緒にいると自信を無くしそうです」
「そんな事無いですよ。先輩は素敵だと思いますよ」
弥勒は心からそう告げる。最近の状況から考えるとまともなのはエリスだけだ。それが彼にとっては大きな救いとなっている。最も天然なためいきなり文通を始めたりなど問題もあるのだが、他メンバーに比べれば可愛いものだ。
「まぁ! ありがとうございます。夜島くんにそう言っていただけると自信が出てきます!」
むっふー、と鼻息を荒くして力こぶを作るポーズをするエリス。クラスの男子たちが見ればあまりの可愛さに悶絶するだろう。
「ルーホン先輩ほどの人でも自信を無くす事なんてあるんですね」
弥勒からしたらエリスは美人で、性格も良くて、お金持ちと何でもある様に見える。それ故に彼女が自信を無くすというのは意外なことの様に思えた。
「わたくしなんてまだまだですよ? 魔法少女としてだってまだまだ指示無しでは何をしたら良いか分からないですし……」
「最近は魔法少女も増えて来てチームプレイが大切になってきてますからね。動きが難しいですよね」
エリスの言葉に弥勒も頷く。初期の頃は魔法少女のメンバーが少なかったためそれぞれが全力で動くしかなかった。しかし現在はメンバーが充実している事もあり、各々の役割というのが大切になってきている。
それを考えると魔法少女になったばかりのエリスとしては動きが難しく感じるのは仕方ないのかもしれない。
「そうなんですよ。わたくし、あまり集団行動の経験というものが無くて……」
「初めのうちはそんなもんですよ。何かあったら俺らでサポートしますから安心して下さい」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて色々と頼らせていただきますね」
「ええ、どんどん頼って下さい。絶対に天使たちに負ける訳にはいきませんからね」
そうして話しているうちに学校に着く。弥勒は気にしない様にしていたが、生徒たちからの視線が凄い。やはりエリスと一緒にいると注目されるのだろう。
「それではわたくし、これで失礼しますね。今日もお互い授業、頑張りましょうね」
「はい、頑張りましょう」
エリスはにこやかに挨拶して自分のクラスへと向かって行った。弥勒はそれを見届けてから自分の教室へと向かう。
教室のドアを開けて中へ入る。自分の席に荷物を置いて隣をチラリと見る。すると麗奈は弥勒の方を見ていた。
「おはよう」
「ええ、おはよう」
「昨日は助かった、ありがとう」
「気にしなくていいわ。天使という敵がいる以上、戦力が減るのは困るしね」
弥勒は昨日の仲裁についてお礼を言う。すると麗奈は事もなさげに言う。
「ただあの三人の仲は拗れたまんまだぞ」
「それはあんたが何とかしなさい。そこまでワタシが踏み込んだら余計に拗れるだけよ」
「それはそうなんだけどさ……」
麗奈の最もな言い分に弥勒は歯切れが悪くなる。しかし弥勒としても彼女たちの扱いについてはお手上げ状態なのだ。
「(原作じゃあそこまで仲悪くなってないんだけどな)」
やっぱり自分が原作主人公じゃないから上手くいってないかと考える。結局、この日は授業が全然頭に入ってこないのだった。




