第百二十二話 麗奈の笑み
麗奈は魔女裁判が終わった後は寄り道せずに自分の部屋へと戻って来ていた。そしてベッドに腰掛けながら大きく溜め息を吐く。
「何とか上手くまとまったわね。初めにアオイから連絡が来た時にはどうなるかと思ったけど」
麗奈は今日の魔女裁判への呼び掛けがあった時点で自分がどう行動するのが一番か考えていた。そしてほぼほぼその通りに動けたので彼女は満足していた。
「今回の件でアオイと森下さんの株は間違いなく下がったと見て良いわね」
麗奈は先日、セイバーの正体が弥勒だったことを知った。その際に他メンバーの正体もわかり、副作用についても発覚した。その事から弥勒は副作用を緩和するために自分たちに近付いたのだろうと察していたのだ。
「あいつはどう考えても女好きなタイプには見えないしね」
弥勒の行動パターンや言動を見ていると女好きの遊び人では無いというのはすぐに理解できた。では何故、そんな彼がアオイ、みーこを中心に多くの女の子たちに近付いていたのか。
それは魔法少女たちが副作用により精神的に不安定になる事へのケアのために他ならない。精神的に不安定になるなら誰かが支えれば良い。それが弥勒の出した最適解だったのだろう。
天使という存在がいる以上、魔法少女は戦いを避けられない。それは副作用を避けられないのと同義だ。だから弥勒は慣れないながらも魔法少女たちに近付いたのだ。
その事を理解していた麗奈はいずれ弥勒のケアだけでは間に合わなくなるだろうとも考えていた。だからこそ魔法少女たちの不満が爆発する機会を待っていたのだ。
そしてそれが昨日の魔女裁判の召集チャットだと気付いた麗奈はとある行動をした。
それはケアされる側ではなくケアする側に回るという事だ。不満が爆発したメンバーの怒りの矛先はお互いか弥勒に向かうだろう事は簡単に予測できた。
ここで弥勒の側に付いて上手く事態を収拾できれば彼女はケアされる側ではなくケアする側へと回れる。
そしてケアする側に回るという事は弥勒と同じ立ち位置になるという事だ。魔法少女の中の一人ではなく、弥勒をサポートするただ一人の人間になれる。それこそが麗奈の狙いだった。
もちろん上手くいくかどうかは賭けになる部分も多かった。しかしそれと同時に勝算もあった。
普段の状況を見ていれば、アオイとみーこは弥勒への依存度が高い事はすぐに分かる。不満が爆発するとしたらこの二人からだろうと考えていた。
その一方で月音は弥勒への執着は見られるものの、恋愛感情という意味ではそんなに無さそうな雰囲気であった。そして彼女は他人の揉め事を積極的に解決しにいくタイプではない。エリスもメンバーになって日が浅い事もあり同様である。
つまり麗奈自身が不満を爆発させない限りは、賭けに勝てる確率は高かったのだ。
「ふふふ、これでワタシが一歩リードね。キスするだけが正解じゃないのよ」
麗奈はベッドのそのまま倒れてニヤニヤする。正直に言えば弥勒がアオイ、みーこ、月音とキスしたというのは彼女としてもイラッとした。
とは言え彼女たちに追随して弥勒にキスしたところで女の戦いに勝ち抜く事はできない。そこで方針を思い切って方針を変えたのだが、それが正解だったという事だろう。
「愛花にも今日の事は報告しておかないとね」
麗奈は脇に置いてあるカバンからスマホを取り出す。そして愛花に今日の顛末をチャットする。するとすぐに既読がつく。
『えー⁉︎ 先輩のファーストキスがぁ〜⁉︎』
愛花からは弥勒のファーストキスが既に奪われていた件でショックを受けた様な返信が来る。
『気持ちは分かるわ。でもワタシたちには他には無い強みがあるのよ』
『強み?』
『姉妹っていう事よ』
麗奈は自分の事を美人だと自覚している。これは自惚れという訳ではなく読者モデルとして求められている事からの自信だ。
そして妹である愛花も容姿は優れている。性格も麗奈よりも人懐っこいため学校では人気者だ。告白なども多くされているのを本人からも聞いている。
そんな美人姉妹に迫られたらいくらガードの固い弥勒といえど耐えるのは難しいだろう。それは他の魔法少女にできない作戦だ。
愛花が弥勒に夢中だったのを最初麗奈は良く思っていなかった。しかし弥勒の正体がセイバーとなれば話は別だ。麗奈としても弥勒に気に入られる必要がある以上、愛花という存在は心強い。
『なるほど! さっすがお姉ちゃん! それなら他のライバルたちにも差をつけられそうだね!』
麗奈の考えに愛花も賛同する。それに彼女は微笑む。
すると部屋の窓ガラスがノックされる音が聞こえて来た。麗奈がそちらに顔を向けると窓の外にはヒコがぷかぷかと浮いていた。
彼女はベッドの上から起き上がり、窓を開ける。するとヒコが部屋の中へと入ってくる。
「思ったよりも早かったわね。てっきり明日くらいになるかと思ってたわ」
「副作用の解決方法が思ったよりもあっさり見つかったでやんす!」
実は麗奈はヒコにこっそり指示を出していたのだ。弥勒の家について行き、副作用の解決案についてアドバイスをする事。そして解決案が見つかったら麗奈の家に来て報告するように、と。
「なかなかやるわね。例のブツよ」
「むっひょー! タイガー屋の羊羹でやんす!」
麗奈は仕舞っていた有名和菓子屋の羊羹をヒコへと手渡す。これが今回の報酬という訳だ。
「それでどんな解決策になったのかしら?」
「大人のキスでやんす」
ヒコは器用に袋から羊羹を取り出す。そしてビリビリと包み紙を破いていく。しかしそれとは反対に麗奈は動きが止まってしまう。
「は……?」
彼女はヒコの言った言葉が理解できていなかった様で、しばらくフリーズしてからワナワナと震え始める。
「い、いいい今、何て言ったのかしら⁉︎ ま、まさか大人のキスだなんてワタシの聞こえ間違いよね⁉︎」
「んへ? 言ったでやんすよ? 体液の交換をすれば光と闇の魔力が良い感じに混ざるでやんす。簡単にできるしベストな解決案でやんす!」
麗奈は無言でヒコが破いていた羊羹を取り上げる。その表情は恐ろしい事になっている。
「ぬなっ⁉︎ あっしの羊羹がー! な、なにするでやんすか⁉︎」
「なにするか、じゃ無いわよ! 大人のキスなんてダメに決まってるでしょー!」
麗奈はヒコに怒鳴る。彼女としては副作用の解決方法について何か見つけ出せれば自らが実験台になるつもりでいた。
そうする事で弥勒からの更なる信頼が得られると考えていたのだ。だからこそヒコにスパイな様な事をしてもらっていたのだ。しかしその答えが大人のキスというのは彼女の予想を遥かに超えていた。
「これじゃあ他のメンバーとの距離も更に縮まっちゃうじゃない!」
弥勒とキスできるのは麗奈としても嬉しい事だ。しかしそれが定期的に他メンバーとも行なっていくとなれば話は別だ。それだったらやらない方がマシだ。
「っていうかそんな事したらむしろ関係が悪化するじゃない!」
「ようかんが〜……」
ただでさえ複雑な弥勒を巡る関係。それに大人のキスなんて要素が加わるものなら事態が更に悪化するのは目に見えている。それは麗奈としても望むことでは無い。
「でもそれがベストでやんすよ。蚊にでも刺されたと思って大人のキスをするでやんす」
「蚊に刺されて腫れるくらいじゃ済まないのよ! 恋愛なんて惚れた腫れたの頃が一番大変なの!」
そう言いつつも麗奈はヒコに羊羹を戻す。混乱して羊羹を取り上げてしまったが、元々は協力に対する報酬だ。取り上げるのはさすがに間違っていると思ったのだ。
「羊羹が戻って来たでやんす〜!」
「とりあえず他の解決案を探しなさい。今回のは聞かなかった事にするわ。だから他の誰にもこの事は言っちゃダメよ」
どうやら麗奈は弥勒と同じ様に何も聞かなかった事にした様だ。ヒコも羊羹を食べながら頷く。
「分かったでやんすー」
「(まぁ弥勒もこの案を実行するとは思えないから黙っておけば問題ないわね)」
こうして大人のキス作戦は弥勒と麗奈により闇に葬られたのだった。しかしこの二人は忘れていた。魔法少女の中にとびきりの天才がいるという事を。




