第百二十話 魔女裁判
「裁判長のエリス・ルーホンと申します。本日はよろしくお願い致します」
みーことの日帰り旅行の翌日、弥勒たちはエリスの家に集まっていた。アオイとみーこの召集により魔法少女は全員集まっている。ついでにヒコも。
「あっし、裁判を見るのは初めてでやんす!」
「全く、くだらない事で呼び出さないでちょうだい」
「く、くだらなくなんか無いよ! というかむしろ神楽先輩が主犯といっても過言ではないよ!」
月音は素直に召集には応じたものの今回の魔女裁判には全く興味が無いらしい。つまらなさそうにしている。
「アタシとしても神楽先輩には是非いて貰わないと話にならないんですよね」
すでにヒートアップしているアオイとは別にみーこほ方は冷静に見える。しかし実はそうでもない。彼女も内心ではアオイと同じくらい怒り狂っているのだ。
「ハァ……全く……たかが恋愛感情に振り回されるなんて愚かなものね。ましてやキスの一つや二つ……」
「むしろ恋愛感情も無いのにキスできる神楽先輩の方がおかしいんじゃないですか? 弥勒くんの事を何だと思ってるんですか⁉︎」
「スキンシップよ。彼は良い研究材料なのだから大切に飼ってあげるのが礼儀でしょ?」
アオイの質問に対してとんでもない発言をする月音。彼女にとって一番大切なのは未知への探究心なのだ。それを刺激してくれる弥勒は彼女にとって最高の存在である。それ故に恋愛対象でないとしても執着の対象になり得る。
「意味不明なんだけど」
「あなたたちに理解される必要は無いわ。大切なのは私と彼との関係だもの。それにキスについて言うならあなたたちだってしたのでしょう? なら文句を言われる筋合いは無いわ」
「「うぐぅ……」」
月音の指摘に反論できないアオイとみーこ。
「ヒコさん、裁判長って何すれば良いんでしょうか?」
「むむむ……無罪か死刑か決めれば良いでやんすよ、きっと」
ヒートアップしている三人とは裏腹に蚊帳の外にいるエリスとヒコは裁判長の役割について話し合っている。
その隣では麗奈と床に正座している弥勒がいる。麗奈は呆れた顔をしながら彼に告げる。
「だから二股は止しなさいって言ったのに。きちんと管理しないで三人目にも手を出すからこうなるのよ?」
「いや二股なんて……とは言えない状況だよなぁ」
日帰り旅行から数日経てばお互いに少しクールダウンするだろうと考えて昨日は解散の流れに持っていったのだ。しかしまさか次の日に全員集められるとは予想外であった。
そしてこの状況を見て弥勒も流石に二股説を否定出来なくなっていた。明らかに痴情のもつれという奴だろう。
「ちなみに今、セイバー教の教祖になれば女子高生一人と女子中学生三人が揉め事無く付いてくるけどどうする?」
「………………遠慮しとく」
さりげなく麗奈は弥勒のピンチな状況を見て自らの宗教へと誘い込もうとする。しかし弥勒はその誘惑をギリギリで跳ね除ける。
「まぁあんたが何を言おうが教祖になるのは決定事項なんだけどね」
「おい……これ以上、ややこしい事は起こさないでくれよ?」
弥勒の言葉に返事はしない麗奈。それに彼は顔を引き攣らせるものの、それ以上の追及はしなかった。
「別に彼は誰とも付き合ってないのだし、キスをするのにいちいちあなたたちの許可を取る必要は無いわ。そもそもあなたたちが怒ってるのはファーストキスを私に奪われた嫉妬からでしょう?」
「ぬぬぬ…………そ、そうだよ! 嫉妬してるんだよ! それの何が悪いの⁉︎ 弥勒くんはあたしのものなの!」
アオイが目の前にある机をどんどんと叩きながら怒る。月音の指摘はまさにその通りだった。口論では彼女に勝てないと悟ったアオイは開き直ってアピールする。
「はぁ? 寝言は寝て言って欲しいんだけど。昔からみろくっちはアタシの運命の相手って決まってる訳。ぽっと出の脇役が横からしゃしゃり出ないで欲しいんですけどぉ?」
「なにそれ。運命の相手とか。森下さんって思ってたより痛い人なんだね」
結局、アオイとみーこの口論へと戻る。これでは昨日と同じ状況である。
「小学生の頃に離れた幼馴染が、不思議な力に導かれて再会する。これはどう考えてもみろくっちとアタシが結ばれる流れでしょ。むしろつい数ヶ月前に出会ったばかりの人間なんて薄っぺらいだけだし」
「ぷぷ、今時幼馴染とか言ってるなんて負けヒロイン確定じゃん!」
「はぁ? さっきからあんた何なの⁉︎ マジ不愉快なんだけど!」
「あんた達いい加減落ち着きなさい!」
よもや取っ組み合いが始まりそうだという瞬間に麗奈がストップを掛ける。横からのいきなりの大声に二人は思わず動きを止めてしまう。
「二人がヒートアップするのは良いけど、そこに弥勒の気持ちはある訳? それが無いならあんた達のしてる事ってただの独りよがりよ」
勝手に弥勒を教祖にしてセイバー教を布教するという、彼の気持ちを一番考えていない麗奈が二人を説教する。完全なブーメランではあるものの言ってる事は正しいためアオイとみーこも止まらざるを得ない。
「でも……」
「でも、じゃないの。アオイの気持ちは分かるわよ。でもそれで森下さんや神楽先輩を傷付けて弥勒が喜ぶ訳ないでしょ」
「…………うん」
「森下さんだって幼馴染って言うのは何しても良い免罪符にはならないのよ。幼馴染だからこそ弥勒の気持ちに寄り添ってあげなきゃいけないんじゃ無いの?」
「…………そうね」
二人は完全に麗奈の意見にクールダウンする。それを見て弥勒は一安心する。
「なかなかやるわね」
「凄いです……!」
月音とエリスもその手腕を認める。しかし麗奈はそれだけでは終わらない。
「ただ二人の気持ちも分かるわ。そもそも今回の件の原因はみんなに良い顔して乗り切ろうとしている弥勒じゃないかしら?」
「確かに……」
「そだね」
「一理あるわね」
「否定できません……」
今までは三人で争っていたのが、全て弥勒へと集約される。それに彼は慌てる。
「い、いや……それは……」
「裁判長、判決の時間でやんす」
いつのまにか三角形のタイプの黒いサングラスに付け替えていたヒコがエリスに判決を促す。すると彼女はハッとした顔をしながら神妙に頷く。
「とんとん。それでは夜島被告に判決を言い渡します!」
裁判の雰囲気を出そうとしたのか、エリスは裁判官が行う小槌で叩く音を口で真似する。
「残念ながら……そのぉ……し、死刑です……」
ヒコから無罪か死刑かの二択と聞かされたエリス。弥勒はどう考えても無罪ではないので残念ながら死刑という選択になってしまった。その事をエリスは悲しんでいる。
「や、やり直しを要求する……!」
「見苦しいでやんすよ。もう判決は下されたでやんす」
タバコをふかしながら無慈悲な宣告をするヒコ。手にはブラックの缶コーヒーをもっている。ハードボイルドごっこをしているのかもしれない。
「はいはい、ヒコもエリス先輩で遊ばないの。先輩もアホ妖精の言う事をいちいち信じないで下さい」
麗奈がヒコとエリスをたしなめる。彼女に注意されたヒコはすぐにいつものハートのサングラススタイルに戻る。
「ですが、結局どういう形で決着をつけるつもりなんでしょうか」
「そうね……とりあえずこれから弥勒が魔法少女の誰かと何かをする際にはグループチャットで連絡する事。これならお互いに出し抜こうとしても分かるでしょ」
麗奈の提案にアオイとみーこは嫌そうな顔をする。しかし知らないうちに出し抜かれるよりマシだと考えたのか文句は言わなかった。
「それからワタシ達の副作用を緩和する方法を探しなさい。それが今回の罰よ。魔法少女たちが暴走してるのもそれが大きな原因なんでしょ? だったらそれを解決しない事には同じ事の繰り返しよ」
「……わかった。その辺りはヒコとも相談して考えていく」
麗奈の言葉に弥勒は頷く。やはり彼女たちも副作用によりマイナスの感情が増幅される事をよく思っていない様で全員頷く。
こうして魔女裁判は終わるのであった。ただしアオイ、みーこ、月音の関係はこじれたままとなってしまったが。




