第百十七話 日帰り旅行後編
牧場へと到着した二人は早速、中に入って動物たちと触れ合える場所を目指す。休日ということもあって人の姿は多い。特に親子連れが多いのは牧場だからだろう。
「こっちから園内を見て回るバスが出てるみたい。乗る?」
「おー、いいね」
二人は園内を巡るバスのチケットを販売しているカウンターへと向かう。そこには既に何人もの人が並んでいた。
「すいません、高校生二枚お願いします」
「はい、学生証をお見せ下さい」
販売員の指示に従って弥勒とみーこは財布から学生証を取り出して見せる。
「ありがとうございます。一人900円になります」
二人はお金を支払いチケットを購入する。そして脇に停めてあるバスに早速乗り込む。それから少しして定員に達したバスが出発する。
「バスに乗ってばっかりだな」
「確かに! バスデートって感じ」
バスが少し進むとすぐに動物たちの姿が見えてくる。それにみーこは喜ぶ。
「見て見て! あれ、羊でしょ! モコモコしてる〜!」
「何匹くらいいるんだろうな」
ずんぐりとした体形の羊たちが群れで集まっている。特に何かしている訳ではなく、何となくそこに集まっているだけのようだ。
「抱きついたら気持ちよさそうだし!」
「ははは、確かに」
そのままゆっくりと羊ゾーンを通り過ぎる。すると次の動物が見えてくる。
「うわ〜、角すっごいけど何の動物か分からない! うし?」
みーこが笑いながらその動物を観察する。茶色っぽい色をした毛が伸びており、目元を隠している。そして頭からは大きな角が生えている。
「毛が長いから分かりにくいけど牛だろ、多分……」
二人が見ているのはスコットランドの在来種であるハイランド牛である。なので二人の予想は当たっている。
「写真撮っておいて後で調べよ」
みーこはスマホを取り出してパシャパシャと写真を撮っていく。動物との距離はしっかり保たれているためシャッター音で驚かせるような事はない。
そしてスマホを少し触ってから鞄へと仕舞う。みーこはニンマリしている。
「良い写真が撮れたし、やっぱり動物は可愛い」
「次の動物は……アルパカ……?」
羊と同じ様にモコモコしているが、首が長いのを見てアルパカだと判断する弥勒。みーこもそれに頷く。
「アルパカだね。うーん、アタシ的には羊の方が可愛いかなー」
「そんな違いないだろ」
「アルパカって何か顔がちょっと怖いんだよね。可愛いんだけどさ!」
そう言われて弥勒はアルパカの顔を見つめる。何故だか分からないがアルパカは口をくちゃくちゃさせている。
「怖いっていうか、少しムカつく顔してるかも……?」
この流れで色々な動物を見ながら感想を言い合う二人。そしてあっという間に園内を回るツアーが終わる。
「あー、楽しかった! 個人的にはロバが可愛かったかな」
「確かにロバってちゃんと見た事無かったからウマとの違いが分かってなかったわ」
「だね! 耳がキュートだった。今年のハロウィンはロバ耳でも付けようかな〜。あ、ちょっとお手洗い行ってくるね」
みーこはロバに対する感想を述べてからお手洗いへと向かう。弥勒は彼女が離れていくのを確認してから慌ててスマホを取り出す。
するとアオイからチャットのメッセージが10件ほど届いていた。弥勒はそれを確認していく。
『だれ?』『海鮮丼』『これでしょ』『(海鮮丼の写真)』『森下さんだよね?』『旅行してるんだ』『今は牧場?』『無視するんだ……』
「や、やばい……というか何で海鮮丼の写真を……」
弥勒はアオイからのメッセージを見て驚愕する。そしてすぐにみーこがSNSに上げた写真を見たのだと気付く。それ以降も彼女はちょいちょいスマホを触っていたので、もしかしたらリアルタイムで状況を自分のSNSに上げているのかもしれない。
「急いで返信しなければ……」
そう言って文章を作ろうとするが、言い訳が全く思い浮かばない。すでに海鮮丼も牧場もバレている。ここからどう言えばアオイが落ち着くのか全く思い浮かばないのだ。
「…………くっ」
しかし既読はつけてしまった以上、何かリアクションをしないとアオイの方は更にヒートアップするだろう。そのため必死に文章を考える。
『動物たちに囲まれて和みました』
「いや流石にこれは無いだろ……」
自分の文才の無さに呆れる弥勒。そして入力した文章を消そうとした瞬間だった。
「お待たせ!」
「うおっ⁉︎」
みーこが帰って来た事に驚いて間違えて送信ボタンを押してしまう。慌ててそれを取り消そうとするもののすぐに既読マークが付いてしまう。そうなると今からメッセージを取り消すのは悪手となるだろう。
「どったの?」
みーこは首を傾げている。弥勒は諦めてスマホをポケットへとしまい、彼女へと向き直る。
「い、いや……急に声かけられたからビックリしただけだ」
「ふーん」
弥勒の顔を見てみーこは何やら疑わしそうな表情をする。しかし彼の事を追及する事はなく再び腕を絡めてくる。
「なら次はブルーベリー狩り行くでしょ?」
「ああ……」
動物たちのいるエリアから出てブルーベリー農園の方へと向かう。みーこは弥勒の方に顔を近付けてご機嫌そうにしている。そんなに近づけると歩き辛いのではと弥勒は思ったが口には出さない。
それから農園の入口に入り、二人分の料金を支払う。時間は30分という事だった。
「黒くて落ちそうになってブルーベリーが一番美味しいって書いてあるね」
みーこは入口に書いてある看板を読む。そこには園内での注意事項や美味しいブルーベリーの見分け方などが書いてあった。
それを確認してから二人はブルーベリー狩りを始める。
「お、いきなり大きいのあった! 採っちゃお!」
みーこは早速、食べられそうなブルーベリーを見つけて採る。そしてそれをすぐに口に運ぶ。
「ん! 甘い! ブルーベリーって改めて食べると美味しい」
それを見て弥勒も目に入ったブルーベリーを摘んで口へと運ぶ。すると口の中に甘い味が広がる。
「美味い! ブルーベリーってこんな甘いもんだっけ?」
弥勒もブルーベリーの美味しさに感動する。やはり自分て採っているからというのも大きいのだろう。
「みろくっち!」
「ん?」
「はい、あ〜ん」
「んむっ⁉︎ 美味い……」
みーこは弥勒の口にブルーベリーを放り込む。不意打ちを喰らいながらもそれをしっかり味わう弥勒。
「アタシのあーんのお陰でブルーベリーは更に美味しくなってるのサ」
「お、これ何個かまとめて食うと美味いぞ」
「聞けし」
みーこのボケをスルーして弥勒はブルーベリーに夢中になっている。それにツッコミを入れるみーこ。
「でも確かにまとめて何粒か食べた方が美味しい。贅沢だけどねー」
二人揃ってパクパクとブルーベリーを食べていく。
「ぶどうとはまた全然味が違うね。見た目は似てるけど」
「どっちかと言うとベリーって言うくらいだからストロベリーとかそっちに近いんじゃないのか?」
「いちごって樹じゃないじゃん」
「確かに……って事はベリーってちっこいフルーツのグループ的な感じなのか?」
「うーん、そうなのかも……?」
二人で「ベリー」とは一体何なのかという迷宮に入ってしまう。そんな話をしながらも合間にブルーベリーは食べている。
そしてブルーベリー狩りが出来る30分が終わる。採ってまだ食べていない分はパックに入れて持ち帰りとなる。
「いやー、満足満足。ブルーベリージャムも買ったし」
「あと30分くらいで集合時間だな」
「うん、そだね。ってヤバい!」
時間を見て帰りのバスまでの時間があと30分ほどになっていると告げる弥勒。するとみーこが慌て出す。
「どした?」
「せっかく牧場に来たのにソフトクリーム食べてない!」
そこから二人は残り時間もあるため急いでソフトクリームを食べに行った。それからお土産コーナーを物色していくつか購入してからバスへと戻るのだった。
「ギリギリセーフ!」
「最後はバタバタだったなー」
こうして日帰りツアーは終了した。案の定、二人は帰りのバスで爆睡してしまいまたもやアクアラインを満喫する事は出来なかった。そして大町田駅へと戻ってくるのだった。




