第百十四話 動画制作チーム後編
天使との戦いを終えて、ようやく麗奈の部屋へと辿り着く。そこは思ったよりもしっかりしたアパートであった。
アパートの入り口にはオートロックの扉が付いている。女子高生の一人暮らしという事で防犯設備が整っている所を選んだのが分かる。
そのまま麗奈について行くと「202号室」で立ち止まる。ここが恐らく麗奈の部屋なのだろう。彼女は鞄から鍵を取り出して部屋の扉を開ける。
「ただいまー」
そう言いながら部屋の中へと入っていく。弥勒と愛花たちもそれに続く。
「お邪魔しまーす」
玄関で靴を脱いで麗奈の部屋へと足を踏み入れる。弥勒が初めて入った彼女の部屋は比較的シンプルに纏まっていた。
勉強机、ベッド、クローゼット、薄いピンクのカーテン、そして本棚。しかしよく見るとその本棚の上に変なものが乗っている。
「お、おい……何だよアレ」
「何ってセイバー様グッズじゃない」
麗奈からは何を言っているんだという顔をされる。まるで神棚のようになっているそこにセイバーグッズが綺麗に並べられていた。そして短い時間だが、それに祈りを捧げる麗奈。
弥勒はドン引きであった。しかし驚愕はそれでは終わらない。弥勒の後から入ってきた三人も自然にセイバーグッズに向かってお祈りをしている。
「ちょっと待っててね。テーブル出すから」
麗奈は何事も無かったかのように部屋の隅から折り畳みのテーブルを取り出して広がる。そこに愛花がスーパーで買ったお菓子などを置いていく。
「さて配信の準備をしましょうか」
すると各々が準備を始める。麗奈は勉強机に置いているPCの電源を入れる。小舟も自ら持ってきていたPCを起動させる。凛子はお菓子と飲み物の準備をしている。そして愛花は簡単なストレッチをしている。
「俺は何したら良いんだ?」
「ドンと構えてなさい。あんたがリーダーでしょ」
初めての参加なのにリーダー扱いされている弥勒。何もやる事が無い様なので神棚にあるセイバーグッズを眺めている。
グッズの数はセイバー人形が一番多い。特に麗奈と同じカラーの赤いものだ。中には紙相撲のようなポーズをした赤セイバー人形とメリガネ人形が向かい合っているものなどがある。しかもお互いの手が荊棘で繋がれている。
端っこの方にはデフォルメされた魔法少女人形も五体並んでいる。意外とよく出来ていたため弥勒は手にとって確かめてみる。すると背中側に小さなポケットが付いており、そこには紙が入っていた。弥勒はそれを取り出してみる。
メリーガーネット人形には「大吉。正妻になるでしょう」と書いてあった。メリーインディゴ、メリーアンバー、メリーパンジーの人形には「末吉。友達止まり」と書いてある。そしてメリースプルース人形には「大凶」とだけ書いてあった。
「(やべぇ、見なかった事にしとくか……)」
弥勒はそっと人形を元の場所に戻した。そんな事をしているうちに配信の準備が整った様だ。
「よし、今日の内容をおさらいするわね。今日は大天使についての解説よ。途中でリスナーから来た質問にも答えていく形だからよろしくね」
「「「はーい」」」
麗奈の音頭により各自が持ち場につく。麗奈はスケッチブックを持って待機状態に入る。そして愛花が勉強机のPCの前に座る。小舟と凛子はもう一つのPCで配信ページを開いておく。そしてスマホでも同じページを開いている。
弥勒もその二人の後ろから画面を覗く。すると麗奈が愛花にGOサインを出す。こうして配信がスタートした。
「みなさん、こんにちはー! 繋がる絆は誰かの光、メリーピーチでーす!」
愛花がお決まりの台詞を言う。すると早速何人かから反応があった。それに彼女は律儀に反応していく。
「クタローさんこんちゃー。みるさんこんちゃー。04さんこんちゃー。音量だいじょぶそーですかー?」
弥勒たちが見ている画面ではメリーピーチが喋っている。もうすっかり配信に慣れているのか愛花は淀みなく喋っている。
こういった配信の現場というのはそうそう見る機会があるものでは無いので、弥勒も関心しながら見守っている。
「それじゃあ、今日のテーマは『大天使』でーす! ぱちぱちぱちー」
『大天使?』『中ボスの気配』『天使より強いと見た!』『宗教系Vtuber』
「そう、奴らは人類の敵な……って誰が宗教系Vtuberよ! ちょーっとセイバー様の魅力を伝えてるってだけじゃない! あっ、セイバー教への入信希望者は下の概要欄に詳細書いてあるよ〜」
『やっぱ勧誘じゃねーか!』『隠そうともしない宗教感』『そう考えるとむしろクリーン』『大天使について知りたい』
コメントを見ているとやはり宗教臭さはある様で非難のコメントもそれなりにある。しかし愛花はそれを気にせずに進めていく。配信の内容上、多くのアンチが出てくる事は想定内だったのだろう。
「(怒ると麗奈っぽくなるんだな。さすがは姉妹)」
弥勒は愛花の喋りを見ながらそんな事を考える。すると凛子が彼にお菓子を差し出してくる。チョコレートを受け取って口に運びながら続きを見ていく。
「という訳で大天使とはそれぞれの天使の系統のボスなんだよね。天使の系統についてはみんな覚えてる?」
『土、水、炎、風』『メガネ、サングラス、コンタクト、VR』『ラーメン、パスタ、うどん、フォー』
「全然ちがーう! 獣、魚、鳥、蟲、人、霊、無だよ! それぞれの系統にボスがいてこいつらが強いの。空に大きな魔法陣が出てきたら出現の合図かも?」
最後が疑問系になっているのは人型の大天使が魔法陣なしで出現したからだろう。
『全部倒したの?』
リスナーから質問が入った。すると麗奈がカンペに「鳥、人、魚」と記入する。そして「魚」のところに矢印で「この前のクジラ」と書いている。それを見た愛花がカンペを参考に質問に答えていく。
「私たちが倒したのは鳥、人、魚の大天使だね! 魚型の大天使はこの前、出現した大きなクジラだよ!」
『魚じゃねーじゃん』『ビル消失事件のか……』『オレ、あの化物見たぞ!』『私も見た』
そこから一時間ほど配信をしていく。メインテーマは大天使についてで、その他はリスナーとのやりとりがメインだった。アンチコメントはやはり目につくものの無事に配信が終了する。
「それじゃあまた次回、お会いしましょー! ばいばーい!」
『乙』『おつかれさまー』『バイバーイ』
愛花はきちんと配信が終了しているのを確認してから一息つく。そしてこちらへと向き直る。
「終わりました!」
「愛花、おつかれ」「愛花ちゃん、お疲れ様」「愛花、おつ!」「愛花ちゃん、おつかれ」
さりげなく凛子がネット民に影響されて口調が雑になっている。
「今日も特に問題無かったわね」
「そ、そうですね。あとは私の方でアーカイブ動画にして公開しておきますね。それと配信動画を編集して大天使の説明用ショート動画を作っておきます……」
「さっすが、小舟ちゃん!」
小舟がそう言いながらも早速作業に入る。彼女がこのチームの真のリーダーである。何故なら彼女以外に動画の編集などは出来ないのだから。
「愛花ちゃんが配信者で、麗奈が監督兼カンペ。それで小舟ちゃんが編集者なんだな。俺と凛子ちゃんは何も無いのか」
「ちょっと弥勒先輩、失礼っすよ! あたしにはお菓子と飲み物を配るという重要な役割があります! 弥勒先輩だってさっきチョコを受け取ったじゃないっすか」
弥勒の言葉に凛子が反論する。女子にとってお菓子と飲み物というのは弥勒が思っている以上に大切なのかもしれない。
「それに凛子ちゃんももう少ししたらメリーライムとして動画に出て貰う予定なんですよ!」
愛花の言葉に驚く弥勒。凛子はドヤ顔でポーズをしている。確かに女子二人の方が掛け合いも出来てリスナーとやり取りしながら進めるよりも安定した展開が作れるかもしれない。
「そうだったのか。どんどん魔法少女が増えてくな……」
こうして無事に動画配信は終了した。この後は当然、女子たちによるお菓子パーティーが始まり、弥勒は気まずい思いをするのであった。