第百六話 人体実験?後編
月音の実験と考察により天使の行動をジャミングすることが可能となるかもしれない。弥勒はその詳細について彼女に尋ねている。
まず魔力を呼び出すには意志が必要である。そして意志に引っ張られた魔力は脳波を通して現実世界へとやってくる。それを更なる意志で形に変えるのが人間の使う魔法である。
また脳波には個人差があり、それが魔法を使える人と使えない人を分けている。
そして天使やドローン、テディベアはこの魔法により生み出されたもので彼らが使う魔法は事前にプログラムされたものである。
このプログラムは脳波で出来ている。そして彼らが魔法を使おうとするとこの脳波が現れるため、そこをジャミングすれば敵の妨害が出来ると言う事だ。
弥勒は頭の中を整理した。そして先ほどの月音の台詞の意味を問う。
「大天使と天使はプログラムの構成が違うってどういう事ですか?」
「恐らく最低限のプログラムしかされてないのよ」
月音の説明はこうだ。
通常の天使はまず状況を確認する。そこから魔力をこの世界に呼ぶ。呼び出した魔力を魔法に変える。ターゲットを定める。攻撃を放つ。天使はこの流れ全てを事前に組み込まれた脳波(電波)でコントロールしているのだ。
その一方でヒコや大天使は魔力をこの世界に呼ぶという部分でしか事前に組み込まれた脳波(電波)を使っていない。あとは意志の力を使ってコントロールしているのだ。
「便宜上、天使とアンバードローン、テディベアは魔法人形と名付けましょう。そして大天使と闇の妖精は魔法生物ね」
これにより各々の立場が明確になる。
人間は魔力、意志、脳波により魔法を操る。魔力に意志でアクセスして、脳波を介して顕現させる。顕現した魔力を意志により魔法へと変換する。
魔法人形は魔力、プログラムにより魔法を操る。事前に組み込まれたプログラムに沿って魔力を呼び出すところから魔法を放つまでの作業を行う。
魔法生物は魔力、意志、プログラムにより魔法を操る。魔力に意志でアクセスして、プログラムにより顕現させる。顕現した魔力を意志により魔法へと変換する。
「なるほど。何となく分かりました」
弥勒は月音の解説で大まかなシステムを理解する事が出来た。
「あとはジャミングを実現させるための装置作りね。天使の出す電波が私たち魔法少女と同じものとは限らないわ」
「つまり俺の脳波も測定したいって事ですか?」
月音たち魔法少女はヒコによれば闇の力である。そして弥勒と天使たちは光の力を使っている。この違いが脳波に出ていてもおかしくは無い。そのためサンプルとして弥勒の脳波も記録しておきたいのだろう。
「ええ、いずれね。どうせなら他の魔法少女の脳波を測定したいから一緒にやりましょう。サンプルは多い方が良いわ。あと闇の妖精も」
実験するにおいてサンプルは多ければ多いほど、平均化されブレが小さくなる。月音とてしは関係者のデータは極力取っておきたいのだろう。
「この理論でいくとこの貧相な指輪も魔法人形という事になるわね」
月音はそう言ってルビーの指輪ではなく、メリーアンバーに変身するための指輪を出現させる。安っぽい黄色の指輪だ。
「この指輪自体に特定条件で出現、キスで魔法少女へと変身、変身時に脳波を特定の波長へ変化させる。この三つのプログラムが指輪に組み込まれている事になるわ」
指輪に対して魔法人形というのも変な呼び方だが確かに理に適っている。
「魔法少女が五人しか作れない理由もこれなら分かるわ」
ヒコは五人しか魔法少女になれないと断言していた。その理由が月音には分かった様だ。
「ヒコは契約してからずっとこの指輪を魔法として維持し続けているのよ。私で言えばずっとドローンを出し続けている様なものよ」
身体あるいは本体が魔力で出来ているものにとって魔力切れは致命的だ。魔法生物は意志があるため身体を維持する魔力が切れそうになったら自ら補給できる。
しかし魔法人形は自らの意思で魔力を補充する事が出来ない。本体を維持する魔力が切れたら消滅するか、外部から魔力を補給するしか無いのだ。
つまりヒコは指輪が消滅しないように魔力を送り続けているという事だ。だからこそ指輪を出せる数には限界がある。増えすぎるとヒコの魔力供給が追いつかなくなり、指輪が消えてしまうから。
「だとしたら俺の宝玉も?」
「恐らくね。ただ貴方の使ってる宝玉はこの指輪とは比べ物にならないくらい複雑だから魔力を自動供給するプログラムが組み込まれてても不思議じゃないわね」
弥勒は自身が変身する時に使う宝玉を思い浮かべる。変身だけでなく各フォームによって最適な場所に移動して弥勒の技をサポートしてくれている。間違いなく魔法少女たちの指輪よりも複雑なシステムで動いているのだろう。
「あれ? でも俺は変身してないのに普通に魔力が使えますよ。何でですか?」
宝玉によるサポートが無くても弥勒は魔力を引き出して扱う事ができる。その事を月音に尋ねる。
「知らないわよ。貴方が自分の力について何も話さないのに私が分かる訳ないでしょう」
「うぐっ……」
最もな指摘をされ弥勒は言葉に詰まる。弥勒は彼女たちに異世界の事も、女神から貰った力についても説明していないのだ。月音が分からないと答えるのも当然だろう。
「ツキちゃん先輩の説明だと特定の波長さえ出せれば魔法は誰でも使えるんですよね? それに意志の力があればどんな魔法でも出せるって事ですか?」
魔法には人によって得手不得手がある。それは弥勒が異世界で実感した事だ。そして魔法少女たちも全員が同じ技を使える訳ではない。
「そっちは脳波というより意志の問題になるはずよ。ここからは推測になるのだけれど意志の強弱、向き不向きが魔法に影響していると思うわ」
意志があまりにも弱いと脳波の波長があっても魔力は呼び出せない。魔法少女や弥勒たちに起こる魔力切れもこの現象によるものだと言う。
同じ意志を何度も繰り返すとその意志は次第に弱くなっていってしまう。初めて食べて感動した食べ物を毎日食べていたらその感動も薄くなる。それと同じだ。魔力切れというよりも精神力切れと言った方が良いかもしれない。
そして魔法の得手不得手も意志の向き不向きに左右される。すごく簡単に言えば短気な人間は火属性が得意、頑固な人は土属性などだ。実際にはもっと細かい条件などがあるので一概にそうとは言えないのだが。
「なるほど! これで色々と納得しました」
「それなら良かったわ。私としても今日は得られるものが多かったわ」
月音はそう言いながらガチャガチャと弥勒に付いている手錠を外していく。彼はそれを意外そうに見つめている。
「(思ってたより何も無くて良かった……)」
口に出すと変な事をされそうなので、弥勒は黙ったままでいる。そして全ての枷が外され彼は自由の身となる。もちろん服のボタンもきちんと閉じる。
今回は人体実験というよりも魔法の講義といった感じであった。聞く側の弥勒の体勢は変なものであったが。
「暗くなってきたし、今日はこれくらいにしましょう。本当なら色々とご褒美をあげる予定だったのだけど、調べたい事も出てきたわ」
月音は今日の実験の結果や弥勒との会話から研究したい事が出てきたのだろう。彼女の本質は研究者である。やりたい事があればそちらを優先するのは当然である。
「分かりました。今日は色々教えてくれてありがとうございました」
弥勒は頭を下げてお礼を言う。月音のお陰で彼としても魔力に関する知見が深まった。それは今後の戦いにも活きてくる事だろう。
「私の方こそ面白かったわ」
月音はそう言って手元にあるコントローラーを弄った。すると扉のロックが解除されて部屋から出れる様になる。
「お疲れ様でした。それじゃあまた学校で」
それだけ言って弥勒は部屋から出ようとする。月音に背中を向けて部屋を一歩出る。するとそこで彼女から声を掛けられる。
「せっかくだから少しだけご褒美をあげるわ」
弥勒が振り返った瞬間に軽く服を引っ張られる。すると月音の顔が弥勒の顔の目の前にあった。
唇と唇が僅かに重なる。
月音は悪戯っぽく笑う。彼女は手元のコントローラーのスイッチを押す。そして扉が再び閉まり、弥勒は部屋から閉め出される。
「……え?」
そこにはポカンとした弥勒だけが取り残された。




