第百五話 人体実験?中編
「上手くすれば天使の攻撃を妨害する装置を作れるわ」
「なっ⁉︎」
弥勒は月音の言葉に驚愕する。まさかこの時点でそんな大きな進展があるとは思っていなかったのだ。原作における月音のグッドエンドでは天使をスマホで撃退できる様になる。しかしそれは本編から何年か後の話だ。エンディング後の一幕として出てくるだけである。メインストーリーの中でそういった画期的な装置は生まれていない。
「どういう事ですか⁉︎」
「天使は恐らく私の出すアンバードローンや、メリーパンジーの出すテディベアに近い存在よ」
「アンバードローンに?」
弥勒はその中に妖精であるヒコの名前が無い事に疑問を覚える。妖精も魔力から作られた存在のはずである。
「ええ、順を追って説明するわ。まず精神領域に存在する魔力を引き出すには意志の力がいる。ここは良いわね」
「はい」
「じゃあ魔力はどうやって精神世界から、この物質世界にやって来ると思う?」
その質問に対して弥勒は答える事ができない。魔力は呼び出せば来るものだと思っていたのだ。月音から魔力と意志の関係を聞いてもどうやってこちらにやって来るかとは考えた事がなかった。
「その答えは脳波よ」
「脳波……?」
思っていたよりも科学的な答えに弥勒は戸惑う。
「人間は何かをしたりすると脳波を出すわ。それはもちろん意志を強めた時も同様よ。つまり意志と同時に脳波が出ているの。魔力は意志に同調する事により、その脳波を介してこちらの世界に介入するのよ」
「なるほど……」
月音の説明を弥勒も何となくだが理解する。つまり魔力と意志が繋がるから、意志と繋がっている脳波も魔力と繋がるという事だろう。
「この脳波というのが重要なのよ。脳波にも精神世界にアクセスしやすい波長とそうで無い波長があるの」
「もしかしてそれが魔力を使える人と使えない人の違いですか……?」
「ええ。ちなみにこれは私が事前に知り合いのラボで測定した自分の脳波データよ。宝石から魔力を取り出そうしている時の脳波を測定したの」
そう言って月音はPCの画面を弥勒へと見せてくる。縛られているため見づらいが、画面には赤と青の二つの波が表示されている。
「赤い脳波が私の通常時の脳波よ。そして青い方がメリーアンバーになった時に出ている脳波よ」
「明らかに形が違いますね」
どうやら月音は事前に自らの脳波の測定を行っていた様だ。そして変身後と変身前の脳波を比べてみると何やら波形が異なっている事が分かる。
「本当なら貴方の脳波も測定したかったのだけれど、さすがに脳波測定器は借りれなかったのよ。たださっき貴方から採取した細胞や毛髪、心電図については私の時のデータと一致するわ」
月音は脳波の測定以外にも弥勒が先ほど行った測定を自身にも行っていた様だ。そしてそのデータは弥勒のものと一致していたと言う。
「あの……ツキちゃん先輩が事前にこの実験をしてたなら俺を縛る必要ってあるんですか?」
「それはただの趣味よ」
「うぉい!」
堂々と言い切った月音に大声でツッコミを入れる弥勒。まさかの趣味に付き合わされていただけだった。趣味というより性癖なのかもしれないが。
「話を戻すわ。そして今この宝石から魔力を取り出そうとして、一回目は普通にやってみて失敗したわ。そして二回目は私の変身時の脳波と同様の電波をこの機械から放出して試したの。その結果も失敗だった」
月音は近くに置いてある謎の機械をトントンと叩きながら言う。そして月音は再びその脳波を放出する機械のスイッチを入れる。
「見なさい」
すると今回は何故か宝石から魔力が取り出される。それは弥勒の目には明らかだった。彼は先ほどとは違う結果になった事に驚く。
「三回目は成功したわね。さて二回目と三回目の違いは何だと思う?」
「もしかして意志……?」
弥勒は何となく思い浮かんだ答えを言う。それに月音はニヤリと笑う。
「その通りよ。二回目は電波を放出させたけど魔力を取り出そうとは考えなかったの。三回目は電波を放出させた上に魔力を取り出そうと考えたわ。これにより成功と失敗に別れた」
魔力、意志、脳波は三つで一つのセットだ。そのうちの一つでも欠けていたら魔力を操る事が出来ないというのが今の実験で証明された。
「ここで疑問が一つ生まれたわ。意志がないであろう天使はどうやって魔力を操っているのか。天使だけじゃないわ。私の生み出したドローンもメリーアンバーの生み出したテディベアも意志は無いのに自由に動いて魔力を使っているわ。これじゃあこの実験結果と相容れないわ」
「それはドローンを生み出す際に事前にプログラムを組み込んでいるからでは? だからドローンも天使もテディベアも機械的な動きになるんじゃないですか」
「そうよ。私たちは無意識のうちにドローンやテディベアに事前にプログラミングをしているの。この時にはこう動け、ああ動けという。ドローンや天使はそれを忠実に再現しているに過ぎないわ」
そこは弥勒の予想通りだった。直感で天使を兵器だと考えていたのはあながち間違ってはいなかった様だ。魔力で出来た兵器という事だろう。
「大切なのはここからよ。ではそのプログラムというのは何で出来ていると思う?」
プログラム、プログラミングといった言葉は近年、一般化しつつある。今では誰もが簡単にアプリを開発したり、ゲームを開発したりする事が出来る様になった。そのプログラミングをするために必要なのはプログラミング言語と呼ばれるものだ。
プログラミング言語には色々な種類がある。JavaやJavaScript、C言語、Pythonなど様々だ。しかし月音がここで言っているのはこういった言語の事では無いのだろう。
「まさか……」
「脳波よ。私がドローンを作る際に『指示した時にアームを出す』と考える事で脳波が放出され、それがプログラムになる。そしてドローンは現場で私から指示を出されるとプログラムを遂行する。その際に再び脳波を放出するの」
「そうか! ならその脳波を妨害できれば……⁉︎」
「理論上、天使の攻撃をジャミングできるわ」
「おぉ!」
弥勒は月音の導き出した結論に感動する。しかしそれに彼女が釘を刺す。
「ただし、これはあくまでもプログラムによって活動する通常の天使にのみ出来る事よ。私たちや自ら思考能力を持って活動する大天使には使えない手段だわ。あと闇の妖精にもね」
「どうしてですか? 俺たちだって魔力を使う時に脳波を使ってるんですよね。それだったらその脳波を妨害すればジャミングできるんじゃないですか?」
「タイミング的な難しさが違うのよ。人が魔法を使う際の脳波はあくまでも魔力をこちらに呼ぶための一瞬しか使われないの。その一方でドローンや天使は技を展開しようとした瞬間から出し終わるまでの一連をプログラムとして脳波が出てるの」
月音の話ぶりでは大天使や人間の魔法を妨害することも可能のようだ。ただタイミングがシビアなため現実的ではないという事だろう。
「例えばあらかじめ妨害電波を周囲一帯に出しておいて、そのエリアに敵を誘い込むとかどうですか?」
弥勒は大天使の攻撃をジャミングする方法を提案してみる。
「バカね、それだと私たちも魔法が使えなくなるわよ」
「確かに……」
「あと大天使の権能とかいう力はまた別の何かみたいだし現時点では打つ手が無いわね」
月音の言葉に弥勒は頷く。ただ通常の天使に対抗できる手段を見つけただけでも凄い事である。
「あれ? でもヒコも大天使も身体が魔力で出来てるなら脳は存在しないでしょうし、それだと魔力をこちらに呼べないですよね?」
ヒコと大天使には魔力と意志があっても脳波が存在していない。なぜなら身体が魔力で構成されているため脳が存在しないからだ。
「あら、良い所に気付いたわね。闇の妖精も大天使も魔力で身体が編まれている以上、根本はドローンたちと同じなのよ。ただプログラムの構成が違うの」
月音の話はまだ続く様だが弥勒としてはそろそろ限界が近い。頭脳的にも、体勢的にも。




