第百三話 お部屋デート後
弥勒が帰った後、アオイは自分の部屋の前で深呼吸していた。すでにお風呂に入ってパジャマへと着替えている。
「ふぅぅ、今日は凄い一日だったよ……」
部屋の扉を開けて中へと入る。するとアオイの身体は一瞬、硬直する。そして顔を赤らめる。
「まだ弥勒くんの匂いがするよぉ……」
そしてそのまま自らの勉強机へと向かう。そして机の上に置いてあるペン立てから一本のペンを取る。
「ふふ〜ん」
アオイは手に取ったペンの上部分をぐるぐると回していく。するとペンが二つに分かれる。そのうち上部分のパーツにはUSBが付いていた。
アオイは机の中からスマホに接続するハブを取り出すと、それにUSBメモリと自身のスマホを接続する。彼女のスマホにUSBメモリに入っていたデータが移される。
「よしっ」
彼女はUSBメモリとハブを抜いて机へと仕舞う。そしてスマホを握りしめながらベッドへとダイブする。
「むふ〜、良い匂い! 神楽先輩の匂いフェチっていうのも分かるなぁ……」
先ほどまで弥勒をベッドにゴロゴロさせていた。そのためベッドには彼の匂いが染み付いていた。それをアオイは堪能する。
「すんすん」
彼女はベッドの上で匂いを嗅ぎながらもぞもぞとしている。しばらくしてからハッと我に返る。
「危ない危ない……もう少しでトリップする所だったよ。まずはデータのチェックをしないと」
アオイはスマホに移したデータを確認する。そこには今日の弥勒との部屋でのやりとりが映っていた。彼女は自分の部屋に隠しカメラを仕掛けて今日のやりとりを全て録画していたのだ。弥勒の部屋に隠しカメラを仕掛けるのは難しくても自分の部屋なら簡単に仕掛けられる。
動画の前半部分では机の前にアオイが座っているためアオイの後ろ姿しか映っていない。これは彼女がわざと監視カメラが見つからない様にこの場所に座っていたのだ。
弥勒を部屋に招いた際に、彼が落ち着くまで部屋をキョロキョロと見渡したりする可能性があった。そのため彼に万が一にも監視カメラが見つからないようにポジション取りをしていたのだ。またイスに座って弥勒の視線を自身の足に向けさせるという作戦でもあった。例のお色気作戦である。
そして動画の後半部分には弥勒がアオイにハグするシーンが映っていた。それを確認していたアオイは再び顔が赤くなる。
「うわー、うわー! こ、こんな恥ずかしい事してたんだ。でもすごいカップルっぽいよぉ」
ニマニマしながらハグのシーンを何度も再生する。そしてハグしている場面をスクショとして保存しておく。これでいつでもハグの場面を確認できる様になった。
そして動画はハグによりアオイが暴走した場面へと移っていく。それを彼女は冷静に見つめている。
「あとちょっとでキスまでいけたのになぁ。まさか頭突きされちゃうなんて……予想外だよ……」
そう言いながらも同じ様にキスまであと数cmという場面をスクショしておく。そして保存した二枚の写真をお気に入りへと登録しておく。しかもハグ写真は自分のスマホのロック画面用の待受にしておく。これでスマホを付けるだけで弥勒とのハグを見られる。
「お色気作戦は成功したけど、キス作戦は失敗かぁ。でもママのお陰で来週もうちに来てくれそうだし、まだチャンスはあるよね!」
アオイはベッドの上でゴロゴロしながら本日の反省会を一人で行う。動画のチェックは終えた様だ。
「それにしてもママは暴露しすぎだよ! あんな恥ずかしい事ばっかり。弥勒くんに変に思われてたらどうしよう……」
弥勒を家に招いて親密度を上げるというアオイの作戦はほぼほぼ成功に終わった。しかしその一方で彼女としては失ったものも大きかったと考えているようだった。
おねしょや下着、部屋の散らかし具合などマイナスポイントの多くが母親である桔梗によって弥勒にバラされてしまった。母親のお陰で次の約束を取り付けられたのは喜ばしい事だが、ダメージも大きい。
「とりあえず気を取り直して次のカレー回での作戦を考えておかないと……!」
こうして彼女は次の作戦を考えつつ、時折ベッドの上でもぞもぞしながら夜更かしするのであった。
弥勒は自分の家に帰ってようやく落ち着く事ができた。アオイの家ではアオイと桔梗に振り回されていたためあまり落ち着く事が出来なかった。
「ふぅ……流石に今日は刺激が強かったな」
思い出すのはアオイとのハグからの一連の流れだ。もう少しで彼女とキスまでする所だった。それをギリギリで防げたのは弥勒に主人公という自覚があったからだろう。
「本当にヤバかったな……」
もし弥勒にアプローチしているのが、アオイ一人だけだったら誘惑に負けてキスしていただろう。例え彼女がヤンデレだったとしても受け入れていた可能性は大きい。
しかし弥勒には主人公になった存在として果たさなければならない使命がある。そしてアオイ以外にも弥勒にアプローチしている女性たちもいる。そこを蔑ろにして誘惑に流される訳にはいかなかったのだ。
「気分を切り替えていこう」
これ以上、アオイの事を考えるとドキドキが収まりそうにないため弥勒は全く違う事をしようとする。
学生鞄の中にしまってあったエリスからの手紙を取り出す。実は月曜日に貰った手紙をまだ弥勒は目を通していなかったのだ。本日は木曜日である。
まず弥勒としてはあまり返事が早すぎるのも良くないと考えた。一番最初の返事を数日で書いてしまったら、今後そのペースで文通をしていかなければならなくなる可能性が大きい。それはお互いの負担になるかもしれない。そのため敢えて返事を遅らせているのだ。
あと弥勒としては手紙に慣れていないので憂鬱だったというのもある。しかしいつまでも現実逃避は出来ないのでいよいよ手紙を開封する事にした。
中には封筒同様に可愛らしいウサギの絵が描いてある便箋が入っていた。弥勒はそこに書かれている文章に目を通す。
『夜島弥勒様』
『突然のお手紙、お許しください。どうしても夜島くんとお話しがしたくてお手紙を書いてしまいました』
手紙は弥勒が思っていたよりも柔らか文章で書かれていた。恐らく文通という事で「拝啓、敬具」などの手紙でのお決まりのやりとりはエリスが敢えて省いたのだろう。その方が弥勒としても形式を気にせず、返事を書きやすい。
『学校で襲われたり、魔法少女になったり、人々を助けたりと、ここ最近の大きな変化にわたくしは振り回されてばかりです。それでも皆さまのお陰で何とか役割を果たせているかと思います』
『その中で夜島くんはわたくしたちのポラリスなのかもしれません。わたくしたちはもっと夜島くんに近づきたいのです。でも結局はぐるぐると貴方の周りを廻っているだけなのかもしれません』
『好きな食べ物は何ですか?』
「急に⁉︎」
弥勒は手紙を読んでいて突然、流れが変わった事に驚く。随分とポエミーな文章だと思っていたら急に現実に引き戻されたのだ。
『わたくしはアールグレイとキリマンジャロが好きです。たまに背伸びをしてお砂糖を入れずに飲んでいます』
「しかも食べ物じゃなくて飲み物の話をしてるし……」
思っていたよりも自由な文章に弥勒は少し笑ってしまった。これなら彼としても返事を書きやすい気がした。
『あまり長くてもお返事がし辛いと思いますので、このくらいで失礼いたします。次はお洋服のこだわりについてお話できたらと思っています。お返事待っています』
『エリス・ルーホンより』
手紙を全て読み終えて弥勒は一息つく。とりあえずボールペンを持って返事を書き始める。便箋と封筒は昨日の帰り道に文房具屋で買っておいた。
「書くのは良いけど、3年の教室に持っていくのはしんどいよなぁ」
弥勒が買った便箋は薄い黄色のものだ。キャラクターなどは描いておらず、シンプルなものだった。そこに好きな食べ物や飲み物について書いていく。
しかし慣れない手紙が一発で完成する訳もなく、何回か書き直しをする。こうして弥勒もアオイと同じく夜更かしするのだった。




