第百一話 アオイの部屋
「セイバーのことについて聞いて良い?」
アオイは勉強机に付いていたイスに座っている。座る部分が回転するタイプである。背もたれ側を前にしており、そこにを両足で挟む様にしている。それに合わせてスカートが短いため下着が見えそうになっている。
弥勒はそちらにあまり意識がいかないように注意しながらアオイと話を続ける。しかしそれでも彼女の足に目がいってしまうのは思春期男子として仕方ない事だろう。
「ああ、答えられる範囲でなら」
「ならセイバーに青色ってある⁉︎ これはかなり重要な問題だよ!」
現在、セイバーが彼女たちに見せている姿は灰色、緑色、赤色、紫色である。その中にアオイにとって強力なライバルである麗奈とみーこのカラーも存在している。そのため自分と同じカラーがあるか気になるのだろう。
「あるけど……一番最初に聞くことがそれか?」
「あるんだ⁉︎ やった! むしろこれが一番最初じゃなきゃ何を聞くのって感じだよ」
弥勒はアオイの質問に苦笑する。それほどお揃いのカラーというのが重要なのか。彼としては色自体に興味は無いので疑問である。
「青色の力はどんなやつなの?」
「それは使うまでの秘密ってことで」
「えー、ちょっとだけ教えてよぉ。二人だけの秘密にするから!」
アオイとしては当然、どんな力なのか気になるだろう。思い切って尋ねてみたのだが、弥勒は答えない。彼としては直接見せる前にネタバレをするつもりは無いようだった。
「残念ながら秘密だ」
「ふ〜ん、あたしのパンツは見ようとしてるのに自分の事は隠すんだ?」
アオイのその言葉に弥勒は動きが止まる。まさか視線がバレているとは思っていなかったのだ。
「え、えーと……何の事かな?」
「バレないと思ってた? 女の子って視線には敏感なんだよ? 弥勒くんのえっちな視線、恥ずかしかったなぁ」
女性は視線に敏感である。そういう事は弥勒も知識としては知っていた。しかしここまでハッキリと分かるものなのかと戦慄する。彼がアオイの足を見ていたのは事実だ。それ故に言い返せない。
「す、すまん……」
するとアオイはイスから立ち上がって弥勒の隣に座る。ベッドに二人で座るというシチュエーションに弥勒は緊張する。
「気になる? 気になるよね? 気にならないと見ないもんね? あたしの下着を覗こうと必死だったもんね?」
アオイが弥勒の腕を触りながらそう言う。その瞳はいつもの弥勒を揶揄う時よりも潤んでいる様に見えた。それに弥勒は惹きつけられる。
「わ、悪かったって許してくれ」
弥勒としては謝罪する事しか出来ない。顔を見るのは恥ずかしいため視線をやや逸らしながらそう言った。
「どうしようかな〜。後ろからぎゅっとしてくれたら許してあげる!」
謝る弥勒に対してアオイは自分の欲望の混じった提案をする。彼女は自分の部屋というのを最大限に活かして弥勒にアプローチするつもりであった。
ライバルたちも今後はあの手この手で弥勒を誘惑してくるだろう。アオイはそれに負けるつもりは無かった。彼女は見た目こそ小動物だが、中身は肉食に近いタイプなのである。すなわちガンガン攻めていく作戦である。
「は……?」
戸惑っている弥勒をよそにアオイはベッドに完全に足を乗せて横向きになる。彼女は今までの付き合いから弥勒は意外と押しに弱い事も把握している。
「は〜や〜く〜」
弥勒はよく分からないまま誘導されて同じように横を向く。後ろから見る彼女の耳はやや赤くなっていた。恐らく恥ずかしいのを彼女も我慢しているのだろう。
アオイは動かずに弥勒からのハグを待っている。完全にハグをする雰囲気になってしまった事に弥勒は気付いた。こうなるともう止めることは出来ない。
弥勒は緊張しながらも手を伸ばしてゆっくりとアオイを抱きしめる。彼女の呼吸が今までで一番近くで聞こえる。それに弥勒は余計にドキドキしてくる。
「……んっ」
腕が回されるとアオイが少し声を漏らす。それは普段からはイメージできない色っぽい声であった。
前に回された手にアオイが自らの手を添える。握るのではなく、ただ触れる程度の接触だ。しかしそれだけで弥勒の鼓動は早くなる。
そして十秒だろうか、一分だろうか。弥勒にとって一瞬のようにも永遠のようにも感じる不思議な時間が過ぎていく。
「きゅう〜」
すると急にアオイの頭から煙が出て壁側へと倒れる。バックハグのあまりの威力に耐えられなくなったのだろう。目をぐるぐるにして顔を真っ赤にしている。
彼女が力尽きた事で弥勒は正気に返る。慌てて抱きしめていた腕を解いてアオイから離れる。
「うおっ、すまん! 大丈夫か⁉︎」
「ふへへ……ハァハァ……ふひっ」
しかし弥勒の声はアオイには聞こえていない様で不気味な笑い声を上げている。目の焦点も合っていない。
「き、きしゅ……」
頭が混乱中のアオイは弥勒の方へと向き直って迫ってくる。それに弥勒は驚いて上半身を後ろへと逸らす。
しかしベッドの上から動いた訳では無いので、暴走したアオイは弥勒にすぐに追いつく。そしてそのまま弥勒を押し倒した。
「み、みろくくんのく、くちびる……」
倒れた弥勒の唇をジッと見つめるとゆっくりと顔を近づけて来る。それに彼は焦る。まさかこんなタイミングでキスを迫られると思っていなかったのだ。
「ちゅー…」
「許せ……!」
あと数cmでキスをするという所で弥勒は行動に出る。彼女のおでこに頭突きをしたのだ。ゴチンという鈍い音がした。
「いったぁ! ってあれ……? あたし何して……」
するとアオイがようやく正気へと返る。そして現在の状況が飲み込めていないらしく目をパチパチさせている。そこに弥勒が声を掛ける。
「えーと……とりあえずどいてくれるか……?」
「えっ……⁉︎ ご、ごめんなさい! 何であたしが弥勒くんの上にいるの⁉︎」
弥勒の言葉で今の状況が分かったらしく慌てて彼の上から退く。しかし自分がなぜ弥勒の上に載っていたかは理解していないようだった。
「なんかバグってたみたいだな」
「うぅ……バックハグのあまりの威力に意識が飛んでたよぅ」
アオイは先ほどのバックハグを思い出して顔を再び顔を真っ赤にしている。ぶんぶんと頭を横に振って落ち着こうとしている。
「すまん……」
「ううん、弥勒くんのせいじゃないよ。あたしがバックハグを甘く見てた! でも最高でした、ごちそうさまです!」
「いやその挨拶はどうなのよ……」
アオイのリアクションに苦笑いする弥勒。しかし彼もアオイと同様にホッとしていた。ギリギリで振り切れたから阻止出来たもののキスしていてもおかしくない状況だった。
「でも……ちょっとこれは禁止だね。威力が強過ぎる。メランコリーバックハグだね」
「いや名前つけんな」
照れ隠しも込めてアオイはバックハグを必殺技みたいに言う。それに弥勒もツッコミを入れる。そうする事でいつもの雰囲気が戻って来る。
「メランコリーぐーたら!」
アオイはそう叫んで弥勒の脇にゴロッと転がる。敷いてあるシーツがぐしゃぐしゃになるが自分のベッドだから構わないのだろう。そして横になったまま弥勒を見つめて来る。
「やっぱ自分のベッドは落ち着く〜」
無理矢理ゴロゴロと転がろうとして弥勒にぶつかる。
「弥勒くんもゴロゴロしよ〜」
「いやさっきの二の舞になるから嫌だ」
しかし弥勒は先ほどの流れを考えて断る。するとアオイは起き上がってベッドから退く。そしてイスに座り直す。先ほどまでとは違い背もたれを後ろへと回して普通に座っている。
「はい、あたしは退いたからゴロゴロしていいよ」
「いや良いって」
「ジー」
弥勒は再度断るが、アオイからの強い圧力を感じた。
「わ、分かったよ」
根負けした弥勒はアオイのベッドに横になる。そして控えめに左右に揺れる。しかしゴロゴロの監督になったアオイはそれでは満足しない。
「まだまだダラける心が足りてないよ!」
そうしてしばらくの間、ベッドの上でゴロゴロする時間が続いた。監督の熱い指導の元、弥勒はゴロゴロをマスターするのであった。
その後、弥勒とアオイは晩御飯が出来たという事でリビングへと行くのだった。