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ルーインシティ・ウォーキング  作者: 和泉キョーカ
序章
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最強の魔術師と、最弱の人間

爨の工房:フレオノア。設立した『爨の魔法使い』が司っていたのは、饗宴の魔法だったという。現在はとある反社会的組織が実権を握っており、はぐれ者の魔術師たちの巣窟と化している。

「ばかじゃないの!?」

「あたしたちだって、ヒトの生き死になんてよっぽどのことが無い限り直面しないのに! それを魔術もろくすっぽ知らない人間の前で手加減も無くやったなんて!」

 夢も見ず、感覚すら覚えなかった遠い遠い眠りを経て、カナタが目を醒ました時、すぐ近くから少女二人の怒号が、未だ覚醒しきっていない脳髄の奥にガツンと響いてきた。

「効率だけ考えてると、いつか本当に大事な物を失う時が来るよ!?」

「あの子の事はウチらが面倒見とくから、アマちは外行って反省してきな!」

 そうしてひとり分の足音がドアの開閉音と共に消え行った後、カナタを隔離していたベッドの四方を囲んでいたカーテンの一面が勢いよく開け放たれ、その二人は現れた。


「起きてた?」

「記憶は平気? アマち……『影法師』から聞いたよ、人の頭が破裂するところ見ちゃったって? そんなモンをダイレクトで見て、ショックでアタマどうかしそうだったよね! 見えてる? 聞こえてる? 温度は感じる? 声は出せる? 深呼吸してみ?」

 わたくしは、と何かを口にしようとしたカナタの言葉を遮り、二人の少女のうちのひとり、見るからに天然物ではない、脱色(ブリーチ)した金髪を揺らすブラウス姿の少女がカナタの身体をぺたぺたと触れながら、彼女の状態について矢継ぎ早に質問を投げかけた。

 ブラウス姿の少女に言われた通り、まずはひとつ大きく息を吸い、肺の中の酸素を不安と恐怖ごと取り除くように掠れるまで吐き切る。それから、カナタはブラウス姿の少女の目をしっかりと見て答えた。

「見えておりますわ。聞こえております。貴方の手の温もりも感じますし、こうして会話を交わすこともできます。ご厚意、感謝致しますわ。……ところで、貴方のお名前は? わたくしはどうしてここに?」

 当然のようなその疑問に、ブラウス姿の少女は、キャスター付きの椅子を枕元まで引き寄せ、背もたれを正面に向けて腰かけ、肘で頬杖をつきながら満面の笑顔で自身の名を名乗った。

「ウチはねー、『獅子島リオネ』! リオって呼んでネ!」

 その後、濡れたタオルと果物が盛られたボウルを持って近付いてきたもう一人の少女も、カナタに親しみの籠った声音で自己紹介をする。

「あたしはコベニだよ。紅緒コベニ。こんな見た目だけど、一応ちゃんとした魔術師だから安心して?」

 そう皮肉交じりに微笑むコベニの片目は、布製の細い包帯でしっかりと覆われており、その包帯にはびっしりと細い字体で、無数の漢字が書き記されていた。

「リオネ様にコベニ様……ですのね。わたくしは百々カナタと申しますわ。」

「うん、アマネちゃん……じゃなかった、『影法師』に聞いたよ。」

「んで、ここはどこ――ってのは、魔術師じゃないしルーインシティに住んでるわけでもないカナタっちにはちょっちばっか、わかりにくい答えになるかもだけど、いい?」

「構いませんわ。」

 未だ少しぼんやりした意識の中でも、カナタは自身の置かれた状況を看過して良いとは判断しなかった。そんなまっすぐな瞳を見て、リオネと名乗ったブラウス姿の少女は、ニカッと笑って説明を始めた。


「工房領域って単語はわかる?」

「『影法師』さんが以前、仰っていたような……。」

 曰く。

 魔術師にはいくつもの派閥があり――。

「考え方とか、研究する魔術で、互いに利益があると思ってゴジョカンケー? を作ってるのが、そもそもの『工房』のカタチだったらしいけどね。まー、早い話が『国家』だと思ってよ!」

 そんな工房が、神秘、ないし幻想を由来とする超高濃度の魔力が充満することになってしまった日本に拠点を移転させることになった時、ひとつの当然ともいえる問題点に衝突した。

「――考えてもみてみ? 地球上に魔術師は何十億人といんだぜぃ? 関東平野に収まる規模じゃないんだよ。だから現代まで生きてたとある魔法使い――魔術師の祖先のひとりが、関東平野にドーム状の結界を張ったワケ。結界の中はどこまでも広がる無限のフィールド! ……ってことで、工房ごとにその工房を象徴するような地形を創り上げて、そこを拠点にしたの!」

 例えば、卑金属を貴金属に変化させ、無機物を有機物に錬成する衡の工房(シグ・リーブラ)ならば、都市全体が未知の金属で構成された摩天楼。

「ほーんーでー!」

 カナタが今いるこの場所は。

「うぇーるかーむ! ウチらの工房――爨の工房(フレオノア)の工房領域……樹上都市、『くろがね砦』へ~、ようこそーっ!」

「――くろがね、砦。」


 ぼんやりと、木々の遥か彼方に見える白亜の摩天楼を見つめる。今の私は、既に依頼や任務からは解放された状態であり――即ち、自由時間に他ならないわけで。

「アマネちゃん。」

 普段から懇意にしてもらっている隠れ家……というか、ほとんど『影法師』(わたし)の本拠地になりつつある爨の工房(フレオノア)の工房領域、くろがね砦は、オフの際や困った時に駆け込む最終防衛ラインでもある。――何が言いたいかと言うと。

「アーマーネーちゃーん。」

「……聞こえてる。」

 ――正直、私もちょっとやり過ぎたと思ってた。

「カナタさんがお話したいって。」

「……。」

「あらら、もしかして……合わせる顔がないなー、とか考えてる?」

「……ない。」

「こういう時の嘘はへたくそなままだね! ほらほら、いってきなよ! まだ診療所の三号室にいるから!」

 魔術師として名を受けて現代を生きるには、まだまだ私にも学ばなきゃいけないことがたくさんある。一般人の感性も、またそのひとつ。私は『普通』がわからない。傲慢でも不遜でもなく。

「ベニ、私……。」

「大丈夫だから! あの子、見た目ほどヤワじゃないよ。」

「……。」

 大切な『家族』に背中を押されて、私は重い腰を持ち上げる。くろがね砦の特徴的な地形――吊り橋や架け橋しか通路の無い、少し前時代的な街並みを、元来た方向に向かって歩き出した。……これが、『気まずい』ってことなのかな……。


 『影法師』がくろがね砦二十三番樹最上層の隅に建つ小さな診療所の奥から二番目の個室のドアを重い手つきで開くと、実直な視線が鼻の上に突き刺さるのを真っ先に感じた。

「……あ、」

「『影法師』さん。」

 ふう、と息を吐き、その場にあったキャスター付きの椅子に腰かけ、窓の方を向く。

「こっちを見なさい。」

「……。」

 静かに、しかしまるで重力を司る魔力でも充満しているかのように高圧的な声が、『影法師』の胸の奥に響く。

「……なに。」

 身体はカナタが横たわるベッドの方に向けるが、顔だけは依然ベッドの脚の先を見つめる『影法師』に、カナタは鼻先からスゥと息を漏らし、再び口を開いた。

「ご自身がなさったこと、その重大性はおわかりですか?」

「……人間の精神は脆いんだよ。」

「そういう問題ですか?」

 上体だけ起こし、微動だにせず、まばたきも少なく。そんなカナタの凄みに、『影法師』は完全に委縮していた。

「……対価の無い百パーセント善意で助けてやったってのに、なんでこんな言われ様されてんの、私。」

「最強の魔術師が聞いて呆れますわね。人を助ける時に、助けなければならない当人の安全を一切考慮できないだなんて。人間の精神は確かに魔術師の皆様より脆弱かもしれませんわ。――では、それがわかっているのにどうしてそれを念頭に置いて行動できなかったんですの?」

「あんたね、さっきから聞いてりゃ自分勝手なんだよ。私はあんたを助けてやったんだよ。それがなんだよ、――人間風情がさ! ボクがいなけりゃキミは今頃虚の工房(シャネージア)にお持ち帰りされて身体中切り刻まれてたんだぜ!? ボクの気紛れに感謝してほしいんだけどね!」

「――ようやく本心を言いましたか。」

「あっ……。」

 彼女の『影法師』としてのネームバリューに一切の偽りはない。『影法師』は名実ともに、ルーインシティ最強の魔術師と呼ぶに相応しい実力と意思の強さを持っている。――だからこそ、『たかが』と見下していた田舎娘に言われたい放題言われるのは、彼女の琴線にも触れてしまったのだ。

「さて、それでは本題に入りましょうか。」

「は?――。」

「わたくしは工房というものがどんなものなのか、よくわかっておりませんが。今まで時計塔の工房(ホロロジア)虚の工房(シャネージア)とふたつの工房の所属魔術師に自らの身柄を狙われているのでしょう? ――今後、世間知らずの田舎娘がただひとりでルーインシティを観光するのは、非常に危険だと考えました。」 

 そこで、と。カナタはひとつの提案――商談(・・)を、『影法師』に持ち掛けた。


「わたくしの専属ボディーガードになってください、『影法師』。」


 フレーメン反応。『影法師』の表情を端的に説明するなら、それが最も適切だった。時折「あっ」だの、「うえっ」という、声とも悲鳴ともつかない音を喉から漏らしながら、ひたすらに何かを紡ぎだそうと手をジタバタと忙しなく動作させている。

「全世界の工房の中でも最大規模とされる衡の工房(シグ・リーブラ)の、それも『国王』様から直々に依頼を受領するその腕。確かに貴方は魔術師の中でも、対魔術師に特化した――ないしはそれ以上の分野にも精通した方なのでしょう。そんな貴方に護衛していただければ、わたくしの安全は最早勝ち得たも同然でしょう?」

「……ばかなの?」

「何がですの?」

「ボ――私は、あんたの目の前で……あんたのことも考えずに……人を平気で殺すような魔術師だよ。」

「ええ、そこを買っております。わたくしの命を狙うような連中など、その場で即断して確実に殺害していただいた方が、わたくしとしても安心できます。というか、そのように考えているという事は、少なからず負い目は感じているのですね?」

「う。」

 何故だか、コイツには勝てない――『影法師』は直感的に、そう確信した。

「……報酬は。」

「なんでも、言い値で。天井は設けない、とも付けておきましょうか。日本円でお願いしますわね。」

「……ばかだよ、あんた。」

 勝者の誇りに満ち溢れた笑顔を向けるカナタに、『影法師』は乾いた笑いを漏らすのだった。

「それでは、貴方の本名を教えてくださいな? 短期滞在のつもりはございませんし、その間肩書で呼び続けるのも信頼感が無いでしょう? ――アマネさん。」

「あーはいはい、わかったわかった。」

 ひらひらと、『影法師』は手を振って、自棄気味に自身の名を開示した。


「『相浜アマネ』。……これからよろしく、お嬢様。」

「ええ、頼りにしてますわよ、アマネ!」

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