表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルーインシティ・ウォーキング  作者: 和泉キョーカ
序章
3/70

彼女の命は史上最安値

衡の魔女:またの名を、リブラ。伝承によれば、卑屈で皮肉屋な魔女であったという。彼女の子孫が、代々衡の工房を運営している。

 明くる日、『影法師』とカナタは、摩天楼の中でも群を抜いて高い尖塔を持つ建物の、広大なエントランス前庭園を歩いていた。

「ここが、天秤港の管理所……ですの?」

「そ。厳密に言えば、衡の工房(シグ・リーブラ)の工房拠点。セントラルタワーだなんて、簡単な名前してるけど……つまりは、最大手魔術師工房の全権管理施設だよ。そしてこれから会うヤツが、当代の工房長。」

「……つ、つまり市長ってこと……でしょうか?」

「違うね。」

 『影法師』は人差し指を左右へ振り、カナタの発言を訂正する。

「――『国王』。」


「ふむふむ? この子が、『時計塔(ホロロジア)』の連中に追われていたっていう娘なのかい?」

 『影法師』がセントラルタワーと呼んだその楼閣の最上階の、三面に張られた巨大なガラス窓に背を向けるように配置された執務机に就く、白色の礼服に身を包んだ金髪の青年は、カナタと対面すると、ホログラムで生成された名刺をカナタの所有する携帯端末へと送信し、名を名乗った。

「ようこそ、名も知らぬお嬢さん。僕らの天秤港へようこそ。僕はこの天秤港、ひいては衡の工房(シグ・リーブラ)における最高執政官に任ぜられている、『ヴェルメイン・シグ=リーブラ』だ。気軽にヴェルって呼んでくれて構わないよ。」

「ヴェルメイン様……ですか。申し遅れましたわ、わたくし長崎は常磐の町から訪れました、百々カナタと言います。以後、お見知り置きくださいませ。」

「長崎常磐町の百々……。ああ! 博文さんの所の娘さんかい!?」

「当家をご存知なのですか!?」

「当たり前さ! 衡の工房(シグ・リーブラ)は錬金術を修める魔術師たちの工房、その本質は『等価置換』。昔からウチは、他の工房や諸外国との交易で栄えてきた、比較的オープンな工房だからね! 百々海運とは長いお付き合いをさせて貰ってるよ。そうかぁ……博文さんとこの娘さんが、もうこんなに大きく……時が経つのは早いね!」

「言っても精々が七年じゃないか、あんたの治世。」

 エレベーターホールの無機質な白銀の壁にもたれかかり、ヴェルメインの懐古に溜息を吐く『影法師』の毒舌に「コホン」とわざとらしい咳払いをひとつ、ヴェルメインはカナタに掛ける話題を変える。

「それで、『時計塔(ホロロジア)』が足りない人員を割いてまでして、何としてでも手に入れようとしていたその遺物……。もし良かったら、ウチの研究機関で解析してみても構わないかな? 勿論、手荒な真似はしない。それに、天秤港に限らず、ルーインシティに滞在する間は、君に数人の護衛も付けよう。どうかな?」

「で、ですがこれは……。」

「博文さんの顔を立てると思ってさ。頼むよ!」

「父上の……。……わかりました、父上の看板がこれほどまでに巨大な組織との商談を持っているのなら、その頭目との関係を良好にしておくに越したことはないでしょう。――家宝は預けます。ですが、少しでも破損した場合の対応はそれ相応にさせていただきますわよ。」

「ふふ、九州地方の商業ルートの大半が潰れてしまうのは僕としても避けたいからね。安全に取り扱わせてもらうさ。」

 商いに身を置く者同士の損得勘定を終えると、ヴェルメインは汚れひとつない金属製の白色机の上に指を滑らせる。その軌跡から次々と空中にポップアップしたホログラムの画面を数回タッチすると、『影法師』の真横のエレベーターがチャイム音を響かせた。

 その扉から出てきたのは、防弾チョッキやライフルで武装した四人の男たちだった。その武装集団に事情を説明して、ヴェルメインはカナタの護衛を命じる。

「――というわけだ。彼女の身の安全、ひとつ頼むよ。」

「了解しました、執政官。……初めまして、百々カナタ様。自分はセントラルタワー警護部隊『ストリクス』、"賢者の箸"チームのリーダー、コードネームを『アスモダイ』と言います。これより"賢者の箸"チーム四名は、百々様の警護任務に着任いたします。」

 四人の男たちの最前に立つ褐色肌の男、アスモダイは、カナタに向かって自己紹介をすると、彼女に対して深々と頭を下げた。そんなアスモダイに少々面食らいながらも、カナタは毅然とした態度で倍以上の身長を誇る大男に接する。

「ルーインシティに居る間のわたくしの身の安全、どうか頼みましたわよ。」

「ええ、確かに――。」

「……。」

 カナタとアスモダイの会話を、『影法師』はただ無言で見つめていた。

 その後、「ペンダントはエントランスにいる秘書官に預けてくれ」とヴェルメインに伝えられ、カナタはその場に『影法師』とヴェルメインを置いて、アスモダイ率いる"賢者の箸"チームと共にエレベーターに乗り込んで去って行ってしまった。


 エレベーターで地上へと向かう道すがら、カナタは四人の中のひとり、陽気な口調で気さくに話しかけてくる男性隊員との会話を楽しんでいた。

「――オレ、生まれてこの方ルーインシティから出たことねぇからよ! 長崎がどんな場所なのか知らねぇんだ!」

「あら、でしたら休暇を貰った際には一度足を運んでみると良いですわ。貴方の体格なら、長崎の坂道も苦ではありませんでしょうし――。」

 その時、エレベーターの箱がガクンと大きく縦に揺れ、カナタは体勢を崩してしまう。それを陽気な隊員に背中を支えて貰い事なきを得ると、アスモダイが天井に目をやりながら悪態をついていた。

「チッ、メンテナンスの連中、手を抜いたな?」

「よくある事ですの?」

「いいや、最近はありませんでした。ですが、見ての通りセントラルタワーは天を衝く高層ビルです。エレベーターのメンテナンスと言えど、そう安易な物では無いのですよ。しかし――。」

「まぁまぁ、こうして皆様も無事にいられたのですし、過ぎた事でしょう?」

「……そうですね。ハハ、万が一の事があれば、我々の任務が開始数分で終わるところでした。」

「縁起でもない事を仰らないでくださいまし!?」

 和やかな雰囲気の中、エレベーターはやがて地上階に到着する。

 そのままエントランスホールの中央に設けられた案内所に立つ、スーツ姿の女性にペンダントを渡そうと、カナタが首に通したチェーンを指で解いていた時。

「あら――?」

 ふと、カナタの指に違和感が奔る。だが、ペンダントに一目見た限りの異常は無い。気の所為か、と肩をすくめ、カナタは女性にペンダントを手渡した。


 外の世界に戻ると、ぐっと腕を頭上へ伸ばし、カナタは今後の予定について口にする。

「さて……それでは何をしましょうか。」

「ルーインシティが初めてならば、この天秤港を自由に散策するのも良いかと思いますよ。何しろ、衡の工房(シグ・リーブラ)は全世界最大級の魔術工房だ。東西南北の工房出張所も軒を連ねるこの中央区だけで、一週間あっても飽きの来ない散歩エリアのはずです。」

「それでは、アスモダイさんのご提案に乗ってみるといたしますわ。」

 期待と解放感が入り混じる微笑みを浮かべながら、カナタは一歩、セントラルタワーへと続く大通りの歩道に足を踏み入れる。


 ――と、その瞬間。


『アルビオン・ゲーム対戦用 区画封鎖システム スタンバイ』

 と、どこからともなく、機械音声が鳴り響く。

「えっ!?」

 カナタが驚愕する暇も無く、あちこちからシャッターが勢いよく閉じていくような轟音が聞こえてくる。やがて、カナタたちの背後、セントラルタワーの敷地と大通りを隔てる境界線から、半透明な赤色の巨壁が出現すると、周囲一帯が静寂に包まれる。

「――おかしいねえ。」

 "賢者の箸"チームが臨戦態勢でカナタの四方に散開し、手にした銃器を構えて周辺を警戒する、その緊張感を切り裂くように、少女の声が空中から降り注ぐ。

「隊長さん、私の記憶が正しければ、"賢者の箸"チームって……全員女性じゃなかった?」

「……ッ!?」

 サングラスの奥で目を見開くアスモダイの視線の先で、漆黒のロングコートが風に靡く。

「……あの若造にも困ったもんだよ。人事面接に顔を出していれば、こんな事も起きずに済んだろうに。」

「お前は……『影法師』か! 何故こんなことをする!」

「『影法師』……さん。」

 カナタたちの目の前にいたのは、宙に浮く都市照明機の上に立ち、彼女たちを見下ろす、『影法師』の姿だった。ロングコートのポケットに手を突っ込み、四つの銃口を向けられてもなお、動じることなく淡々と語り掛ける。

「……ねえ、田舎の成金お嬢様。いい? ひとつ教えてあげる。性善説は基本的にバカが信じる理屈だよ。君の周りにいるそいつらは、"賢者の箸"チームなんかじゃない。……君の命、ないし君のペンダントを力尽くで奪おうとする、昨日の連中と同じような奴らだよ。」

「……何を根拠に、そのような事を仰っているのですか?」

「さっきから君の後ろにいるそいつ。」

 と、『影法師』はカナタの背後に立つ、陽気な隊員を指差し、その防弾チョッキのポケットを探るようカナタに促した。

「……やましいことがなければ、手を突っ込んだって構わないよね?」

「いい加減にしろ、『影法師』。いくら執政官と個人的に友誼を持つ貴様だろうと、この仕打ちは目に余るぞ。」

「黙れよ『フェイスレス』。変装しか特技の無い虚の工房(シャネージア)の落ちこぼれ。」

「――……!」

 瞬間、アスモダイが言葉に詰まり、驚きと動揺に瞳を揺らすのが、カナタにはサングラスの隙間から窺えた。

「――クソっ。どうしてわかったんだ!」

「フェ――隊長!?」

 部下が制止するより先に、アスモダイ――少なくともそう名乗っていた男は、手にしたライフルで『影法師』に狙いを定めながら糾弾した。

「こんなに早くに露呈するのは予想外だったが、いずれこうなるだろうとは思っていた! 構わん、こちらには人質もいる! ヤツも下手に手出しは――!」

 言い終えるより疾く。

「きゃあっ!!」

 カナタの目の前で、アスモダイと名乗っていた男の頭部が破裂した。びちゃびちゃと、髄液や血液を大量に顔面に噴きつけられ、カナタは失神寸前までに顔を青ざめさせる。

「あっ……あ、あ……。」

 もはや言動すら覚束ないカナタの周囲で、我先にと逃げ出す魔術師たちが、次々に物言わぬ肉片へと変貌を遂げていく。数秒の後、その場に立つのは、冷淡な無表情で拳銃を握る『影法師』と、膝を打ち鳴らしながら失禁しつつも立ち竦むカナタだけになった。

「……世界の一切は空虚ヴァニタス・ヴァニタートゥム、か。虚の工房(シャネージア)の標語だけど、確かにそうかもね――。」

 そんな『影法師』の独り言を最後に、カナタの意識はついに途切れてしまうのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ