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ルーインシティ・ウォーキング  作者: 和泉キョーカ
飆の工房編
21/70

波乱爛漫の丘山

エアルヴァル:飆の魔法使い。風と空を司る星の旅人。世界中を飛び交い、循環する無数の気流のように、ゼロに始まりゼロへと帰結する能力を持つがゆえに、永遠に少年の姿に囚われたままでいる。現在、その行方を知る者は、工房内はおろか、他の魔女魔法使いの中にもいない。

 湖畔から湖畔へと、やや長い距離ではあるが、湖面の上を通過するように敷設されたロープウェイのゴンドラの中で、カナタはその街並みに見惚れていた。

「……何と言うか、レンガ造りや木造の建築物が多いんですのね?」

「そうですね。耐久性は魔術でどうにでもなりますから。ルーインシティの建築物はそれぞれの工房領域の雰囲気に則した様式で建てられている事がほとんどです。()もそうだったのではないですか?」

 アザルに言われ、カナタは確かにと頷いて見せた。

飆の工房(エアロホルン)はこの日本列島はルーインシティに本拠を移す以前――つまり、数十年前の厄災より前は、その本拠地をアルプス地方としていました。スイスを中心に、ドイツやイタリアにも支部があったと聞いています。そういった背景が、この工房領域の景色を創り出しているのでしょうね。」

「ファラハニ様は、塵の工房(グラヴェラ)? のご出身――と、先程アマネが言っておりましたわね。そちらも、こことはまったく違う街並みですの?」

「ええ、()の根拠地は、中央アジアと一部のアフリカ地域という風に教わっております。百々さんは、魔術の世界には疎いのですよね。でしたらきっと、ぼくのふるさとに訪れる機会があったら驚くと思いますよ! 砂塵の嵐、熱砂の海、喉が焼き付くような乾燥と高気温……。」

「日本ですわよね!?」

「ええ、日本ですよ。」

 ニコニコと、嘘をついているとは一切考えられない笑顔で、アザルは故郷について語る。

「――百々さん、各工房に存在している、『幻想界律(プロトコル)』という存在については、リン先生から教わりましたか?」

「プロトコル……。コンピューターサイエンスや仮想情報学といった分野における、規約や規範に相当する単語とは……違いますのね?」

「はい。縮めて『界律(かいりつ)』とも呼ばれるこれは、その工房領域の中でのみ適用される、抗えない法則の事です。そうですね、例を挙げれば……先日までお二方が滞在していた潺の工房(ワタツミ)。あそこの『界律』の一部は確か、『不刃不戦』、でしたか。刃を持たない魔術武装では、他者を攻撃する魔術は起動できない……。端的に言うと、あの工房領域の内部では銃器の類が使えないんですよ。」

「えっ?」

 その言葉に、カナタは首を傾げる。記憶に新しい潺の工房(ワタツミ)での虚の工房(シャネージア)との衝突。あの時カナタを救ってくれた二人の友人は、明確に拳銃の形状を有する魔術器具を用いて戦闘を行っていたはずだ。

「……あれは、私がワタツミの奴を叩き起こした時に、祖慶を手っ取り早く殺すために『界律』を弄って貰ったから。一度変えた『界律』はその後少しの間は戻せない。……それを、()の連中に良い様に利用されたんだよ。」

「……まさか、虚の工房(シャネージア)の人々は、祖慶ハルカさんが劣勢になる事を見越して……?」

「認めたくないけど、アレは私が一杯食わされた。」

 九割九分九厘で完璧に行動する――と、個人的に思っている――アマネの意外な一言に、カナタは目を丸くして彼女を見つめる。その視線が心地悪いのか、アマネは不機嫌そうに「フン」と鼻を鳴らして、窓の外に広がる風光へと首を回し、黙り込んでしまった。

「先生は慮外のアクシデントにはめっぽう弱いですもんね。」

「……。」

 やはり、アマネが反駁する事は無い。アマネは感情の起伏に乏しいとは常々カナタも感想を抱いていたが、自身の沽券に係わるような皮肉にはいつも食い気味に反論していた彼女が、こうまでだんまりを決め込むのも、なんだか珍しい様に思えた。

「話を戻しましょうか。――大抵の工房領域には共通して、『祖域浸染』と呼ばれる『界律』が働いています。これはその領域を支配している工房が、元置かれていた地域の環境や風土を領域内に再現する『界律』ですね。」

「理解しましたわ。つまりその、『祖域浸染』が適用されているからこそ、同じ日本の同じ関東平野の中にあっても、世界各国の気候環境が混在しているのですね?」

「ルーインシティの結界の内部を関東平野と言い収めるのは……随分と無理がある気もしますけど。まぁ、その考えに間違いはありませんね。飆の工房(エアロホルン)ならアルプス山脈やその周辺の環境。塵の工房(グラヴェラ)なら工房内における主派閥の本拠地たる中央アジアと、別派閥が拠点にしていたアラブ世界を混成させたような環境……といった具合に、ルーインシティの内部は地球の縮図と言っても過言では無いんですよ。」

「工房内の派閥ごとに、各所に拠点がございますのね?」

「ええ、工房と言っても一枚岩じゃありませんから。思想の違いや分野の違いで、複数のエリアに支部や分家が存在している工房も少なくありません。それが顕著だったのが、全工房最大規模の衡の工房(シグ・リーブラ)なんですよ。」

「そういえば、天秤港はこれといってどこのお国柄も反映されていたように思えませんでしたわね。」

「はい。西はエディンバラ、東はマンハッタンまで、衡の工房(シグ・リーブラ)の交易中継地兼各支部拠点は様々な都市に点在していましたからね。天秤港はそういった背景から、『祖域浸染』の『界律』が働いていない稀有な工房領域なんですよ。」

 これまでアマネが詳しく語ってこなかった工房とそれに連なる領域の仕組みに関するアザルの講釈がひと段落したあたりで、カナタは窓の外の景色が段々と移ろってきていることに気が付いた。

「わぁ……。」

「見えてきましたね。ようこそ――と言っても、ぼくはここの出じゃありませんけど。ジウファ・シュタット、霊峰ヴァイサシュピア山麓に広がる坂道の大都市ですよ!」


 ロープウェイの終着駅は周辺一帯の中でもランドマークのように一際高く建造されており、ジウファ・シュタットの街並みを下から一望できるようになっていた。

 緩やかな坂道に建ち並ぶ、デザインの統一された縦長の直方体の建物の壁面には、乳白色の漆喰が使われ、赤褐色の屋根は大多数が台形状に揃えられている。石畳の大通りには金属製のレールが埋め込まれ、遠くにはその上をケーブルカーが走行している様も視認できた。

 海と見紛う程に広大な湖に面したその都市には、主にヨーロッパ系の外見的特徴を有する住人たちが行き交っている。その誰しもが、晴れやかな――人によっては常に笑顔を浮かべて、同じ街に住まう隣人や知人友人らと交流していた。

「……いけない、普通に海外旅行に訪れた気分になりましたわ。」

「ハハハ! その感想は何も間違ってませんよ、お嬢さん。()の工房領域であるクート・クラブ、そしてその首都であるこのジウファ・シュタットは、ルーインシティ屈指の避暑地・別荘地として有名ですからね!」

「……アザル、話が長い。さっさと駅、降りるよ。」

 チケットゲートに立つ駅員に片道用の切符を手渡し、駆け足で出口へ向かう下り階段を降りていくアマネの背を眺めながら、アザルは困ったように微笑む。

「先生……極力逃げ道を確保しようとする癖、直ってないんですね。どうしますか、お嬢さん? エレベーターもありますし、ここの駅はご覧の通り、かなり高い場所にありますよ。」

 降りる手段を問われ、カナタは少し焦りながらもほぼ迷わず、答えを口にする。

「わ、わたくしも階段を使いますわ! ……つむじかぜ、の一字を冠しているんですもの。風に当たりながら街並みと明媚を浴びるのも、風流ではありませんこと?」

「ええ、異論はありません! ……よし、それじゃあお嬢さん。お手をどうぞ。」

 そう言って、階段を一段だけ降りると、アザルはカナタへと手を差し伸べた。

「えっ!?」

「おや、男性に手を委ねる経験はありませんか?」

「し、社交ダンスで少しばかり……程度、ですわね。」

「ここの階段は幾分か急勾配ですから。お嬢さんに万が一があっては、ぼくが先生に蹴飛ばされてしまいます!」

 冗談ぽくウインクして見せるアザルが伸ばす手へと、カナタは恐る恐る自らの手を重ねた。

「――アザル、スライヤに言いつけるよ。」

 直後、いつの間にか先程まで遥か下方を駆け下りていたはずのアマネが、アザルの背後に立ち、不信感を隠さない眼差しで彼のうなじを睨んでいた。

「ハ……ハハハ、スーラに言っても溜息吐かれるくらいで終わると思いますよ……。」

 冷汗を額に滲ませながら、乾いた笑い声を聞かせるアザルへと、アマネは一層冷たい声音で詰る。

「じゃあヒンド? モナ? イズディハル? アティーファ? どの嫁さんに言えば懲りる?」

「既婚者でしたの!?」

「……色々あって、今じゃかなりの大金持ちだからね、こいつは。五人の嫁に八人のガキども抱えてる大所帯の主人だよ。」

「ファラハニ様……その、お手を借りるのは辞退しておきますわね……。」

 眉根を寄せて、諦めたような表情を見せると、アザルはそれでもカナタへ降段の際は足下に気を付けるよう忠告し、アマネの後に続いて階段を降り始めた。

「ほんとにあんたって小僧は……。あんまりツレに心配させてやるんじゃないよ。今でも月イチで全員からダイレクトメッセージが送られてくるんだよ。いい迷惑なんだからね。」

「へぇ、先生と彼女たちの会話、気になりますね!」

「うるさい、スケコマシの旦那が他の工房で節操無しにサカってないかって聞かれるんだよ。私が知った事じゃないってのに。」

「ハハハ、ぼくはそんな見境の無い男じゃないって言っておいてくださいよ!」

「……。」

 言外に「そう思われてないから聞かれるんだよ」という苛立ちにも似た視線をアザルに向けて放つがしかし、すぐに瞼を閉じ、フンと鼻を鳴らしてアマネは再び階段を駆け下りていく。アザルも背後で呆気に取られるカナタへとヒラヒラと手を振りながら、微笑みを浮かべて階下へと消えていく。


 ――ふと、一陣の風が吹く。首から提げた宝珠のペンダントが、期待と一抹の不安に高鳴る心臓をあやすように、胸元で揺れ躍るのを感じた。

『風は、色んなものを載せて旅をする、気ままな運び屋さ。』

 遠離に見やる、初夏の若葉に翡翠色を彩る山稜から吹いてくる温かく柔らかい風の向こう側、人間では到底感じるには寿命ひとつでは足りないような領域から、飄々とした少年の声が聞こえてくる。

『ようこそ、厄災の残滓に誘われたお客様。きっと君と僕が巡り会う場所は、その風の中には無いけれど。』

 やがて風は、色とりどりの花弁を運んで、かつて工房の本拠地だったとされる地域の、熊殺し大公が創設したとされる街を模した、赤白の市街地に平穏と吉兆を届けに消えていく。

『――そうだな、旅人である僕から、旅人である君へ、とびきりの祝福を添えて。』

 そして風は凪ぎ、胸の上で跳ねる琥珀が静まると共に、少年の声も風に掻き消えて薄れていった。

『波乱爛漫の山脈、飆の工房(エアロホルン)を心ゆくままに楽しんで! Bon voyage(よいたびを)!』

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