表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルーインシティ・ウォーキング  作者: 和泉キョーカ
序章
2/70

『影法師』先生による実技と座学授業

執行人:時計塔の工房、ホロロジアの行政機関に所属している、時計塔の工房を渦巻く厄災を鎮圧するための術を持った人間の職務名。『礼讃武装』と呼ばれる特殊武器を体内に埋め込んでいる。

「おまえが……おまえが『影法師』か! 会いたかったぞ、『影法師』ッ!!」

 銃口を向けられ、その場で一時的に足を止めた修道服の襲撃者たちの中のひとり、青い髪の男が、手首を押さえながら『影法師』に向かって吼える。『影法師』は眉ひとつ動かさず、彼の次の言葉を待った。

「どんな依頼を受けてそんな愚行に及んだかには興味が無いが……我ら『懺悔室』の主力シスターである『燭台』の執行人、ローズマリー・カラスを殺害した挙句、将来を期待された新米シスターだったはずの妹、トレニア・カラスまで工房外へ逃亡させた張本人!」

「……『懺悔室』の人員不足、解消されたの。」

「ああ! 俺は『懺悔室』六代目『庭園』の執行人……ヨーゼフ・オールドウェイだ! 貴様が奪取した『燭台』と『避雷針』の『礼讃武装』、返してもらうぞ!」

 何が何だかわからない、という脳内の言葉がよくわかる表情で、ヨーゼフと名乗った修道僧と『影法師』のやり取りを互いの顔を交互に見ながらただ見つめていたカナタの姿をちらりと一瞥し、『影法師』は溜息を吐く。

「あんたがこの情報を持ち帰る事だけは阻止しなきゃいけないんだけど……ここだけの話、あんたが探してる『礼讃武装』は二つとも、トレニアが今でも持ってるよ。」

「痴れ事を……っ! 構わん、貴様は俺が殺す! 『主よ、憐れみ給え』、『子よ、憐れみ給え』、『主よ、賜い給え』、『庭園を冠する我が身が諭す』――『キリエ・エレイソン』!」

「あ、その長ったらしい詠唱、結局短縮化とかされてないんだ。」

 ぼんやりと、ヨーゼフが呪文を口にする間、『影法師』はハンドガンを襲撃者たちに向けたまま、その様子をただ眺めていた。しかし、その状況はすぐさまに一変する。


 ヨーゼフが右手で押さえていた左腕をアスファルトの路上に叩きつけると、地面がまるで沸騰するように隆起し始め、やがてそれは空間を仕切っていた建築物の壁面へと伝播していく。

「……数代前の『庭園』の方が、もっとちゃんとした祈りを使えてたなぁ。なんて……無粋で、品の無い――。」

 『影法師』のぼやきは、建材を突き破って息吹く植物の幹の破壊音に紛れて搔き消される。ヨーゼフがその秘術を行使したのと同時に、他の修行僧たちも次々に直剣や短剣を取り出し、『影法師』に向かって襲い掛かる。

「急成長していく植物で地形を変えて、それを利用した変則攻撃か。……ねぇヨーゼフとやら。あんた、ほんとに今でも『懺悔室』にいるの?」

「……っ。」

「あはは、まぁそうだよね。今の『庭園』は誰? それとも、その『礼讃武装』はくすねてきたの? 今、『懺悔室』に『庭園』はいないのかな? となるとあんた、鐘楼機関の中でも他の部署が首を突っ込みにくい……そうだな、『異端誅罰局』とかの人員だろ。」

 無表情のまま笑い、無表情のままスラスラと彼の故郷に関する秘匿された情報について口にし、さらに無表情のまま的確な推理を披露する『影法師』に、ヨーゼフの表情が固くなる。

「だってそうでしょ。『懺悔室』の連中が自分の『礼讃武装』を披露するのなんて、『紅夜』相手だけ。それなのに、あんた以外の執行人たちがこんなにもあんたの『礼讃武装』を使った戦闘に順応できてる。……可哀そうなヨーゼフ。友達、できなかったんだね。」

「い――、意味のよくわからない単語を並べ立てて煽るのは構いませんけれど、さっさとこの状況をなんとかしてくださいまし!!」

 悲鳴にも似た糾弾を喚くカナタの声にヒョイと肩をすくめると、『影法師』は右手のハンドガンを一度コートへしまう。最初に飛び掛かってきた男の側頭部を勢いよく蹴り飛ばし、次に襲い来る尼僧の襟首を荒々しく掴んで頭蓋骨が潰れるほどの速度で壁面へ叩きつけた。

「うっ……!」

 至近距離でその光景を目にしてしまったカナタの顔が青ざめるのを通り越して土気色になっていく。

「なに、もっと綺麗に殺せばいいの。お嬢様は我儘だね。」

 ふぅ、と溜息ひとつ、『影法師』は再び右手にハンドガンを握ると、背後から迫っていた三人の僧兵たちを瞥することもなく、無駄撃ちも無く一瞬で射殺して見せる。

「……さて。」

 そして、『影法師』とカナタの前に立ちはだかった襲撃者は、ヨーゼフを含めて残り三人までに減っていた。

「あーあ、可哀そうにヨーゼフ。ただでさえ紅夜討伐の為には今だって人数が足りてるわけじゃないだろうに。私の実力を見誤って、こんな少人数で来ちゃったせいで、もう生きて帰ってもお偉方に消されちゃうねぇ。」

「くそっ……! いいや、俺が貴様を殺せば、それで帳消しだッ!!」

 叫ぶヨーゼフの殺意に呼応するように、樹木の幹が『影法師』を握り潰さんと肉薄する。

 ――しかし。

「無理。」

 一発の銃声。ヨーゼフの左側に構えていた修行僧の男が、脳天を貫かれてその場に斃れる。

「無駄。」

 続いて一発の銃声。ヨーゼフの右側に立っていた尼僧が、心臓を貫通されてその場に崩れ落ちる。

「――無意味。」

 そして、バチンと指の鳴る一音。『影法師』の頬を撫ぜるまでに迫っていたヨーゼフの樹木に、オレンジ色に煌めく焔が着火する。それはまるでマッチ棒を炭化させていくように、気付いた時には既に、ヨーゼフの左手首に引火していた。

「あっ……う、うわあああぁぁ――ッ!!?」

「身体が焼けた程度でぎゃあぎゃあ騒がないでよ。あんたの大好きなローズマリーはこんなことじゃ泣きもしなかったよ。」

「あ、あアぁアアァあああっ! い、いタイ!! 痛いよォ!! だっ、だだ、……――ッッ!!!」

 見る見る間に焔はヨーゼフの体中を這い回り、喉も焼け爛れた彼の叫びはやがて、音も無い断末魔へと変貌していく。

「……ごめんね、ローズ。ちょっと嘘ついたかも。」

 そう、『影法師』がぽつりと呟いた時にはもう、ヨーゼフは物言わぬ真っ黒な炭に成り果てていた。

 後に残ったのは、終始無表情のままロングコートのポケットに両手を突っ込む『影法師』と、ガタガタと震えながら、なんとか胃液の逆流を制御しようと必死に口元を手で押さえ込むカナタの、二人の少女だけだった。


 それで、と。『影法師』はベッドに腰かけ、体調不良を緩和するという、『影法師』から渡された謎の薬品を服用するカナタに問いかける。

「君、魔術について何がわかってて、何がわからないの。」

 ここはカナタが宿泊しているというホテル。先程の戦闘現場から数駅離れた場所に存在している摩天楼の一角にあった。

「なっ……何も知りません、わ!」

 未だ肩で息をするカナタに、『影法師』は呆れたように溜息を吐く。

「簡単に言えばね……。」


 ――魔術とは、魔力を体内に保有する人種、『魔術師』のみが行使できる現実改変能力である。


「魔術は幾つかの『要素』で成り立つんだ。算数だよ。『1+2=3』の数式を魔術とする。3が魔術の結果なら、魔術には『1』、『+』、『2』の要素がある。もちろん、本当はもっと複雑だけど。」

「……え、えぇ。」

 理解しているか理解していないのか、顔色の変わらないカナタをよそに、『影法師』は先程手にしていたハンドガンをカナタに見せた。

「最近の魔術師はだいたいが、魔術を使うための道具としてこういう銃器型のアイテムを用いる。うーん、実際にはこれ、総称をWitch(ウィッチ) Craft(クラフト) Arms(アームズ)、略してWiCAr(ヴィカール)って言うんだけど……今は覚えなくていいや。」

「覚えなくて良いなら教えないでくださいまし!? 頭が混乱しますわ!」

「お、調子戻ってきたんじゃない。」

 『影法師』に皮肉られ、顔色に徐々に血色が戻ってきていたカナタは声も無く、まるで威嚇する猫のような目で『影法師』を睨んだ。

「ま、こういう銃器に魔術の要素……『魔術式』を弾丸のようなモノとして装填することで、魔術を狙った位置に発現させてる、ってワケ。」

 そこまで話し終えて、室内でも相変わらず身に着けているロングコートの内側にハンドガンを隠すと、『影法師』はホテルの窓の外に臨む街並みに視線を向けながら、次の説明に移行した。

「魔術師は大抵、血筋だとか、主義思想だとか、使用する魔術系統なんかで、それぞれ名のある派閥に加わっているんだ。その派閥の事を、『工房』って言う。」

 そこまで言い終えて『影法師』がカナタの方を見やれば、カナタはなんと律義にメモ帳を取り出し、ペンを走らせていた。少しだけ『影法師』の目尻が下がるが、すぐに説明を再開させてしまう。

「……ある時、それまで人間たちからは隠れて生きていた世界中の魔術師が、この地に集結する事件があったんだ。いいや、集結しなきゃ、地球が滅ぼされていたかもしれない事件があった。」

「……『ルーインの怪物』。」

 その単語だけは、カナタの口から放たれた。

「わたくしでも知っているほどに、それは歴史の数ページ足り得ましたから。」

「……そ。そして、それによって主政府を持たなくなった旧日本国は関東平野に、この街は半年という短期間で設立された。」


 ――ルーインシティ。魔術師の、魔術師による、魔術師のための、災厄を忘れぬよう災厄の意をその名に掲げた、魔術の街。


「『ルーインの怪物』が封印されたこの関東平野は、超膨大な自然的魔力が渦巻く霊地になっているからね。魔術師たちはこぞってルーインシティに移り住んだってワケ。各国に存在していた、各工房の本拠点ごと、ね。」

「先程、貴方が口にしていたシグ・リーブラ……だとか、ホロロジアというのも、工房の名前なんですの?」

「察しがいいね。そう、ここはルーインシティの中で、東ヨーロッパを中心としてその勢力を拡大していたヨーロッパ最大規模の工房、衡の工房(シグ・リーブラ)が管理している区画。その名も天秤港(てんびんこう)。立派でしょ。」

 そう言って、『影法師』は高級ホテルの上層階から見ても地平線まで広がっている、白銀色で統一された摩天楼の港湾都市に向かって、手を広げて見せた。その顔は、――カナタの錯覚かもしれないが――心なしか、笑っているようにも見えた。

「こうやって、各工房はルーインシティに来た時、自分たちが住んでいた地域や工房の特色に似合うように、ルーインシティの中に多くの独立した領域を作り上げたんだ。これが工房領域。天秤港も工房領域の一種さ。」

「ああ、それでしたら航空便の機内放送で小耳に挟みましたわ。ルーインシティは全体が外界から隔絶された障壁で覆われていて、障壁の内側は大陸規模にまで空間が歪んでいるのでしょう?」

 こくり、と頷く『影法師』。

「工房領域はその障壁の内側をさらに細分化している障壁で作られた境域だね。ルーインシティの中には、砂漠もあるし凍土もある。火山もあるし湖もある。未来都市もあれば古風な都市だってあるんだ。」

 そうして、『影法師』の講義は続いた。それは太陽が沈み、月がやがて天蓋を下り始めかけるまで続いていった。その終わりは、疲れ果てたカナタがベッドの中に沈み込む事で訪れるのであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ