第六話:ヨルコ=ルロワの入学式
ベルセルグ王立魔導学園はベルセルグ随一の教育機関である。
毎年国中から数百の生徒が入学し、一流の魔法使い、或いは魔導騎士として卒業していく。
元々は才能ある者たちを叩き上げる、武人的な気質で成り立った学園であったが、創立50年を過ぎる頃にはまるで別物の学園として開花した。
学園の運営に携わる貴族勢力が、より格式高い学園に我が子を入学させられるよう、多大な資本を流入させたことが原因だ。
我が子が学ぶ場は華やかで格式高くなくてはならぬ。
我が子も入学できるよう、受け入れ人数を拡充させたい。そのためには学園はもっと巨大でなければならぬ。
かくして学園には社交場としてのパーティールームが設立され、優雅なティータイムを楽しみながら会話を交わせるラウンジが用意された。
国内の魔導研究商会の人間も出入りする専用の研究屋敷が作られ、魔導技術基礎研究の最前線として発展した。
戦神アレスを祀る神殿が築かれ、時折国事としての儀式が行われるようになった。
正式な付属ではないが、12歳までの貴族の子女が学べる幼年学舎が敷地内に建てられ、人生の大半を学園の敷地内で過ごす者も生まれた。
学園で出会い、婚姻を果たした第20代ベルセルグ国王夫妻が学園で式を執り行い、多くの貴族が見守る中で神の祝福に包まれた。
現在の学園の規模は当初の100倍とまで言われ、既に土魔法による七度の完全改築が行われ、万全の教育環境を提供し続けている。
そうして今年で創立200年を迎えるベルセルグ王立魔導学院は、貴族の子女の中でも憧れの、国内髄一の格式と伝統のある場所となったのである。
「そのベルセルグ魔導学園になんであんなのがいるのかしらね?」
「まったくだな。我々と違って一年間勉強に費やしてなんとか受験を許されるような連中だというのに、それが席を並べて同列に学ぶというのだから。大人達も何を考えているのやら」
「まあまあ、そこまでにしておいてあげなさいな。ほら、あそこの女の子たちを見てみなさいな。きっとあれがどこぞの好色当主の側室に収まるためにわざわざ頑張った健気な子たちよ」
「ああ、そういえばそんな話も聞きましたねえ。なるほど、やたら女顔で男子生徒の制服を着ている変な庶民がいたなとは思いましたが、そういう趣味の方の推薦でここに来たのですか。ははっ、僕ならそんなの、死んでも嫌ですよ。まったく浅ましい浅ましい」
――この世界の貴族。陰険とかじゃなくてすごく攻撃的だよねえ。あれかな、身
分が違うから別の生き物とか思ってる感じ?
実に聞えよがしにしゃべり続ける彼らの声が、式典の後方席に身を小さくして座るヨルコとヴィルヘルムの頭上を通り抜けていく。
特に示し合わせて訳ではないが、ヨルコ達の近くにはヨルコと同じ家紋無し――平民の入学生たちが集まっていた。
「なんだかすごい人もいるんだね」
「え、どこ?」
「あそこ」
ヨルコの隣に座っていたヴィルヘルムの小さな体が立ち上がってつま先立ちになり、式場の最前列を指示した。
見ると、その席のど真ん中――は座ってはいけないことになっているので、その隣ぎりぎりに、足を組んで座る男がいた。
あまりに堂々としていたのでヨルコは見逃していたのだが、その男の肩口は家紋が無い。つまり、平民出身の入学生である。
『やべえ奴だ』
「え、ヨルコ、今なんて?」
「あー、うん。日本語……じゃなくて、いやほんとうに度胸あるなって」
ヨルコは貴族社会なんてものにまともに触れたことはないが、日本の女子社会という階層社会には所属していた記憶があるので、あれが見た目以上の型破りであることは肌で感じ取っていた。
――たぶん席次みたいなのって決まってるよね……。私たちがここに座ってられるのって、貴
族の人たちの圧と言葉に負けて追いやられていくうちに自然にここにたどり着いたからだ
し、たぶんここが最下層。さっきからいろんな人に挨拶されてるあの二人が最上位かな?
あ、違う。今年は最上位が確定しているんだった。
「あら貴方達。ここに居ましたのね」
と、検分を始めたヨルコの背にかかる声があった。
どこかで聞いたようなその声に振り返ると、数刻前に見知ったばかりの顔が、見覚えのあるお供5人を引き連れてやってきていた。
「ランポッサ……様」
「不敬、不敬よ。不敬に過ぎるわ。私、貴女に名乗った記憶はございませんでしてよ? 何故貴女が私の名を呼ぶの? 甚だしく不愉快だわ」
そうだそうだと囃し立てる声の中に、先刻はヨルコ達への気づかいを見せてくれた眼鏡の大男――ルークの声もあった。
どうやら彼は普段は基本、こういったスタンスでいるらしい。
「ねえ。なんで貴方たちはここにいるの? 王国の199年の歴史を土足で汚そうとするの? 王国民として恥ずかしいとは思わないの?」
ヴィルヘルムが何かを言おうとする気配を察し、ヨルコは手を握ってそれを抑えた。
彼女がこちらにぶつけているのは理屈ではなく感情の奔流だ。
言葉を交わして、たとえ正当な理屈をもって彼女を説得したとしても彼女の憤りとこちらへの憎悪が深まるだけ。
――ここは耐え忍ぶしかない。
適度にやり込められたように見せかけるような高度なコミュニケーションスキルはヨルコにはない。
怒らせない範囲で適当に受け流し、何とか式が始まるまで持たせよう。
そう覚悟したヨルコに、救いの手が舞い降りた。
「ランポッサさん。そろそろ着席してくださいませんか?」
その救いの手は、ヨルコもヴィルヘルムも、声をかけられたランポッサでさえ気づかぬうちに音もなく忍び寄った小さな影だった。
その影は慌てて振り向いたランポッサの両肩にとん、と手を置き、笑顔を浮かべた。
「ランポッサさん、ごきげんよう。入学式で浮かれる気持ちは分かりますが、私語は慎んでくださいね。王族の方もお見えです。今日の新入生監督役は私ですから。私の顔を立ててくれませんと」
「シ、シルヴァアクス様……いえ、先輩。こ、これは大変失礼いたしました」
「よろしいです。あ、ルーク君お久しぶりですね。相変わらず背が高い。ミナリスさん、お父様を先日道場でお見掛けしましたよ。相変わらずの剛腕でした。それと――」
不意打ちを成功させ、そのまま他の少年少女達に短く挨拶の声を向けていくのはとても小柄な上級生の女の子だった。
背丈だけを見れば、ついこの前まで幼年学校に通っていた新入生と同じ程度。一年年上の平民組の中で最も低いであろうヴィルヘルムともいい勝負である。
肩にかかる長さでふわりと広がる薄い青髪が彼女の色彩を淡くし、世界に溶けて消えそうな姿であったが、言葉を交わしている間は不思議と存在感を醸し出している。
今日はその頭に見慣れない大きな三角帽を載せており、裾の長い魔導学園の制服と合わせ、まるで古代の魔女のようだ。
「ああ、それと――」『ヨルコさん、お久しぶりです』
『お久しぶり、真昼ちゃん。どうもありがとう』
懐かしい日本語の音節。生で聞くのは久しぶりな、絹布のように優しい声。
ヨルコ達の元にやってきたのは、199期生にして二回生のアヴィ=シルヴァアクス伯爵令嬢。
またの名を、ヨルコの親愛なる友人、竜ヶ峰真昼だった。