第十五話:エイナと?と受難の時1(王子様のお茶会:後)
※長すぎたので「後」をさらに分割します、申し訳ありません。
Wiki>乙女ゲーム>か行>金の王子と銀の騎士
用語解説
◎金王子アルト=ベルセルグの”胃痛レベル”
ーーーーー共通ココカラ
Q:なんでこのwikiはQ&A方式が多いんでしょう?
まさか頭のQ &Aコーナー以外でも同じ形式を見るとは思いませんでした。
A:管理者「MiniDra」の趣味です。気になる場合は読み飛ばしていただいて
もかまいません。wiki本項の解説だけで必要情報は集められる仕様です。
Q:あらゆる用語解説ページで同じQ&Aを見させられる私たちの気持ちを考え
てください
A:そう言われると思い、初訪問時以降、本共通Q&Aは
閉じられる仕様となっています。ご安心ください。
ーーーーー共通ココマデ
Q:胃痛レベルとはなんですか?
A:プレイヤーが使い出した、非公式用語です。
金王子と主人公が恋仲になるゲームルート(以下金王子ルート)が確定後、
画面左上にいきなり表示されるようになる謎の数字のことです。
Q:何故そのような単語が使われ出したのですか?
A:金王子ルートがどのような終わり方を迎えるかに密接に関わる値のため、
攻略者同士で情報交換を行うために単語が欲しくなって名付けられました。
Q:それで、その数字は具体的には何なのでしょう?
A:金王子の精神に入っているダメージ量のようなものです。思いもかけない
タイミングでダメージが入るので、中々シビアなフラグ管理が必要になり
ます。
Q:そもそもなんでそんな人がずっと王子をやれていたのですか?
A:別ページとなるシナリオ面でのネタバレはこの項では避けますが、主人公
がまず特別な立場です。
主人公と金王子の出会い以前に、彼の胃痛レベルを極端に上げられる人物
との出会いはありませんでした。
もし登場していた場合、物語の展開は大きく変わっていたことでしょう。
Q:その詳細は、本編をご確認ください、ですか?
A:その通りです。以下の詳細wikiページを見るのも良いですが、プレイの途
中でしたら是非最後までこの胃痛王子の行く末を見届けてあげてくださ
い。
ーーーーー共通ココカラ②
Q:それにしても、発売から1年が経ってもwikiが更新されるのは中々コアなフ
ァンがいるゲームですね。
A:このゲームの登場キャラクターはゲームの中身だけでは掘り下げきれていな
いところがありますので。
ゲーム作成者たちだけでは辿り着けなかったものを知りたいと思うユーザー
は多いのです。
Q:ところで、やはりこのQ&Aコーナーの更新者はゲーム制作者さんですよね?
A:ご想像にお任せします。
ーーーーー共通ココマデ②
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「ねえ、エイナ」
「なんでしょう、アルト殿下?」
アルトにエスコートを受けて歩むエイナは、すぐ隣からの問いかけの声に顔を上げた。
二人が進むのは、ベルセルグ王国王子様方を迎えるために整えられた学園のラウンジの一角。
ミール書記長を筆頭する役員たちの奮闘が実り、数刻前に準備されたとは思えないほど見事に、王族を迎える会場として完成していた。
「みんな、本当によくやってくれたね」
「そうですわね。皆、アルト殿下のためにと全霊を尽くしましたもの」
常のラウンジも貴族の子女が使用するのに十分な快適さと格式高い美しさを持っている。
だが今日はそれだけではない。
王宮付の鑑定士も感嘆の息を漏らしそうな極上の美術品と、学内最高格の布物での飾り付けが二人の進む道沿いに存分に配されていた。
これらは今晩行われる学園社交界のために用意されていた物品だ。
生徒会役員が、王子様らを歓待後すぐにそのまま元の予定の場所に配置できるよう万全の計画書を作成。学園を説得し、ようやく配置が叶った品々である。
勿論、重厚な絨毯も窓掛も、全てが大変な重さの代物だ。
二回生以上の成績優秀な魔法の使い手たちの魔力容量と魔法行使の腕。
それらをフル活用しての大掛かりな移動計画が立てられていた。
さらに、王宮付の名高い絵師の描いた絵画や現国王が贔屓にしている彫刻家の作品など。
多くの作品が見事な配置で設えられている。
王都在住の高名な飾り付け師の指揮によるもので、元を辿ればアルト王子とのコネクションとなる男だ。
しかし、今回はその飾り付け師の呼び出しにアルト王子は出張っていない。
飾り付け師に朝の急な箒一本での訪問を行い、そして急な依頼で即応してもらえるほどに信頼関係を役員となってから築けた者が生徒会に在籍しているのだ。
無論、それでもどうしても用意できないものなどはあったはずである。
しかし、第一王子として審美眼を培ったアルト王子の目から見ても、このラウンジにそのような瑕疵は見当たらない。
万が一にも「急ごしらえのみすぼらしい歓待の場」などと来賓の王子様方から難癖をつけられないように。
そう決意した生徒会役員が、短い時間で努力したその熱量の残り香だけがありありと伺えた。
「私のために……か。それを言うのならばエイナ、これは君のためだろう。ベルセルグ魔導学園、中等部すべての生徒の代表、全総代は君なのだから」
「あら? 私の影響力なんて知れたものでしてよ。女性社会の方はゴルドランス家の派閥でどうにかなっても、男性社会の方は規則と執行と裁決で無理に抑えている部分が多いですもの」
全総代エイナ=ゴルドランスの辣腕は学内で有名だ。
未来の王妃に限りなく近い立ち位置にとはいえ、そもそもの興りが武の国であったベルセルグ王国である。
男尊女卑の気風は一部貴族の間で未だ根強い。
まして、中等部最高学年の三年生ではなく二年生から選ばれたエイナである。
エイナを侮る声はかねてより無視できないほどであった。
しかし、現在そのすべてをエイナはねじ伏せ抑えることができている。
それはエイナ自身の力と、エイナが大半を目利きして選んだ生徒会のメンバーの手腕が大きい。
「しかし君は変わったね、エイナ。一年前、その異国の”着物”を着て公の場に立つようになってからは特にそうだ」
「……よしてくださいませ。
アルト殿下に代わっての不相応な立場を、せいぜい優雅に君臨しているように見えるよう努めているだけ。
裏の粉骨砕身の姿勢を見せないように、必死に足掻いているだけですわ。
本当になんでもできてしまう殿下のようにはいられません」
異国の意匠の青い羽織を纏い、真竜の牙のように美しい金髪を揺らして歩むエイナの姿は、アルトの心に強大な青竜を彷彿とさせた。
エイナの纏う着物。
それはアルト王子にとって、眩しく力強い婚約者の心の輝きの象徴だった。
自分にはない、本物の自信を抱えているに違いないと確信させる、鮮烈な装いである。
しかし、エイナにとっては違う。
エイナにとって着物とは、せめて身を包むものだけでも自分を落ち着かせられうものにと、一年前にすがる気持ちで調達したか弱い鎧だった。
王国の誇る才媛、エイナ=ゴルドランスとして誇りを持ちつつ、けれど長年ずっと何をしても敵わなかった幼馴染、アルト=ベルセルグ第一王子。
大人も敵わないほどの知恵を買われ、父や兄たちと同じ世界にもう足を踏み入れていたエイナにとって大きな背中を持った美貌の少年。
その彼の代わりに全総代として内定してしまったことで、エイナは変わらざるを得なかった。
寝付けぬ夜、焦れば焦るほどに荒れていく肌、身体をむしばむ焦燥感と不安感を振りはらうため、前世の自分を思い出せる武装として纏ったのが、着物という衣服だった。
「君は立派だ」
「殿下に言われるのは面映ゆいですわ」
しかし二人は、そんな想いを決して相手には口にしない。
それは、それがお互いにとって最も隠したい自分の弱さそのものだからだ。
告げることで気持ちが楽にはなることはあるかもしれない。
けれど、隠したまま今の振舞を続けるより、明かしてしまった後に今の振舞を続けることの方が大変であることを二人ともが悟っていた。
だからこそ今現在、優秀なお互いを笑顔で讃えっているかのように見える、誇り高き王国貴族と王族の二人は。
その心の中でただひたすら大きな孤独と向き合い、そのことを隠している。
相手から向けられる期待の言葉を、越えるべき試練として真面目に受け止め、積み重ねながら。
うず高く積まれたそれから逃げようともせず、今も精神を擦り減らしながらぶつかっていた。
「アルト殿下? 立ち止まってどうしましたの? ご気分でも?」
「……いや、妹のことが心配でね。とはいえもう時間だ。行こう。バルコニーの扉を開ける心の準備はいいかい?」
「大丈夫ですわ」
アルトがすり減らした精神は、胸の奥、胃のあたりのしくしくとした痛みとして彼を蝕む。
エイナの傍にいることでどうしても強くなってしまう痛みにアルトは思わず歩みを止めたが、適当にごまかした。
一方のエイナは、これから始まるお茶会でアルトの邪魔になってはいけないと、気持ちを隣のアルトから仮想敵の王子達に切り替える。
並んではいても寄り添っていない二人は、息を吸って一歩を踏み出した。
扉が開かれ、二人に向けて真昼の太陽の光が差し込む。
生徒会役員の主導で先にバルコニーに待っていた弟王子達が二人を見た。
「お久しぶりですね、兄上」
「お、久しぶりぃ、元気やったぁ?」
「「お久しゅうございます、兄上!」」
この国の王子達の姿を見ようとバルコニーの下に集まった生徒たちが二人を見る。
「いらっしゃいましたわ! ……エイナ様も一緒、ですのね……うぅ」
「ああ! アルト様! 学業の方はパスされているからと、同じクラスでも中々お会いできませんもの! この機会を逃すわけにはいきません、念写魔法隊! 準備はよろしくて!?」
「「仰せのままに、お嬢様!!」」
遠くからも、彼らを興味深げに見る者達がいた。
「お、アルト様の登場やな。エイナ様もご一緒か。さすが婚約者やな」
「ご令嬢がたの心のブーイングが聞こえてきそうやわあ。公爵令嬢の鉄の全総代に直接言う勇気はないやろうけど。竜の牙をつつく阿呆には誰もなりたくないわな。今日のキモノ? は青なんやね。もしかして本当に強大な青竜をイメージしてたりするんやろうか」
「あー、エイナ、……さまは怖いからねー」
お茶会を成功させるために待機し、二人を信頼の目で見つめる者達がいた。
「ミール様、護衛班は問題なく動いています! また、昼休憩に入った一部教師をお目付け役として派遣してもらう手筈も順調に進行中です」
「報告ありがとうございます。ここからが勝負ですね。気を引き締めていきましょう」
「「「了解!!」」」
大勢の視線を受け、アルト王子の胃の痛みは逆に和らいだ。
視線を受けるのは彼の日常である。
そこに、彼を緊張させる要素はない。
「待たせてすまないね、皆。今から防諜の結界を張ろう」
まずは手を挙げて弟たちに応じたアルトは、取り出した真っ白な杖で繊細な魔法術式を描き出し、そこに魔力を注いでいく。
その行為は、この手の会談などの際にアルトが実行するルーティーンを兼ねていた。
魔法研究者気質のアルトにとって結界の構築作業は、ピアニストがピアノに触れるような行為だ。
程よい緊張と安らぎをその身にもたらしてくれる。
そして、ヨルコが前世で見たwikiに記載されているところの「胃痛ダメージレベル1」状態にまでアルトは復帰することに成功した。
しかし、アルトに一息をつく間はなかった。
「ごきげんよう。王子様方。この度は王族の皆様方の集いにお招きくださり、まことにありがとうございます」
「気にせんときぃ。エイナくんを招くのは僕ら満場一致で決めたことやし。提案したのは僕やけどなぁ」
結界を構築するアルトに代わって、後ろに控えていたエイナが挨拶を告げた。
紅茶のカップを席に置いて立ち上がった第三王子が狐のように切長な目で笑みを浮かべ、両腕を広げて応じてそれに応じて見せる。
最近、王国西方商人の言葉遣いにかぶれているという彼の語った言葉。
それは、エイナを含む生徒会に無理な負荷をかけようとした犯人の一人が第三王子であるという裏のアピールに他ならなかった。
アルトの胃痛レベルが上がる。
「そうでしたの! それは本当に感謝申し上げますわ!」
そのアピールにエイナは、第三王子の手を少しばかり強引に取り、握手するという形で応える。
弟王子との付き合いの長いアルトは、手を取られたほんの一瞬、弟の笑みの表情が歪み、エイナに向ける忌々しげな視線が現れたことを見て取った。
アルトの胃痛レベルは上がらなかったが、口から嘆息が漏れた。
アルト王子にその視線の意味は想像するしかできなかったが、エイナが何かしらの先制攻撃を仕掛けたらしいことを悟った。
悟ったと同時、アルトの胃痛レベルが上がる。
表向き和やかに、けれどしっかり今回の急な来訪に抗議し、話の主導権は決して手放さない。
エイナは、事前に打ち合わせていたその方針をっしっかり貫く気でいるようであった。
アルトの胃痛レベルが上がる。
「ぅん。エイナくん、離してくれへんか? ほら、アルト兄に悪いやん」
「あ、そうですわね。お気遣いありがとうございます。殿下と握手できたこと、光栄に存じます。三年生の首席の――ビザンツ先輩に自慢できますわ」
ビザンツ=レッドサイス侯爵令息。
今回の王子来報の知らせを、学園教師より前に生徒達に広める中心的役割を担った可能性が高いと分析された、第三王子との繋がりが疑われる生徒会役員の一人の名だ。
「ぅん? ビザンツくん? 僕、彼と話したことは――」
「殿下がご執心の西方の交易路は実質、レッドサイス侯爵家が取りまとめていらっしゃいますものね。あ、これはまだ秘密でしたでしょうか?」
「……そうやなぁ。ゴルドランス家が掴んどるとは思っとらんかったわぁ」
苦々し気に呟く第三王子。
エイナの少々ずるい情報網の出どころは、この世界の主要人物の大半の設定を書き上げた佐藤夜子の知識によるもの。
前世のゲーム的な勘所はないエイナだったが、誰がどういった分野に興味を持ち、手を広げようとするのかといった性格情報の活用は得手だった。
表に見える情勢と、ヨルコから得た人物の性格や信条といった情報を重ねれば、隠されている真実のあぶり出しも難しくない。
ビザンツとの関係性をしらばっくれようとした第三王子に、その嘘を見抜いているというに等しい指摘を行い、第三王子は早くも白旗を上げざるを得ない状況に追い込まれる。
そして、追い込まれたものはもう一人。
ヨルコのような例外を除き、当事者たちの他、誰も知りようもない情報を当たり前のように切り札として切ったエイナを見て、アルトの胃痛レベルがぐんと上がった。
「ふむ。そろそろ私たちも輪に入れてくれないか? エイナ様には私からもお伝えしたいことがあるんだ」
「うん、エイナ姉さんとは僕たちもお話したい! 兄さんばかりずるい」
「アルト兄様も結界を張り終えた、みたい。うん。話そ。みんなで」
少しばかり怪しい光を放つ視線でエイナを捉える第二王子に、無邪気にはしゃぐ第五王子、静かながら柔らかい笑顔でアルトたちを迎えようとする第四王子。
「分かりましたわ。アルト殿下、お先に失礼いたします」
「……ああ、任せたよ」
そんな彼らに近づいていくエイナを、アルトは眩し気に見送る。
そして、エイナが場の中心として、アルト無しで認められていく姿を見守って。
アルトの胃痛レベルはどんどん上がっていった。
談笑の時間は瞬く間に過ぎた。
当初からこの場を嫌がらせ目的で整えていた第二王子と第三王子は万端の準備を炸裂させたエイナに気圧されあしらわれ、意気消沈している。
無邪気にエイナと談話する第四・第五王子は、第一王子アルトとエイナの婚約を改めて喜び、素直に祝福の言葉を述べた。
やめて欲しい、とアルトは願った。
エイナが隣にいることが苦痛だった。
婚約者として祝福されることに、かきむしりたいほど胸が痛んだ。
エイナが婚約者でさえなければ、このような苦痛はなかったのかもしれない。
ただの尊敬する隣人でさえあればよかった。
皆に言われる”優秀さ”しか取り柄のない自分が、この頃それ以上の優秀さを見せる彼女の足を引っ張るようなことが無い、そんな関係でいられれば。
しかし現実には皆がアルトを主、エイナを従として語るのだ。
アルトはエイナ以上の力をもつのだと、皆がそれ以上を求めているのだと。
そして、誰よりもエイナがそれを求めていることをアルトは彼女が自分に向ける敬愛に似た眼差しから知っていた。
「兄上、顔色が良くないですよ?」
そして、第五王子に自身の体調の悪さを指摘された時点で。
アルトの胃痛レベルは過去最大のものになっていた。
「ああ、すまない。大丈夫だ。ちょっとばかり考え事――を――」
「アルト殿下!?」
アルトは、エイナが自分を呼ぶ声が、随分上から聞こえることを疑問に思った。
それが自分が座席から崩れ落ち、床に倒れそうになっていたからだと気づいた時には、声を上げることすら厳しいほど、胸が痙攣を起こしていた。
上空へと伸ばしていた魔力の維持できなくなり、視界を覆っていた薄膜のような防諜結界が破損した。
アルト王子の作り出した綺麗な結界模様にひびが入り、連鎖的に崩壊していく。
そしてすべての結界が粉々に崩れ去ると、会談を外から見学していた生徒たちの悲鳴のような叫びが上がった。