第十四話:生徒会の大変な一日(王子様のお茶会:中)
ヨルコ=ルロワら一般生徒がのんきな王子様拝謁に臨んでいたその日、その裏側にて。
急な王族来訪の知らせを受けて、朝から恐ろしい修羅場に突入していた者達がいた。
魔導学園生徒会書記長、二年生男子のミール=グリンダガー男爵令息もその一人である。
彼は早朝、いつものように誰よりも早く生徒会室に入室した。
昨夜、アルト王子に自身の仕事ぶりを評価され、お褒めの言葉を賜る夢を見たミール書記長はとても上機嫌だった。
装着している愛用の高価な眼鏡も気なしか艶やかで、生徒会役員の仲間が今の彼を見れば、その心境の華やぎを見て取ったことだろう。
ミール書記長は敬愛する全総代エイナ=ゴルドランス公爵令嬢の席を自らの手と杖から呼び出した薄雲の魔法で磨き上げ、その仕上がりに満足したように頷いた。
続いて。尊敬する副総代アルト=ベルセルグ王子の席に置かれた、昨日選り分けがおわったばかりの報告資料を整え直し、ついでに胸ポケットから取り出した、昨夜の夢に出てきた香り高い花を添えて見目を良くする。
会室の清掃は当然、学園の事務をこなす使用人らが毎日実施しているが、生徒会室の資料や、役員らが持ち込んだ調度品やお茶のための道具など、彼らが勝手に触れられないものも多い。
ミール書記長にとって、そんな彼らに代わって朝、同輩たる役員たちが最も気持ちよく仕事をできる場を整えることはとてもやりがいのある行いだった。
特に、エイナとアルト王子への助けになる行いは格別だ。
一年生の頃のミールは、男爵家の三男という弱い立場で、成績の優秀さから悪目立ちし、爵位の高い家柄の同級生らに疎まれていた。
そんなミールをやっかむ者達に正面から”だらしないやり口”だと批判し、ミールをかばったのがエイナだった。
さらにエイナはそれに留まらず、学園内に研究用の魔法工房を持つことになったアルト王子の助手としてミールを推薦した。
その恐れ多い申し出を、当然のごとくミールは辞退しようとした。
この学園に通う令息・令嬢で、王子の助手という役目をやりたがる人間など殺虫魔法でも潰しきれないほど無数にいるのだ。
しかし、推薦者のエイナと推薦を受けたアルト王子、その二人の言葉でミールは心を変えた。
「あら? あなたはこのまま、家格に見合わぬ愚か者たちに見下げられたまま生きていくおつもり?
高貴なものに頭を垂れるのは当然ですわ。
けれどそれで自分の芯まで折ってしまう者が、何のためにこの学園に来たというの?」
エイナからは、敬服と追従の違いを教えられた。
「合唱魔法の研究。
これは、さながら未知の大海や深山に挑む旅路のようなものでね。まだこの国の誰も、これからの研究の指針など分からない。
だからこそ、君のように柔軟な思考と発想ができる若者はとても大事なパートナーだ。私にも遠慮せず、堂々と意見を言って欲しい。
歓迎するよ。ミール=グリンダガー。ようこそ私の研究室へ」
アルト王子からは、これまで兄や同級生らに疎まれるのが当たり前だった自身の能力を正面から認めてもらい、この上ない自信を与えられた。
そんなエイナや天才のアルト王子らと並んで昨年、成績優秀者の証、”三角帽”を授受されたことはミールのそれまでの人生で最大の誇りだ。
故にミールは、今日も敬愛する二人と、大事な仲間の役員たちのために部屋を整え、実に満足そうに頷く。
あとは、他の役員の誰かが到着するまで、本日夕刻から開始の学園社交界運営の予定を確認してようと自席に向かった矢先、部屋の扉を叩く音が聞こえた。
「おりますよ、お入りください」
「失礼しま――ミール様っ!? あの、いま、その、お一人でしたか?」
「ええ。あ、他の役員をお探しでしたか? エイナ様はサロンに、アルト様は研究室か妹君のお住まいの特別塔にいらっしゃると思いますよ。もしくは――」
「いえ! 生徒会の方のお耳に入れておきたい情報というだけでしたので」
顔を赤らめ、もじもじと周囲を見回す、訪問者のご令嬢。
そのすぐ後ろに控えていた伴周りのメイドが、何故だかとても良い笑顔ですっと身を引いて去っていたのを不思議に思いつつ、ミールは令嬢を手招いた。
「そうでしたか。では、お聞かせください。ああ、立ち話というのも優雅さに欠けますので、中にお入りください。私などの手ですみませんが、お茶などもご用意できますよ」
「は、はいぃ……」
アルト=ベルセルグ王子の最先端魔導研究の助手、そして今では公爵令嬢エイナ=ゴルドランスの右腕としても知られるようになったミール=グリンダガーだが、能力だけでなく、容姿の方もとても優れていた。
長身で知られるアルト王子に匹敵するすらりとした体躯。
眼鏡の奥に光る、落ち着いた薄いグレーのまなざし。
彼が一年生時に周りからやっかみを受けていた理由のいくらかが、婚約者の熱のある視線を奪われた一部貴族令息の妬みによるものだということに彼は気づいていなかったのは幸運だったのか不幸だったのか。
ともあれ、最近はその将来性への見込みを含めて一部の下級貴族の令嬢を中心に人気の集まっているミールにあこがれを覚える者の一人がその令嬢だった。
もっとも、その彼女がミールに見つめられながら熱のある口調で語った報告の内容は、ミールにとっては猛毒のような代物ではあったが。
「第二から第六王子様まで皆様が本日いらっしゃる、ですか……!? その知らせは確かなのですか!?」
「そそ、そうらしい、ですが!? その、第三王子様と交流のある方何名かが昨晩直接伺ったと……!」
ミール書記長は焦った。
通常ならそのような重要な連絡は学園側に届き、そこから生徒会へ、最後に生徒に伝わるはず。
というより、まずアルト王子に対して行われるべき連絡であり、そうなっていれば間違いなく早急に生徒会への伝達が行われていた。
そうなっていないという事実、そしてアルト王子から聞き及んでいた第三王子様の気質などから、ミールの頭はこの報告が示す真相を、瞬く間に究めて真実に近い形でくみ上げていた。
「なるほど。そしてそれは、アルト王子様には秘密で、ということだったのですね?」
「そう聞いています。でもその、……もう王子様がいらっしゃったら学園は騒ぎになるでしょうし、生徒会の皆さんが大変になりそうだと思いましたので、知らせておくべきかと」
ミールは聡明で気が回るこの女生徒に感謝を捧げたい気持ちで溢れた。
婚約されていないようであれば後日、個人的に格式高い食事のお誘いでもするべきかと決め、同時に一つ提案を投げた。
「本日はお手すきですか? 叶うならば、貴女のように気が回る方には個人的にお願いしたいことがあるのです」
「ミール様が、私にですか? ……はい! 何でもおっしゃってください!!」
予想よりずっと食い気味に、それも目を輝かせて言ってきたご令嬢に、ミールは気おされつつも言葉を継いだ。
「では、今日一日、私の助手になってくれませんか?」
「はい! ……。っ!?」
間髪入れずに答え、一瞬、意味を考えるように思案し、けれど最後に決意のこもった眼差しで頷いた令嬢を見て、ミールは安心した。
今日一日がとても大変な日になることを知り、けれど一緒に立ち向かえる戦友が一人で来たのだから。
それから数刻は大忙しだった。
ミールが教員に状況を伝え、生徒会役員で申請をしたものは授業を欠席して準備をすることが認められた。
助手となった令嬢が寮生らに確認を取り、明らかに意図された広まり方で王子様方来訪の噂が拡散されていることを確認した。
学園宛の正式な来訪表明の文書が「伝令役の不幸な手違いで」規定の日付より遅れで学園に届けられた頃には、役員たちは学園の空に飛びだし、文字通りの飛ぶ勢いで対応を進めていた。
「生徒たちへの噂拡散は止められないの!?」
「無理です! あの馬……役員の一人が正式な訪問文があったことも一般生徒にもらしてしまったそうで!」
「余計なことをしないように社交界準備の仕事の方に集中させたのが裏目に出たか! 世間話で重要情報を漏らすなど、貴族社会でやっていく気があるのか!?」
「あの人、あれで結構強かですよ? 全総代……エイナ様を疎ましく思う勢力辺りから見返りかなんか貰ってるんじゃないですかね?」
「無駄口を叩く暇はないぞ! 王子様方はアルト様だけでなく、エイナ様までご指名だ! 我々だけで会場の準備と生徒たちを抑える体制を整えなきゃいかんのだ!」
基本魔法で作成した、杖や箒といった伝統ある飛行魔具を模したものに跨る者。
速さ重視で風魔法の特急移動で飛び回る者。
高価な飛行用の魔道具に騎乗する者。
会場を抑えるのみならず、使用人の運搬のような雑事から、送迎・食事その他、王族の歓待に一切の瑕疵のないよう、本だけでなく知識人の力を借りて場を整えなければならない。
さらに、生徒を含めた危険人物が会場に近づけないような警護体勢も重要だ。
もしヨルコ=ルロワがこの場にいたなら、「wikiとか見られれば便利なのになー、あと情報共有できるスマホ。科学の発展って偉大だね」と呟いたことだろう。
その彼女はというと、弟分ヴィルヘルムに分かりやすいノート解説をしてもらいつつ歴史の授業にいそしんでいるところで、窓の外を飛び回る生徒会役員たちを「なんだか大変そうだね?」と傍観していた。
「何ですって!? 学園の警邏係をこちらに十分回せない!?」
学園の時計塔の上に立ち、飛び回る役員たちを指揮していた、ミール=グリンダガーは、次々持ち込まれる情報をさばいて整理し、また、重大な案件について対応判断を下すという重要な役割を任されていた。
「はい。今日は社交界会場の警備の直前演習があるとかで……。通常の警護体勢程度ならどうとでもなる人数はいるそうなのですが」
「……ああ、分かります。なにせここは魔導学園。特に二年生は飛行魔法を覚えたてでうずうずしているご令息や、王子様に拝謁する機会など中々得られないご令嬢がたもいる。彼らを怪我をさせずに取り押さえられる訓練が十分にできている人材などそうそう用意できないでしょう」
ミールは己の見通しの甘さを悔やんだ。
王族がいらっしゃる場の安全確保の優先度は非常に高い。
だが、それを言うなら、今晩行われる伝統ある社交界も同じである。
現役の名家当主らも己の息子や娘の成長を確かめるために訪れる、最上位クラスの防衛措置が必要な会場だ。
「どうしますか」
「……っ、ほんの少し時をいただけませんか。方針を決めたいのです」
自分の決断を待つ役員を前に、ミールは即決を避けた。
合理的に考えるのであれば、安全確保ができないことを理由に王子様方のご来訪をご遠慮いただくのが最良だろう。
アルト王子にそのようにお願いすれば、きっとそのように取り計らってくれるし、それで公的には学園側は勿論生徒会にも傷はつかない。
しかし、学内についてはどうか。
もしそのようになったら、まず間違いなく、こうした噂が学内を駆け巡るはずだ。
「皆が楽しみにしていた王子様の来報が、生徒会の不手際で取りやめになった」と。
そうなれば、その責を負うのは生徒会の顔である全総代のエイナだ。
エイナ=ゴルドランスは一部では”独裁者”などと陰口をたたかれるほどに強い権力を持つように言われているが、実際のところそうではない。
ミールを庇い、一部の高位貴族の令息との関係を悪化させたように、エイナは必要とあれば誰かに嫌われることを厭わない。
王子の婚約者という立場は多くの支持者を集めることに成功している。
しかしそれは裏を返せば、その立場が揺らぐことがあれば手をひっくり返すような者達を多く内部に抱えての綱渡りを行っているということでもあるのだ。
王族に恥をかかせた前代未聞の全総代。
そんな彼女が王子の婚約者としてふさわしいか否か。
そのような議論が再燃でもしようものなら、押さえつけることはできるだろうが、大きな不和の種を内部に残すことになってしまう。
だが、ミールがいかに考えようと、そうした未来を回避する妙案は浮かんでこなかった。
「ミールさん」
決断を急かす役員に、ミールは覚悟を決めた。
生まれて以来の悔しさだった。
かつて自分自身が疎まれた時の記憶より、ずっと悔しい気持ちがミールの胸にあふれている。
中止の宣言を、エイナの体面に泥を塗ることを。
そして、アルト王子に、彼の弟たちからの嫌がらせに対する敗北宣言をさせることを。
己の意思で指示しなければならない。
口を引き結び、顔を上げ、しかしそこでミールは見た。
学園で最も高い時計塔よりもっと高く。
太陽の輝きを背に受けてこちらに飛んでくる、美しい金色の髪ををした二人の男女の姿を。
「――待たせたね、ミール君。ここまで指揮をとってくれてありがとう」
「お待たせいたしましたわ」
「「「アルト殿下、エイナ様……!」」」
つい今しがた自分が思い浮かべていた二人が到着し、報告係の役員と、後ろに控えていた事務係の役員と一緒にその名前を呼んでしまった。
朝、生徒会役員から知らせの行ったアルト王子は、学園上層部への弟たちの急な来訪連絡への謝罪や説明を終えた後、急いで正装に着替えてきたようだった。
品位ある白の礼服に、学院生であることを知らせる校章のエンブレムバッジを装着している。
そして、その王子に抱えられる形で登場したのが、陽のように赤い下地と華やかな青い花のような紋の施された異国の着物を纏うエイナ=ゴルドランスである。
朝の連絡を受け、いくつかの方針相談をした上で後の指揮についてミールに託し、急ぎお色直しを終えてきたようだった。
その姿は、二人が今日の王子の訪問対応を諦めていない――否、できると確信しているからこその装いだった。
「今困っているのは警邏の人員だろう? それなら、エイナが素晴らしい人材に渡りをつけてくれたよ」
「――ごきげんよう、ミール様。そして生徒会の役員様方」
「「「うわぁ!!」」」
抱えていたエイナを時計台の上に下ろしたアルト王子が自分の後ろを手で示すと。
それまでいなかったかのような――というより、いることすら気づかないほどに存在を消していた青い髪の少女が制服のスカートをつまみ、貴族の一礼をした。
幽鬼に出くわしたように驚くミールたち役員を、その少女は面白そうにくすくす笑いながら見ている。
「皆さん知っていますわよね? シルヴァアクス伯爵家のご令嬢、アヴィさんですわ」
「ふふっ。ご存じない方もいらっしゃるかもしれませんが、シルヴァアクス家は武道の名門で、護身術、捕縛術は一通りこなしています。
私を含めて、師範代以上の者が何名か教員と生徒にいて、警護の係に加わりますのでご安心くださいね。
あと、エイナ様経由で許可を取っていますけれど、あと数刻で到着できる信頼できる人材にも声をかけていますので、頭数は足りているかと思います」
この国でそれを知らない人間はいないだろう、とその場にいる者達のだれもが心の中でツッコミを入れたが、ともあれ思わぬ助っ人の到着にミールたちの顔が明るくなった。
シルヴァアクス辺境伯爵家は王都近辺に領を構える所謂中央貴族とは敢えて距離を置いていることで有名だ。
中央貴族の筆頭ともいえるゴルドランス家の令嬢、エイナ=ゴルドランスと個人的な交友があるという話を聞いたことがある者はいなかったが、エイナの粘り強い交渉術やシルヴァアクス家の手広いネットワークを知る者は多く、そのどちらかが理由だろうと皆納得した。
「残りの懸案はあるかい?」
「はい、ご説明させていただきます」
エイナの指示でアヴィを連れた役員が学園警邏室へ向けて飛び立ったその横で、ミールは現在の進捗をアルト王子に求められ、要点を説明した。
アルト王子は頭の中で未来をくみ上げられる方だ、とミールは信じていた。
つい先ほど、到着と同時に自分が困っていることに的確に対応したのもそうであるし、普段の生徒会でもそうだ。
中々出席ができない身であるアルトに、欠席時のための説明資料を用意する理由。
それはアルトが資料の読了後、必ず的確な対応を打診してくるからだ。
アルト王子が交渉しなければ難しいそうな案件が対応中に見込まれる場合はその予想されるシチュエーションを添えて対応することを告げてくる。
生徒会のキャパシティが危うくなりそうな兆候を、業務に取り組む誰よりも早く気づき、先手を打ってアドバイスを添える。
普段は魔導研究のため、そして王子としての国政のために全力で用いている未来を想像するその力。
その力を存分に発揮したアルトは、ミールの説明を聞き終えて一言。
「うん、もう何も問題なさそうだね。ありがとう、ミール。あとをお願いしても大丈夫かい?」
まだ対応中で、完了していない案件はいくつもあった。
それでも、それらはミールたち生徒会役員らが解決できると、アルトは信じているのだろう。
「はい! お任せください!」
だからミールは胸を張ってそう回答した。
そして同時に、述べなければならないことを思い出した。
「あの、アルト殿下」
「ああ、言わなくていいよ。さっき、私の弟たちの訪問を断る決断をしようとしていた、そのことだろう?」
当たり前のように見通す王子に、ミールは申し訳なさを深める。
けれど、謝罪の言葉を述べようとしたミールを制するようにアルト王子は笑みを深めてこう告げた。
「やはり君は優秀だった。それだけのことだよ。断るにしても、私を通すならばギリギリのタイミングだった。私も君と同じ立場なら、そうしていたさ」
そのように告げたアルト王子の視線が一瞬だけエイナを向き、僅かばかり口元が歪んだことに気づく者はいなかった。
もっとも、もし気づくものがいたならば、アルト王子は決してそのような姿を見せることはなかっただろうが。
「エイナ様がアヴィ様を連れてきてくださったおかげで、そうせずに済みました」
「……そうだね。エイナのことは私にも本当に分からなかった」
アルトが零した少しずれた回答にミールはおやと思うものの、気を取り直して告げる。
「婚約者ほどに近しい関係になると分からないことが増える、というのはアルト殿下でも同じなのですね。はは。
ではどうぞ、ここは私達に任せて会場の方へお向かいください。
弟君の皆様の来報を望んでいる生徒も多いでしょうが、お二人が並んでいる姿を見ることを楽しみにしている者もおるのです。身支度を十分に整えて頂ければ」
「……ありがとう、君なら安心して任せられる」
アルトが差し出した手を、ミールは喜びと共に握りしめた。
その時、初めてミールはアルトの目元に隈が残っていることに気づいた。
ドキリ。
きっと、飛行時に少々化粧取りが剝がれてしまっただけのはずのその隈。
会場入りの前に、生徒会が手配した装い人たちの手で再び完全に隠されるであろうその小さな黒い染みに、ミールは何故か不安を抱いた。
「良し。じゃあ行こう、エイナ」
「アルト様、今度は抱えるのは無しで頼みますわよ?」
「はは。スカートの中を気にしていたのは君の方だろう?」
「それはそうですけれど」
けれど、エイナと仲睦まじげにやり取りをするアルトのいつもと全く同じ余裕の笑顔を見ていると、その不安は気のせいであったのではないかと思えてきた。
「それじゃあ、私たちは行かせてもらうとしようか」
「ミール。今回何とかなったのはあなたのおかげですわ。本当にありがとう。夕方の社交界の仕切りも後半は貴方ですから、休む間もないですが、貴方ならできますわよね? できないなんて言わせませんわよ」
「お任せください!」
アルト王子に連れられて飛び立つ直前のエイナにいつもの調子で激励され、ミールは再度気持ちを切り替えた。
二人のためにも、今日の王子様方のご訪問、そして夕方の社交界。
そのどちらも成功させなければならないのだから。
そして訪れる王子様方のお茶会の時間。
万全の準備が敷かれ、会場も警備も何もかも問題なく進んでいく。
そして、緊張に胸を鳴らすミール書記長たち生徒会役員らの見守る中。
お茶会は、予想だにしない形で中断させられることになった。