第十三話:ヨルコ一行と王子様ご一行(王子様のお茶会:前)
容姿端麗、才色兼備。そんな皆の憧れの”王子様”達の兄弟での会話シーン。
それは多くの乙女にとってあこがれの風景だろう。
黄金の髪に見る者を魅了する甘いマスク、そして外見の美しさに負けない高潔な心と、あらゆる人を引き付けるカリスマを持った美丈夫は第一王子のイメージだろうか。
固い信念と高い実行力、口にしたことを真実にしていく能力の高さは、ベルセルグ王国第一王子アルト=ベルセルグの印象にピタリと合致する。
存在感のある第一王子に張り合う、強いコンプレックスを持ちながらも才覚に満ち溢れた静かな才人ならば第二王子のイメージだろうか。
ベルセルグ王国第二王子も、兄に張り合うように幼い頃から政治の場に顔を出し、理知的な眼差しで国の行く末を示す数字の動きを日々見渡している。
シニカルな笑みの似合う、高い知性を感じさせる眼差しに今後の成長の期待を寄せる臣下も多い。
そんな優秀な兄たちを持ち、一件一歩引いたように周囲から思われながら、兄たちとは違った分野で着々と自分のシンパを築き、侮れない政治力や底知れないカリスマを持つのは第三王子のイメージだろう。
ベルセルグ王国第三王子もまた、飛竜を用いた交通・運送網通称”竜籠”を扱う有力貴族と接近し、忙しい兄たちが顔をつなぐことができない諸侯とのパイプを築いている。
切れ長の狐のような眼は、王城にいるときの大人しい彼を知る者と、国内の外遊で多くの商人や資産家達に傅かれながら悠々と振舞う彼を知る者とで、まるで見え方が違っている。
そして、王国の現実的な将来を見据える兄たちに代わり、芸術や学芸といったものに自身の生きる道を見出し、芸術家たちのパトロンや芸術品の収集家として、あるいは自身に才覚があればその作り手としての活躍を見せるのは第四当たりの王子のイメージか。
ベルセルグ王国第四王子もまた、厳しい音楽の指南役のコーチングにめげず、王城に、やがてたどり着くであろう至上の演奏の片鱗と思わしき演奏を響かせている。
そんな優秀な兄達の寵愛を受けるのは末っ子、5兄弟の場合は第五あたりの王子のイメージか。
身内で切磋琢磨、ないし互いを尊重し合い、意識に置きながら高め合う年長の王子たちと異なり、ただその成長を望まれ、たっぷりの愛を注がれて育った爛漫な男子。
ベルセルグ王国第五王子もまた、兄や姉たちに毎日のように頭を撫でられ、笑みを向けられ、幸せそうに笑みを浮かべる男の子だった。
そんなベルセルグ王国の王子達の茶会が魔導学園敷地内のバルコニーラウンジで行われると聞き、その姿を一目見ようと、本日多くの学園の子女たちがそのバルコニーを仰ぎ見ようと詰め掛けていた。
予め周知された禁を破り、一定以上の高さに飛行魔法で上がろうとし、取り押さえられた令嬢達も何名か出るほどの大騒ぎだ。
さて、そんな「王子様たちのお茶会」の内容について語る前にここで一つ思い出しておきたいことがある。
それは、第一王子アルト=ベルセルグの年齢がまだ14歳の少年であるということ。
すなわち、今日行われる眉目秀麗なベルセルグ王国王子達のお茶会とは。
14歳、12歳、10歳、7歳、5歳の幼い少年たちの団欒なのである。
「正直すまんかったと思っているーーーーーーーーーーーーーっ!」
「わ! どしたんや、ヨルコ? いきなり大声で」
「しーっ。ヨルコはん、ヨルコはん。静かにな。木の上なんていう特等席、他のお貴族の令嬢さんらに見つかったら難癖つけられてまうで」
「あうう、ごめん、自己嫌悪……」
同人ゲーム「金の王子と銀の騎士」の王子の年齢設定は、ヨルコの前世、佐藤夜子が決めたものである。
それぞれ、長男であること、次男であることなどを前提とした設定に落とし込んでいるため、他の製作チームがそれより年長の王子を追加することは難しい。
「いや、その。廃嫡された王子様とか、現王様とその寵愛を一身に受けすぎて反動で喪に服す期間が凄いことになった前后様の設定とか色々考えていたら楽しすぎて……」
「今度は小声すぎや。何言っとるかわからへんで。まあ、うちらみたいな庶民が王子様を拝謁する機会なんてそうそうないしな。気分がアガるのも分かるで」
「ほんまほんま。ああ、アルト様もお美しいけど、他の皆様も素敵やわあ。こんな風景一賎貨も一玉も払わず見られるなんて、学園に入学して良かったわあ、ほんと」
すぐ隣の友人たち二人の本気で嬉しそうな顔、そして、先ほどから懲りずに空を飛び、生徒会の遊撃部隊に取り押さえられている令嬢達を見ながら、ヨルコはふと不安を覚えた。
友人たちも、地上の令嬢達も、少年王子達に向ける目が少し怖い。
それは、可愛い年下の――例えば前世のテレビ番組に登場していた子役の少年たちに向けるようなものではなかった。
もっと、可能なら相手の目をこちらに向けさせたいとか、あわよくば声を掛けられたいとか、そういった”欲”の欠片を感じさせる眼差しだ。
「え、でもまだちっ……お年もお若いし、その、私たちくらいの年代だと普通、もっと年上に憧れるものじゃない?」
「ん? まあ、普段会うよな男ならそやけど、王子様は違うやん。既に凛々しいし、優秀やし。それでいて、うちらよりまだ身長低かったり、まだまだ世間慣れしてなくて、顔赤くしたりするんやで? なんかようわからんけど……ええやん!」
「せやなあ。それに、なんでも今の貴族社会だと、女性が年上、男性が年下というのが少し流行りになってきたらしいで。普通の嫁入りだとそうはいかんらしいけど、婿入りの場合早めに引き取って、あれこれご令嬢が直接教えるんやって」
「わたしのせいで、この世界の女の子たちの嗜好が大変なことになってる!?」
ヨルコに戦慄が走った。
ちがうの、わたしそんなつもりじゃなかったの! 心の中でいくら叫んでも、少年趣味が一般性癖になりつつあるこの世界が変わることはない。
「お、アルト様の登場やな。エイナ様もご一緒か。さすが婚約者やな」
「ご令嬢がたの心のブーイングが聞こえてきそうやわあ。公爵令嬢の鉄の全総代に直接言う勇気はないやろうけど。竜の牙をつつく阿呆には誰もなりたくないわな。今日のキモノ? は青なんやね。もしかして本当に強大な青竜をイメージしてたりするんやろうか」
「あー、エイナ、……さまは怖いからねー」
「今日の学園社交界にも、エイナ様に目をつけられて参加できない令息、令嬢がたがおるって話や。おおこわ」
「そこまでやって反対意見を跳ねのけられるんやから、もう学院の独裁者やね。うちらみたいな下々のもんに関わることはないんやろうけど、気をつけなあかんねえ」
「……」
朝子の認識はもはや新入生の間でもとてもよくない方向で固まりつつあるらしい。
ヨルコはどうにかこの友人たちだけでもそうした印象を覆せないものかと悩むが、自分と朝子の関係を隠しつつそうできる方法については一向にアイディアが浮かばない。
「あ、アルト様が防音結界を張られたで。にしても、結界を編む魔力の動きがえぐいわ。一度に何本くらい魔力の糸を操ってるんやろ。ほんま天才なんやな」
「綺麗やねえ。お茶会をされるときはいつもそうされとると聞いとったけど、本当にこうなんやな。お声を聞けなくなるのは残念やわあ」
「うん。一般国民には聞かせられない話もあるからねー」
「流石王子様方やな」
「優秀なんやねえ」
「ははっ……」
ヨルコの背に汗が伝う。
たぶん、アルト王子が隠したいのは、友人たちが誤解した方向性の話ではないだろうと思ったからだ。
「おお、第三王子様がアルト様に話しかけた思うたら、エイナ様が割り込んできたで?」
「何言うとるんやろね? あ、エイナ様が第三王子様の手を取られたみたいやね。握手しとるんかなあ」
「へえ、仲良いんやな」
「……」
第三王子は自分の手を握られることを恐ろしく嫌っていることをヨルコは知っていた。というより、夜子がそう設定した。
第三王子は普段の立ち振る舞いにおいて、上の兄たちにとても従順だ。
しかし、裏側でその兄たちに勝るところを作ろうと誰よりも精力的に動く人物である。
初手から自分に頭を下げる者は厚遇し、初手で握手という「対等さ」を求めてくる者には、表面上にこやかに接しながら心の底でいつか自分の下に従えることを決意し、負の感情を燃やす。
その設定はヨルコが既に過去に朝子に伝えており、朝子の行動は完全な挑発である。
「お。今度は第二王子様がエイナ様のお手を取ったで」
「ああ、ええなあ。王族の手への接吻や。一生に一度でいいからされてみたいわあ」
「……」
第二王子は齢12にして既に多くの女性を陶酔させている魔性の男という一面を持っている。
恋愛論なんてものがまだ本格的に確立していないはずのこの時代に、帝王学を基盤とした異性向けの交渉術を身に着け、精神的に相手を自分に依存させる術を高レベルで体得していた。
それは、男女全てへのカリスマで勝る第一王子に勝つために第二王子が磨いている自身の牙であり、いつか第一王子に本当に勝つため――第一王子の婚約者を自身の魅力で骨抜きにするための武器だ。
この接吻はそんな第二王子の意地と執念の戦いの幕開けを知らせるゴングなのである。
まあ、当の朝子はそのことをヨルコから聞いており、第二王子の憂える魔性の笑みと誘いの言葉と思しきなにかを笑顔で華麗にスルーしていたが。
「第四王子様はさっきからずっと第五王子様と遊んどるな」
「ああ、もうおふたりとも可愛らしいなあ。……こんな感想、不敬やろか?」
「……」
5歳と7歳の男の子たちが平和に遊んでいる。
ヨルコにとって実に心が洗われる光景だった。
「なんにせよ、王子様方はみんな仲がよろしいんやな」
「そうやねえ、みなはん、ずっと笑顔やもん。何を話してはるかはわからんけど、見ていて癒しやわあ」
「……ソウダネー」
ヨルコはこのお茶会の裏側の事情が推測できた。
このお茶会は恐らく、第二王子が第一王子アルト=ベルセルグおよび王女ソプラ=ベルセルグの激励という名目で言いだし、本日放課後に行われるイベントである学園社交界にかかりきりにならなければいけないはずの生徒会役員たちの仕事を増やすための嫌がらせとして実行したであろうこと。
知っていればアルト王子が止めるはずなので、恐らく本日朝早く、それこそ学園のご令嬢がたに噂が広まり始まるのと同時くらいにいきなりの来訪通知があったのであろうこと。
ちょうどヨルコの目端の先を矢のような速度で飛んで行った、懲りずにお茶会会場に近づこうとする令嬢を止めたばかりの、青髪の知人の姿が目に留まる。
その彼女、真昼達のような上級生が急遽駆り出され、なんとか魔導学園は収拾をつけられているような状況だ。
「朝になっていきなり王子様方が来る! なんて噂が流れてきて驚いたけど、めっさ良かったなあ」
「そうやねえ」
「……」
まだ世に知られていない王子様の本性を話すのはあまりに不敬に過ぎるし、そもそも事情を知っている真昼に止められている。
そんなわけで、この突発イベントについては王子達や朝子ら生徒会の人間などの当事者を除くとヨルコだけが非常に精神を削られたという結果で終わりそうだった。
「あ。違うのか」
「ん、どうしたヨルコ?」
「ヨルコはん?」
精神を削られているのはヨルコだけではない。
多くの令嬢達、そしてやってきた一筋縄ではいかない弟の視線に晒されながら、誰よりも悠々と、落ち着いた振舞いを見せている風に全力で演じている人物。
そして、未だ到着しない妹の安否を気にしながら、その不安を悟られまいとしている人物。
そしてヨルコには知る由もなかったが、この場にいる誰よりも、自分の隣にいる青い着物の婚約者、エイナ=ゴルドランスと一緒にいるという事実に身の凍りそうな緊張を覚えている人物。
第一王子アルト=ベルセルグこそがこの場で最も精神を削られた人物で間違いないだろう。
そしてそれは第二王子達の計画の成功を意味するものであり、同時に、今日この日が魔導学園にとって大きな運命の転換点となることを意味していた。