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もしパワハラ幼馴染が自己啓発本の影響を強く受けたのなら



 人の心というものはもろいものだ。他人から酷いことを言われ続けて生きている人は自分のことをしょうもない人間だと思い込んでしまう。たとえ実際に能力が高かったとしても、周囲がその人を否定する言葉を投げ続ければ、その人は自分はダメな人だと思い込んでしまうのだ。


 もしかしたら俺もその中の一人なのかもしれない。まあ、実際には良く分からないけど。俺はもう、冒険者としてやっていく自信がなくなってしまったのだ。




「そのやる気のない振りは何なの? そんな練習じゃ、いざ実践ってなったときにモンスターに力負けしてしまうわ」

「……いや、俺は全力で振っている。周りを見てみろ。真剣に剣を振っている人なんてごくわずかだ」

「ほかの人はいいの。あんたは私の幼馴染なんだから、私と同じくらいできなきゃいけないの。貴方がだめだと、幼馴染である私の評価も下がるわけ。私の人生の汚点にならないでくれると助かるのだけれど」

「……お前は1000年に一度の天才剣豪だろ。複数人の有力冒険者が時間をかけてやっと倒せるSランクモンスターをたったの一振りで倒すことが出来る、そんな奴の振りと俺の振りを一緒にしないでくれ」

「天才天才って、あんたは口を開けばそればかり。あんたには強くなろうって意志がないの? そんな考えだと、私にも迷惑がかかるの。考えを改めてくれないかしら」

「……何だよ、それ」



 10分経過 現在600字



 そう、俺には幼馴染がいるのだ。とても、とても優秀な。彼女はいつもいつも、化け物である自分と俺を比べてくるのだ。当然俺は化け物ではない。彼女とは出来が違うのだ。だが、彼女は自分との実力差が大きすぎる俺のことをよく思っていない。毎回毎回自分と俺にある実力差が大きすぎる事に腹を立てて俺に当たってくる。……正直、とても迷惑だ。



「右側、ラインハルト。左側、人生の汚点。試合開始」

 

 審判役の先輩が試合開始の合図をする。……お前まで俺のことを人生の汚点扱いしてくるなんて。お前と俺の実力は五分五分だろうが。


 そう、幼馴染だけではない。ほかの人たちまで俺のことを人生の汚点と呼んでくるのだ。……まあ、これもしょうがない事かもしれない。天才だという理由で幼馴染はみんなからちやほやされているのだ。彼女の発言には力がある。だから彼女の発言はとても強い影響力を持っているのだ。そのせいで俺は毎回嫌な気分の中訓練する羽目になるのだが。



 20分経過 現在1050字



 鋭い右からの突きを、体を左にひねることで回避する。そして、その体制のまま隙だらけの相手に渾身の一撃を加える。予想外の体勢からの突きが俺の持ち味なのだが、俺が実力以上になめられているためあまり警戒されない。



「勝負あり。勝者、人生の汚点!」

「うぉおおおおおお!」



 俺の勝利に対して、必要以上に騒ぐ生徒たち。何なんだ、この扱いは。



「おいお前、人生の汚点に負けるなんて。気が抜けすぎているんじゃないか?」

「……それを言うなよ。思うだけで、心の中にしまっておけよ。俺の心は崩壊寸前なんだからさ」


 俺に負けた奴は、くやしさというより屈辱を強く感じているようだ。……勝ったのに、全然うれしくない。


 それもこれも、全部幼馴染のせいだ。名前の知れた異常に人気のヤツが、一般人を非難してみろ。そいつの信者ややじ馬たちがその一般人に対して攻撃を加えることだろう。俺の最大の不幸は、最悪の幼馴染を持ってしまったことなのだ。



 32分経過 現在1500字









「はア、気分が悪い。今日は帰ってさっさと寝よう」


 俺の心はもう限界だ。毎日毎日幼馴染にはハラスメントを受け、みんなからは馬鹿にされる。帰ってからの自主練なんか、する気が起きない。……最初の方は良かった。剣の腕と見た目だけは良い幼馴染は俺に対して優しくしてくれていた。昔の俺は単純だったからそれがとてもうれしかったのだ。そして俺が嬉しそうにしていると、彼女はさらに、俺に優しくしてくれた。それがうれしくて俺は強くなるために道場が終わっても寝る直前まで家で自主練していたものだ。


 寝る前に、空いていたカーテンを閉めよう。手を伸ばして……


 夜の星空は、とても美しかった。夜空を見ていると、人々の関係性なんてちっぽけに思える。俺と幼馴染の関係も、あの星に比べればちっぽけなものなのかもしれない。……それでも。



40分経過 現在1800字



「あっ、流れ星だ。……願っておくか」



 ……幼馴染と、元の関係に戻れますように。



 キラン!



 流れていく星は俺の願いにこたえるかのように一瞬輝いた。……まさかね。







 コンコン。



 朝の支度を終えた俺は、ドアの叩かれる音を耳にする。……はあ、今日も来たのか。




「おはよう。今日もいい天気ね。絶好の読書日和だわ」

「……そうだな」


 満面の笑みを浮かべた俺の幼馴染が俺の手を掴みながら逆の手で太陽を指さす。幼馴染はこのようにして毎回俺の家までやってくるのだ。嫌な気持ちになるけれど、もしかしたら昨日のねがいごとがかなっているかもしれない。試してみるか



「あのさ、ちょっといいかな」

「ん、なに?」


 幼馴染が可愛らしい顔で首を傾ける。……こんな性格じゃなきゃ、絶対好きになっていただろうな。



「俺たち、元の関係に戻らないか。初めて出会った時のように……俺がお前より弱くてイラついているのはわかる。だが、俺の力ではお前に勝つことは不可能だ。でも、それでも俺は出来るだけ本気で頑張りたいと思っている。俺が本気で頑張るためにはお前の協力が不可欠だ。みんなが俺を悪く言う事で、俺は訓練が嫌いになってしまった。でも、お前が俺を応援してくれたのなら俺は悪口を言われていても頑張れるんだ。……わがままなのはわかっている。それでも、俺のお願いを聞いてくれないか?」


 ……あまりにも都合がよすぎるお願い。受け入れられなくて当然だろう。それでも、思っていることを口に出したくなってしまったのだ。


「……いいよ」



 彼女の口から出てきた言葉は、予想外のものだった。あの幼馴染が、こんなに都合のいいお願いを、聞いてくれるなんて。……だが、彼女の次の言葉は、さらに俺の想像をはるかに上回るものだった。



「あなた、とてもとても素敵なことを言うのね。私、惚れそうになっちゃったわ」



 ……え、何で? 都合のいいお願いをしたのに、逆に好かれてしまうなんて。何なんだよ。



 50分経過 2700字




「あなたの交渉術に惚れそうになってしまったわ。あなたは、私のせいで道場のみんなから悪口を言われてたわ。それで、普通ならあなたは私に対して必要以上に悪く言わないようにお願いすることでしょう。しかし、それでは以前の私は間違いなく否定していたわ。『それはあなたを強くするために言ってあげているの』以前の私はそう言って自分の行動を正当化していたでしょね」

「でもあなたはいま、私の望みをしっかりと理解している発言をしたの。貴方が強くなる事、それが私の望み。今のあなたはそれを交渉材料に使ったわ。そして私が一番気に入ったのは、私に対するお願いが『自分を悪く言わないで』ではなく『自分のことをほめてほしい』であること。もしあなたが、『自分を悪く言わなければ今よりもっと頑張るから』とお願いしていた場合、私は自分を否定されている気分になっていたわ。そして交渉に対しても否定的な態度を取っていたかもしれないわね。けど今回のお願いでは『私の応援があなたの力になる』という、私の存在が肯定されるお願いだったわ。そのおかげで、あなたのお願いが私にとって、聞いていて気持ちいいものになったわ。当然その願いは聞き入れる。あなたのお願いはとても理にかなっている」


 

 ……何なんだ、一体。突然幼馴染が早口で何かを唱え始めたんだけど。なんかやばくないか?



「今日は訓練をさぼって、この本を読みなさい。『いい子ちゃんは嫌われる? 人間の持つ嫌な部分を受け入れて賢く立ち回ろう』あなたの人生が変わるとても素敵な本だわ。この本はエルフ研究の権威であるアドラース先生が監督した、自身の足で様々な国々を巡りえた人類の英知が詰まっている魅力的な本なの」


 あの幼馴染が、俺に訓練をさぼらせる、だと? 一体彼女はどうなってしまったんだっ!



 70分経過 3200字  時間に間に合わなかったため、バッドエンドへ進みます





「リヴァイアサンが来たぞ! 推定SSSランクのモンスターだっ」

「おい、どうするんだ。Sランク冒険者が束になってもかなわないぞ」

「隣国に応援を要請しよう。確かあそこには女性剣豪がいるらしいしな。彼女が居れば一撃で倒せるだろう」


「おいお前知らないのかよ、彼女は剣豪をやめたってこと」

「えっ?」

「あいつはなぁっ、剣豪をやめて、文豪になっちまったんだよぉ!」

「そんなぁぁぁっ」




 あの後、俺の幼馴染は剣の道を捨てた。いや、彼女だけではない。俺も剣の道を捨てることになった。彼女は本で得た知識により俺の男心をくすぐり、いいように扱ってくる。俺は完全に手玉に取られてしまったのだ。





「本当にいいのか? リヴァイアサンを放っておいて。隣国を滅ぼした後、俺たちの国にまで被害を加えるかもしれないんだぞ」

「ええ。今の私は文のもの。文のものが知識を伝え、武のものが国を守る。それぞれが自分のやるべきことをするのが人というものだわ」

「そうはいっても、リヴァイアサンなんてお前なら一撃だろうに」

「だから言ってるじゃない、私は文のものだって。武のものたちが災害を抑えられなければその国は滅びる、それが決まりよ。さて、私は今のうちに書を作成するわ。『消えるとき、今までの人生を良いものだったと懐かしむための思考術』……うん、良い感じね。」

「ええ……」





「でもそれじゃ、あなたが可哀そうね。……最後ぐらい、あなたにいい思いをさせてあげるわ」

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